第92話 突撃?狗猫ハウス

わんへさんと初めて逢い、なんやかんやあって私は今、わんへさんと猫神様が一緒に暮らすお家にお呼ばれされていた。


……いや、どうして???


「なんか飼い主さんがものすごい綺麗な姿勢で正座してる」

「石抱?」


2人推しの家に招待されたら誰でもこうなりますよ……」


わんへさんと猫神様のお家、狗猫ハウスというべきその場所は、1Kのアパートの一室だった。

今は、大きめのダブルベッドが置いてある2人のお部屋で、私はできるだけ背筋を伸ばして正座していた。


「狭くてごめんね」

わんへさんの言葉に、「大丈夫です」と返事をするけど正直、ちょっぴり意外に感じる。

猫神様の配信は機材にもこだわってるし、掛けるべきところにお金をしっかり掛けるってイメージを持っていた。

しかも大人気VTuberで、80平米ぐらいの一軒家に住んでいてもおかしくないレベルだ。


「ふふふ、飼い主さんは私たちの家がちょっぴり狭くて意外って顔だね」

「いや、あの、すみません」

「いいんだよ。2人で暮らすにしてもこの部屋は狭いからねぇ」

「なんで、とかは聞いてもいいんですか?」

「んー、正確には私の家は隣の101号室なの。でもそこを完全に配信部屋にして、沙雪ちゃんと居たいからこの部屋で一緒に住んでるって感じかな」


「なるほど~」


なるほどじゃないが。

表情筋が暴れに暴れまくっている。

口角が自然と上がって、にへらとうぇひひの中間みたいな笑みを作り上げてしまった。


「カナタちゃんって意外と顔に出るタイプだよね……クール系っぽいのに」

「リアルアバターだとどっちかというと雀ちゃんのほうがクールだよね~」

「雀はそうですね」


わんへさんがローテーブルにコップとお菓子を置いて、猫神様がビーズクッションを干してあったのか、ベランダから2つ持ってくる。


「はい、飼い主さんこれに座って」

「ありがとうございます」

「はい、沙雪ちゃんも」

「うん。雫は?」

「私はベッドに座るから大丈夫だよ」


ビーズクッションを受け取る。

あ、これ良いやつだ。ふわふわしてて軽いけど、しっかりしていて気持ち良い。

私も部屋に1個買おうかな。


「さてと、じゃあ本題に入ろうか」

猫神様がわんヘさんを見て、わんへさんが乾いた笑いを返す。


「そろそろ考えはまとまった?」

「……うん、おかげさまでまとまったよ」


自分を落ち着かせるように胸に手を当てて深く息をするわんへさんは、やがて決心したように口を開いた。


「VTuberに復帰したいなって考えてる」


「え」


猫神様の口から声にならない声が漏れだし、目をぱちぱちとさせる。


「ほんと……?」


「うん、でも……って雫!?」


彼方アイは捉えていた。

うん、と頷いたわんへさんにベッドから飛びつく猫神様を。


「沙雪ちゃん……!」

感極まった様子で、抱き着く猫神様をわんへさんが受け止める。


「また、また一緒にやれるんだね……!」

喜色満面で、問いかける猫神様を、どこか気まずげに見るわんへさん。


残念ながらまだハッピーエンドにはならないことは私も知ってる。


「沙雪ちゃん……?」

様子のおかしいわんへさんに、猫神様は首を傾げて問いかけた。


「だけど、迷ってるんだ。今、本当に私が復帰することで、誰かのためになるのか」


「……どういうこと?」


「私が辞める前よりも@プラスの規模は大きくなった。登録者も私がVTuberをやっていた時代とは比べ物にならないぐらい増えていて、たくさんのファンがついている。みんな、凄いVTuberでみんな、そんな凄い@プラスを求めてる。そんななかで、私は異物になってしまうんじゃないかって」


「そんなこと……」


「ないとは言い切れないでしょ?だから迷ってる。私が復帰しても、それは@プラスのためにならないんじゃないかって」


「……沙雪ちゃん」

「……ん」

「ビンタしていい?」

「ん!?」


猫神様の言葉に、思わずのけ反るわんへさん。


「ごめんね、飼い主さん、窓閉めてもらってもいい?」

「はい」


猫神様に言われて網戸だった窓を閉める。

それを見て、猫神様は大きく息を吸い込んだ。


「甘えんにゃああああ!!!!!」


猫神様が立ち上がり、ビシッと人差し指をわんへさんに指す。


「沙雪ちゃん、卒業配信で言ったにゃよね?戻ってくるって。いつになるかわからないけど、雫たちが許してくれるなら戻ってくるって!」


猫神様が完全に猫神様モードになってる。


「にゃーはそれを信じてたにゃ!頑張ってきたにゃ!リスナーのみんなもそのいつかを想ってるにゃ!なのに当の本人が箱に迷惑を掛けたくないだのなんだのどういうつもりにゃ!誰かのためになるか!?沙雪ちゃんの目は節穴かにゃ!いるにゃ、今、ここに!@プラスの部長の復帰を楽しみにしてるファンが!」


突然、スポットライトを当てられた私は、笑顔で手を振ってみる。


「迷惑なんて好きなだけ掛ければいいにゃ!でも掛けてもいない迷惑をネガティブ皮算用するのはやめるにゃ!復帰したいと思ったのなら自分の心に従って、にゃーと一緒にまたVTuberをやってほしいにゃ!一緒に歩んでほしいにゃ!」


はぁはぁ、と肩で息をする猫神様。


猫神様の言葉はわんへさんに届いたのかどうか。

どうやらそんな考えは杞憂だったらしい。


猫神様の手を引いて、わんへさんが猫神様の華奢な体を抱きしめる。


「ありがと」

「次、そんなこと言い出したら本気でビンタするにゃ」

「痛いのは嫌だなぁ」

「嫌ならもっと自信をつけるにゃ。沙雪ちゃんはずっと、VG@プラスの部長で猫神雫の相棒なんにゃから」


____一件落着かな。


そろそろ私はお邪魔だろう。

2人がぎゅっとハグするのも、私がいるから顔を赤くしてささっと終わってしまった。

私のことは観葉植物か空気ぐらいに思ってほしかったが質量がありすぎる以上、残念ながら私は人間でしかない。

わんへさんが、顔を仰ぎながらキッチンの方へ向かう。


「飼い主さん、今日はありがとね」

「いえ、何もできてないですけど解決したなら良かったです。復帰配信楽しみに待ってます」

「うん、楽しみにしてて。狗猫の復帰配信は最高のモノにしてみせるから」


猫神様と話しながら、どのタイミングで帰ることを切り出そうと考えていると、キッチンの方に向かったわんへさんが戻ってきて、ぽんと目の前に瓶が置かれた。

それは見慣れたウイスキーで、困惑に視線を上げるとわんへさんがにこりと笑う。


「あの、これは」

「迷惑かけたお詫びってわけじゃないけど、よかったらもうちょっと一緒にいない?ピザとか色々頼んでお酒とか飲みながら」

「いやいや、そんなの悪いですって」

「飼い主さんは推しのお酒が飲めないの?」

「猫神様も乗らないでください!」

「私は、飼い主さんとお酒飲みながらもう少し話したいけどなぁ。噂の酔っ払い飼い主さんも見たいし」


猫神様とわんへさん推したちの天使の笑みに、私が陥落するのは時間の問題だった。


◆◆◆


猫神 雫 Nekogami_shizuku_atplus


いえーい、雀ちゃんみてるにゃ~?

今、飼い主さんと沙雪ちゃんと一緒にお酒飲んじゃってますにゃ~



返信


下切 雀 Suzume_smgr


は?(は?)


___________________________________

彼方さんの運命は如何に。

次回更新日は、土曜か日曜日。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る