2人と1人の想い

お兄ちゃんと呼んでくれてもいいよ、という言葉に面を食らっていると雪村さんがそんな私を見て、「冗談だよ」と笑った。


「ごめんね。冗談だよ。僕をお兄ちゃんと呼んでいいのはこの世界で3人だけなんだ」

「相変わらずのシスコンね。てかあんたのとこ、妹2人じゃなかった?」

「2人だけど実質3人みたいなところあるね」

「意味がわからないわ」


会話はフランクなのに、空気が重い。

まるで天音さんと雪村さんの間に、断絶した何かが存在しているようだ。


「それじゃあ、改めて聞こう。話というのは?」


「許嫁を解消したいの。だから合意してちょうだい」


た、単刀直入すぎないですか!?

天音さんの直接的すぎる言葉に、雪村さんは特に驚いた様子もなく、笑みを浮かべている。


「まあ、そうだろうね。だけど、それはできない」

「……理由は?」


「僕にメリットがないからだ。君のお爺様に気に入られ、君の許嫁になれたことによって、ただの一般家庭の出身の僕が様々な人とコネクションを持つことができた。それは起業した今でも変わらない。僕は君、音無天音という音無家長女の許嫁として、やがて婚約者となり、婿養子に入ることが決定されている。ここで、君の許嫁としての立場を失ってしまえば、地盤が崩れてしまう。それに、それは君のお爺様が許してはくれないだろう」


事情とか何もわからないけど、雪村さんの言い分は正しいように感じる。

これに、天音さんはなんて答えるのだろうか。


隣に視線を向けると、天音さんは腕を組み、表情を変えないまま、口を開いた。


「んなことはどうでもいいのよ。いいから早く解消しなさい」


ええ!?


「あ、天音さん、その言い方はまずいんじゃ……」

「いいのよ別に。七海は、どうして私がこいつのことを嫌ってるかわかる?」

「わ、わかんないです」

「なら教えといてあげるわ。こいつはね、私の妹のことが好きなの。それなのにメリットだのなんだのとかほざいて何も行動してない。いいからさっさと解消して、あの子を口説いてきなさいよ」


そ、そうなの?

雪村さんのほうを見ると、雪村さんは優雅にどこからか取り出した紅茶をカップで飲んでいた。

いや、だけどカップを持つ手がカタカタと震えてる。


ず、図星だ……!


「あ、あはは、お、面白い推理だね。天音さん、君には小説家の才能があるよ。なんだって?僕が和希かずきちゃんに好意を抱いているだって?あっはっは……」


「別に推理はしてないのだけど……あなた、自分が思っている以上にわかりやすいから気を付けたほうがいいわよ」


「ち、ちなみに勢田せたくん。和希ちゃんはまだ帰ってこないよね?」

雪村さんが後ろにいる執事服の女性に話しかける。彼女は勢田さんっていうらしい。


「はい。今日は大学のご学友と一緒に出掛けているはずです。あ、女性ですので安心してください」

「わかった。ありがとう」

「人の妹の予定把握させてるのきっしょいわね~」


にしても天音さんはもう少しオブラートに包むってことを覚えるべきだと思う。


「……さて、とだ。知られてしまったからには仕方がないね。許嫁の解消の件、とある条件付きで合意しよう」

「なに?和希とあなたのキューピットにでもなればいいわけ?」

「……あい」

「なんか縮んだ?」


完全に力関係が逆転してる……

雪村さんもなんだか小さくなってる気がするし。


「許嫁の解消自体は賛成だけど、それには君のお爺様を納得させるだけの理由がいるし、最初に言った通り、僕にもメリットが必要だ。」


「そのために、あなたと和希が良い関係になればいいと。それだけ聞くと和希を利用してるみたいで嫌ね」


「もちろん、建前だよ。僕は和希ちゃんが好きで、和希ちゃんも少なからず、僕を思ってくれていると……思う……!」


「勢田もそう思います。自信をもってください」


最初の印象はどこへやら、いつの間にかおもしろ変なお兄さんと化してしまった雪村さん。

そんな雪村さんに天音さんが冷ややかな視線を向けている。


「てかもういいから帰ってきたらその場で告白でもしたらいいんじゃない?あなた、顔だけはいいんだからなんとかなるでしょ」

「そんな真似ができたら未だに天音さんの許嫁の立場に甘んじてはいないよ」

「その言い方、腹立つわね~」


「にしてもキューピットをしてもらうにも明らかに恋愛経験のなさそうな人たちが揃ってるからな~」

「あなたも大概失礼なのを理解したほうがいいわよ」


部屋の雰囲気が一気にわちゃわちゃになって、なんだかさっきまでの緊張感が嘘みたいだ。


こうして私たちの奇妙な協力関係が始まってしまった。


◆◆◆


________鷲宮さん、ミュート忘れてる……


ヘッドホンから聞こえてくるのは、千虎ちゃんとのお話で、とてつもないてぇてぇが展開されていた。

聞くべきじゃないんだろうけど、結局、2人の話が終わるまで通話を切るという選択肢が浮かんでこず、2人の名前すらも知ってしまった。

我に返ったのは、2人が慌ただしく部屋を出て行ってからだ。


鷲宮さんはお金持ちで、天音さんという名前らしい。

そして許嫁がいて、海外から帰ってきている。


……なんかすっごい聞き覚えがある。


昨日。雪村三兄妹と名のついたチャットには、珍しくお兄ちゃんがチャットを打ち込んでいた。

それは羽田空港についた写真で、日本に帰ってきてるから予定が合いそうならご飯を食べに行こうという趣旨の連絡だった。

そしてお兄ちゃんには許嫁がいる。いるといっても、ビジネスで知り合った人に孫娘を紹介されて、どうこうって話でお互いに好きとかいう話ではなかったはずだ。

そしてその相手の名前が確か、音無 天音さん。


偶然にしては出来すぎてる。

けど、私の予想が当たってしまっているなら、もしかしたら力になれることがあるかもしれない。

私は、お兄ちゃんに連絡を入れた。

_____________________________________

次回更新は火曜日か水曜日。

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