第95話 Silence(1)

覚えているだろうか。

いや、覚えていなくていい。覚えているなら記憶からすぐに消すべきだ。


ある日の定例会議のこと。

こんな話があった。


『鷲宮梅雨:一緒に協力型ホラーゲームしてほしいです』


鷲宮さんからの頼み、協力型ならまあ……と安請け合いをしてしまった過去の私をパンチしておきたい。


私は今、マウスとキーボードに手を置いて、廃墟である大きな屋敷の前に立っていた。


『Silence』

それがこのゲームの名前だ。

主人公は、超常現象を調査、そして解決するエージェントという設定で、このゲームの目的は屋敷のなかにいる怪物から逃げながら、目的のものを取って帰るというもの。


みんなと協力してクリアしていくゲームなら大丈夫だろうと思っていた。

このゲームの詳細を知るまでは。


このゲームのタイトルは沈黙を意味する『Silence』

タイトルはしっかりとこのゲームの特色が反映されている。


このゲームの怪物は『音』に敏感だ。

そしてこのゲームはゲーム内VCを使って進めていく。


至近距離での会話は大丈夫。

だけど驚いて叫んでしまったり、廃墟内で物を落としてしまったり、そういった音に彼らは寄ってくる。


「ということで、私はガムテープで口を塞いでプレイしてみようかなと思います」

「それでもどうせ、声にならない音でアウトになるチュンから観念して新鮮な悲鳴を聞かせるチュン」

「あはは、飼い主さん、私も怖いのそんなに得意じゃないので一緒にがんばりましょう!」


『飼い主さんの新鮮な悲鳴が聞けると聞いて』

『飼い主さん交えたこの4人見たかったから嬉しすぎるぜ』

『千虎ちゃんは、無言でずっとにこにこしてる鷲宮さんをどうにかしてくれ』


「梅雨さん、生きてますか?」

「死んでもいいわ」

「今日は曇ってるので月は見えないんですよ。いいから自己紹介しますよ」

「千虎ちゃんがそういうポジションなの珍しいチュンね~」

「ぜんぜん代わってくれてもいいんですよ?」

「チュンたちは新米なので先輩にお願いするチュン」


「えー、じゃあ軽く自己紹介していきましょう……みんなー!千虎は今日も生きてるぞー!鬼畜耐久系個人勢!千虎 七瀬だよー!」

「こんチュン~!個人勢VTuberの下切雀だチュン!」

「下切雀の飼い主です。よろしくお願いします」


「@プラス所属VTuber、鷲宮梅雨よ。待ちに待ったこの日を迎えられて嬉しく思うわ……!」


鷲宮さんのご機嫌な声色が全世界に公開され、コメント欄が『草』で埋まっていく。


「飼い主さんにホラゲーさせてご機嫌な梅雨さんもいます」


あれは2日前のことだ。

突然、雀に贈られてきたギフトから始まった。

ゲームプラットフォーム『vapor』にはギフト機能というものがある。

好きな人に好きなゲームを贈りつけられる機能だ。


雀が受け取ったのはこの『Silence』で、贈り主は鷲宮さんだ。


メッセージには『やりましょう』と一言。

なんやかんやあり、私まで受け取ってしまったから、断るわけにはいかない。

前向きに考えるって言ったのも私だし。


そしてなんと、今回は私の視点もあったりする。


飼い主のチャンネルがある以上、こういう色々な視点で楽しめる配信は配信すべきだという寧々に押し切られた。

だけど、この4人のコラボでも見てくれる人はいるようで、同時接続は500人ぐらい。

ほとんどが私の雑談配信にきてくれる見知ったことのある人だ。


「じゃあさっそく始めていきますよ~!皆さん、準備できてますか?」


しっかりと画面では名前の上に準備完了を記すチャックマークがついていて、ロビー画面で雀のキャラクターが動き回ってる。


「じゃあ始めます!」


ロードが入った。

流れるのは始まりの合図である、オープニングだ。


廃墟の外に、一台の車がとまる。

中から出てくるのは、さきほど私たちが選択したキャラクターたち。


そして車の音に反応して、屋敷内の窓に貼り付く黒い影。

バンバン、鉄格子で覆われた窓を叩く影に、キャラクターたちが指を口もとに当てるジェスチャーをする。


ゲームが始まった。


屋敷の中に入った私たちは出来るだけ小声で会話を始める。

VCの音量によって、ゲーム内にあるゲージが上がる。

これが赤になったら怪物が直ぐに襲い掛かってくる。

黄色は危険。青はセーフだ。

また足音なんかも気を付けないとダメだし、ガラスなんかを怪物が近くにいるのに踏むと音が出て襲われるから足元にも注意しなければならない。

足の速さは怪物のほうが速いから見つかったら角とかつかって頑張って逃げないといけないらしい。


「中は荒れ放題チュンねぇ」

「そうですね、私たちは最深部にある研究資料?を取って屋敷を出ればいいんですが、マップとかないんですねぇ……」


マップは画面上に表示されていない。

だから間取りを覚えるしかないんだけど……暗いし自信はない。

というか暗すぎてライトで照らしてる場所しかわからない。これ、一応、明度マックスなんだけど……


「配信のみんなは明るさとか大丈夫?暗くないかな?」

きてくれてる人が見覚えのある人ばかりだから完全に雑談配信のノリで、敬語も外れてしまう。

意見としては大丈夫とちょっと暗いが半々だ。


「ごめんね。一応、こっちの明度は最大だから暗すぎるようだったら端末の方で調整してみてね」


「ンンンッ!」


「ひっ!?な、なになになに!?」


突然、耳元で聞こえてきた奇声のような咳払い。

思わず、大きな声を出してしまったことに気づいたときはもう遅く、画面のゲージが黄色く染まり、気づいたときにはライトの先にそれがいた。


それには、腕がなかった。

脚がなかった。

顔がなかった。


真っ黒な無貌と、粘着質な黒い何かに覆われ、のたうちまわるのは『怪物』としか形容しようがない。

その怪物は這うように、粘着質な音を立てて、身体をうねらせながらゆっくりとこちらへやってくる。


やがてうねりが大きくなり、それにつれ、その怪物の速度も上がっていく。


その瞬間、私の手はシフトキーとwを押して走り出していた。


「やあああああ!!!!!」


「か、飼い主さん……!」


雀の抑えた声を聞きながら間取りもわからない屋敷を走る。

走るたびに近づいてくる粘着質な音に、頭のなかがこんがらがって、適当に走りつづける。


でもキーマウ操作がつたないせいで全然離せてる気がしない。

どこか、どこか隠れられる場所……!


ベッドの下とかロッカーとか、クローゼットとか……!


ない、どこにもない。

こういうのってそういう隠れる場所って、鉄板じゃないの!?

次第に荒くなっていく息に、どうしようかと考えながら走っていると、ふとGキーに手が触れた。


一瞬で選択肢が2つほどでて、慌てて左をクリックしてしまった私はそれを読む暇もなく、何を血迷ったのか、立ち止まり、ライトを前に投げた。


や、やばい。

ライトを追いかけようとwキーを押そうとした瞬間、響く奇声に身が竦んだ。


______キシャアアアア


虫のような声を上げて、ソレが私の前にいた。

怪物は私をスルーして、先ほど投げたライトの上にいる。


え。

その疑問は、ソレがライトの上に覆いかぶさり、ライトの光が辺りから消えたことで解決する。


そっか、あれは音に反応するから、投げたライトの音に反応して……

辺りが真っ暗になり、ぼんやりとした輪郭も見えないまま、それが移動する音が耳に届く。


______ぬちゃ、ぬちゃ。

不快な音が、直ぐ隣を通り過ぎ、やがて何も聞こえなくなった後で、私は助かったことを知った。


「し、死ぬ……」


死ぬ。


______________________________________

予定では土曜日更新だったんですが、昨日の近況ノートに書いた通り、今日に変更しました。申し訳ございません。

久々の配信回です。

謎の声の正体は次回。

次回更新は、火曜日か水曜日に。


お知らせ。

1周年記念(5)の歌ったみたに関する文章を変更しました。

詳しくは近況ノートの方に書きましたので、よろしければお読みください。







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