虎と鷲
どこかの2人
「あんたさぁ、調子乗ってるよね?」
校舎裏から聴こえてきた声に、びくりと肩を跳ねさせる。
こっそりと顔を半分だけ出して顔を覗かせると、そこにはツリ目がキリリとした美人さんが3人の女生徒に囲まれていた。
イジメだ。
この中高一貫校はそこそこに偏差値も高く、こういうのとは縁が遠いと思ってたけど、あるもんなんだなぁ、なんて思いながらとりあえず先生を呼びにいこうとするが、それは聞こえてきたドスンという音に止められる。
な、なになに!?
慌てて彼女たちに視線を向けると、そこには3人の女生徒が尻餅をついて倒れていた。
「私、格ゲーも好きだけど、現実でも強いのよ」
そう言って、美人さんが笑う。
あっけに取られた3人のうちの1人、リーダー格であろう女生徒の胸ぐらを掴み、引き寄せる。
「次は優しくできないからくるなら覚悟しなさい」
苦しそうな女生徒向かってそう言った美人さんは、そのまま女生徒を放り投げて、こちらへ歩いてくる。
私は動けないまま、隣を通り過ぎた美人さんが小声でささやいた。
「もし、あの子たちが有る事無い事言うようだったらあなたが私の証人になりなさい。大丈夫、守ってあげるわ」
美人さんが笑い、その場から去っていく。
美人さんの後ろ姿を見ながら、私の口は自然と声をもらしていた。
「か、かっこいい……」
あの美人さん、たしか名前は……
私もあんな風になれたら
その日、私にとって彼女が憧れになった。
◆◆◆
月日は流れ、高校を卒業してフリーターをしながら私はVTuberを始めた。
名前は、私の本名『
これでも個人Vのなかじゃそこそこに数字は持っている方だ。
そして私は今、とあるVTuberと会うことになっている。
それは@プラスに所属する大VTuberの鷲宮 梅雨さん。
事の発端は、色々なVTuberが出演するVストリーマーズというイベントで、私が鷲宮さんの鞄と私の鞄を間違えてしまったことだ。
直ぐに気づいて謝り、そのまま駅前で待ち合わせることになった。
「ひえぇ、殺されたりしたらどうしよう……」
「誰か誰を殺すって?」
「ひぇっ!」
背後から聞こえてきた声に飛び退く。
そこにはとんでもない美人さんが不機嫌そうに立っていた。
美人さんの見上げるほど高い視線から見下ろされ、体が自然と縮こまる。
「取って食ったりなんかしないから、ビクビクしないでいいわよ」
「ほ、ほんとうですか……?」
「ほんとうよ」
そして鷲宮さんは少し訝しげな目で私を見た後、「はぁ」とため息をついた。
「故意かと身構えていたけど、そうじゃないみたいで安心したわ」
「すすすすす、すみません!」
「いいわよ別に。同じ種類の黒リュックがあるって気付かなかった私の落ち度でもあるからね。はい、これ」
「ありがとうございます、これ鷲宮さんのです」
「ありがと」
「ででで、では!」
「……待ちなさい」
「え」
鷲宮さんは、私の腕を掴み、引き留める。
や、やっぱり何か粗相を!?
「気をつけをして」
「え」
「気をつけ!」
「は、はい!」
ビシッと気をつけをすると鷲宮さんが私の周りをぐるぐるっとまわってみてくる。
「あなた、私とどっかで会ったことない?」
「あったこと、ですか?」
こんな美人さん会っていたら覚えてると思うけど。
鷲宮さんは、キリリとしたツリ目の美人さんでちょっぴり怖い印象を受ける。
口調も今どきじゃ珍しい女性口調だ。
そんな人……あ……
「もしかして音無さん、ですか?」
脳裏を過ったのは、中学の時に一度だけ声を掛けられた思い出。それ以来、中高とまったく接点がなかったけどなんとなく音無さんに似てる気がした。
一度は憧れた女性。あの後、破天荒なことをしまくって、一度は停学にすらなりかけたという噂を聞いた。
「なんで私の本名……あ……あなた、もしかして瀬川七海?」
「ひゃい!瀬川です」
「思い出した……思い出したわ……!あなた、高校3年の学祭で私を負かしたこと忘れてないでしょうね!?」
「が、学祭ですか……?」
「そうよ!学祭でアーケードゲーム部の出し物で私の50連勝を止めたでしょ!覚えてないの!?」
「が、学祭……」
そういえばそんなこともあったようななかったような
確か3年の学祭で助っ人に呼ばれて、誰かとアーケード格闘ゲームで対戦した記憶がある。
学校から近い古びたゲーセンにあって、やりこんでいたし、本気でやってなんとか勝った記憶がある。
「そんなこともあったような……」
「あなた、私に勝ったのよ?もっと誇りなさいよ!」
「えぇ……」
「あなた、SF5はやってる?」
「そ、そこそこには」
「じゃあ、帰ったらディスコ送るから対戦しなさい。10先ね」
「えぅ、い、いやだ……」
「は?」
「いや、その、はい、わかりました……」
「よろしい」
鷲宮さんは満足したように頷いた。
それが鷲宮さんとの出会いだった。
◆◆◆
「いや、当時の
「忘れたわそんなこと」
隣で黙々と格ゲーをやりながら返事をする音無 天音さん。
「というか七海、何してるのよ」
「なんかウケそうなてぇてぇを呟こうと思って文章考えてます」
「百合営業はやめた方がいいわよ」
「仲良し営業ですよ」
「はい。対あり」
天音さんが呟いて、私のお尻に頭を預けてくる。
「重いです」
「知ってるわ。でも程よく柔らかいからいいのよね」
「セクハラすぎません?」
「いいのよ。あなたと私の仲でしょ?」
音無さんは、結局私の憧れのままだった。
強くて芯のある彼女は、私のような人間には眩しすぎる。
そして、そんな彼女の信頼をおそらく一番受けられているだろう今の環境を心地よく思ってしまうのは、きっとあんまり健全ではないのだろう。
「まあ、なるようになるでしょう」
この関係が変わってしまうのは怖いとも思う。
果たして。
「うっわ、許嫁からまた連絡来てる。めんどくさいわね〜」
果たして、彼女が結婚してしまったとしても、私は今までみたいに彼女と友だちでいられるのだろうか。
______________________________________
とても遅れました。
これからのために欠かせないお話です。
次回更新は土曜日。
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