第98話 Silence(4)
「扉あけっぱにしてたのファインプレーじゃない?」
追いかけられる千虎ちゃんを見ながらゆっくりと追いかけているけど、開けっぱなしにしていた扉がいい感じに、怪物に速度デバフを掛けてくれている。
『ファインプレーだ』
『逃げきれたら合流いけるかな?』
『自分が追いかけられる心配がないから珍しく余裕だ』
「合流できたらいいね」
ひとりぼっちの散策でなんとなくこの屋敷の間取りはわかった気がしている。
千虎ちゃんがこのまま真っすぐ逃げて左に行けば、また長い通路が続くけど右にいけば行き止まりだ。
だけど部屋に入れるからそのなかで音をたてなければ逃げられる気がする。
奥まではいかなかったけど、奥には部屋と扉があるのは見えていた。
その扉は、たしか……
「ここだっけ」
ドタバタという千虎ちゃんの足音は右のほうへ流れていった。
ということは、右にいったってことでいいと思う。
閉まっている扉の前に立つ。
位置的にはたしかここだったはずだ。
「出てくるならここだよね」
開けといてあげようと、ドアノブをまわす。
だが、ガタガタという音が鳴るだけで、扉が開く様子がない。
「あれ?」
『ここ、そもそも開かなかった扉じゃない?』
『たしか、開かなかった扉があったからたぶんここだと思う』
なら、ちょっとまずいかもしれない。
中が少し静かになったと思ってたらまたドタバタという音が響いている。
つまり、千虎ちゃんがまだ追いかけられているということで、この扉が開かなかったせいで千虎ちゃんが死ぬ可能性がある。
「これは私の
この斧は扉を壊せる。
だけど音が鳴る。
でも、この状況なら、私が思っている通りになるならきっと上手くいくはずだ。
扉を壊し、千虎ちゃんが出てきたタイミングで斧を一階の大広間へ投げ捨てる。
音が鳴って、怪物がそちらへ向かう。
そして二人とも助かる。
それが私が描いた策だ。もしかしたら令和の曹操とは私のことだったかもしれない。
「この扉を壊して、千虎ちゃんを助けるよ……!」
正直、怖い。
怖いけど、できる状況で、何もしない人間でありたいとは思わない。
斧を構える。
そして意を決して、斧を振り上げた。
ガチャリ。
「え」
「え」
扉が開き、千虎ちゃんと目が合う。
そして思考する暇もなく、私の斧は無慈悲にも千虎ちゃんに振り下ろされた。
「ギャッ!!!!!」
千虎ちゃんの悲鳴が聞こえる。
私の目の前で、千虎ちゃんは斧の一撃に沈み、物言わぬスペクターとなってふわふわと浮かんでいた。
「そ、そんなことある……?」
『wwwwww』
『ファーストブラッドだ』
『飼い主さんwww』
『あっち側からは開く仕様だったんだね……』
どうしよう。やっちゃった……
でも、嘆いている間はないことを、怪物が迫ってくる音で直ぐに察する。
「千虎ちゃんの犠牲は忘れないよ……!」
私は慌てて振り向いて、斧を当初の予定通りに大広間へ投げ捨てる。
投げ捨てた斧は、しっかりとした放物線を描いて、落ちていく。
その様子がはっきりと分かったのは、落ちた先にライトの光があったからだ。
「ニャアアアアア!!!!!」
屋敷の中に、哀れな犠牲者の声が響いた。
それは紛れもなく、雀のモノで、つまるところそれは……
「2キルめ……」
そして斧の落下音、雀の叫び声で怪物が私の隣をすり抜けていく。
その先にいるのは、もう一つのライトの光。
「え、ちょ、待ちなさい!ワッ!」
3人目の犠牲者は、怪物に襲われたおかげで、右上にログが出た。
ログにはしっかりとTSUYU WASHIMIYA DEADと書かれている。
「くっふふっ、3キルめ……」
「ふっ、ふふふ……ちょっ、ま、まってっ……くふっ……」
必死に笑いをこらえて、息を整えようとする。
だけどそれは、私の周りを縦横無尽に動きまわる3匹のスペクターたちで直ぐに限界に達した。
「あっはっはっ!そんな……そんなことある……だって、そんなみんな一気に……はぁはぁ……くっふふっ」
『wwwwww』
『飼い主さん、あんた笑いの神様に愛されてるよ』
『お腹痛い』
私の笑い声を聞いているのは、リスナーと周りのスペクターたちだけではない。
どんどんと迫ってくる怪物の足音に、私は逃げる気なんて起きずに、倒れた。
GAME OVER
表示された画面を見ながら、いったんみんなでディスコに集合する。
「飼い主さん、何か申し開きはあるチュンか」
「ふっ、ふふ、な、ないチュン」
「なんか私、逃げてたら突然、斧持った飼い主さんに殺されたんですけど」
「ぶふっ……」
「ツボに入ってる飼い主さんも良いわね」
「鷲宮さんはチュン以上に飼い主さん全肯定BOTになるのをやめるチュン!」
『神回だろこれ』
『飼い主さんwww』
『おもろすぎるwww』
『善意から大惨事起こしてるの最高』
と、とりあえず息を整えないと……ぶふっ……くっ、くくっ
「とりあえず飼い主さんがまともに話せるようになるまで待つチュン」
◆◆◆
「非常に申し訳ないと思っており」
ゲーム画面で、私が操作するキャラが土下座している。
「それ鷲宮さんの再放送チュン」
「飼い主さんの前に、私がやっておいたわ」
「どうして……」
「どうしてなんでしょうか……」
そうして二試合目が始まった。
反省の意を示した私と、ゲームうまうまな三人の連携もあり、千虎ちゃんと一緒に適度に叫び声を上げながらもなんとかクリアまでいくことができた。
ホラーゲームなんて怖いばかりだと思ってたけど、四人でやればちょっとした謎解きなんかにも集中できるし、わちゃわちゃできて意外と楽しいもので、私はちょっぴりだけホラーゲームを克服できたような気がする。
「それじゃあみんな、おつずめ~」
終わりの挨拶と共に、配信が切られる。
「お疲れさまでした!」
千虎ちゃんの元気な声が響く。
「おつかれチュン。事件起きすぎだったチュンね……」
「そうね、でも久々のコラボたのしかったわ」
「はい、私もホラー苦手でしたけど、今日は楽しかったです。鷲宮さんも誘ってくれてありがとうございます」
感謝の意を鷲宮さんに伝えるけど、返事がない。
「梅雨さん?」
千虎ちゃんの言葉に、鷲宮さんが小さな声をもらす。
「あの、飼い主さん」
「はい?」
「もし、もしよければでいいのだけど、鷲宮さんじゃなくて、梅雨とか梅雨ちゃんって呼んでもらったりできるかしら……?」
「鷲宮さん???」
雀の圧がこもったような声はいったん無視をして、私はちょっと恥ずかしいながらもこくりと頷く。
「いいですよ。……えーっと、梅雨ちゃん」
「はうっ……、死んでもいいわ」
「配信外で言うのがさらにガチっぽいですねぇ」
「やっぱ鷲宮さんは要注意人物チュン」
「そこ、うるさいわよ」
配信が終わったからといって、直ぐに解散するわけじゃない。
まだ時間は0時前だ。
私たち4人は、そのまま雑談モードに入り、夜はさらに更けていった。
______________________________________
次回更新は土曜日か日曜日。
そのうち、鷲宮さんと飼い主さんの1on1させたい。
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