【特別回】ホワイトデー

「お前らを監視させてもらう!」


ソファに座って、携帯ゲーム機を持ち、牧場ゲーでのんびり釣りをしていると突如、そんな言葉が降ってきた。

見上げると同じく携帯ゲーム機を片手に持つ長月さんが空いている手で私たちに指を差す。

寧々は完全に無視をしていて、推しキャラの攻略に勤しんでいる。


今日は明日家の完全オフで、長月さんと私も三連休の一日目だったりする。

だから私たちは三人でのんびりとゲームをして過ごしている。

やっているのはオンラインマルチもできる農場ゲーで、休日なはずなのに畑仕事や町長の依頼をこなしながらかわいいキャラにプレゼントを貢いだりと大忙しだ。

そんな中、突如、長月さんが大声をあげて立ち上がった。


いつもの発作だ。

私は視線だけを向けた後、直ぐに視線をゲームに戻して自身ベストを更新すべく最長サイズの魚を狙って釣りに戻った。


「無視すんな!!!!!!」


「……なんですか長月さん」


「今日が何日か知ってるか?」


携帯ゲーム機のホーム画面を押して、確認する。

今日は三月十四日だ。


「十四日ですね」


「そうだ!つまり?」

「ホワイトデーですか?」

「ホワイト―ですか?じゃねぇ!ホワイトデーってのはなぁ!バレンタインで良い感じになったやつらがもっと良い感じになって、ぬたぬたぬちゃぬちゃする日なんだよ!」

「はぁ」

「生返事するな!」


どうしよう。めんどくさい。

寧々は完全に無視する方向だし、じっと見てると『お姉ちゃんを相手するのは彼方の役目でしょ』と言いたげに視線を向けられた。


「わざわざ監視しなくても長月さんがいる日に変なことしないですよ」

「いる日にって言った!いる日にって!いない日はやってんのかこらぁ!」


意趣返しがてら、視線を逸らす。

やってるが何か?と答えられないのは私の弱いところだ。


「あばばばばば」

私を指差してあばばる長月さん。

どうしよう、壊してしまった。長月さんの修理はどこで請け負ってるんだっけ。

いっそ、きこりの湖にでも落として綺麗な長月さんを貰ってこようか。


そんなことを考えていると復活した長月さんが立ち上がり、もう一度叫んだ。


「今日一日、お前らを監視してやる!!!!」


「いいからお姉ちゃんも彼方も畑の水やりと収穫、手伝って」


「はい」

寧々の言葉に、正座して頷く。

我が家のヒエラルキーの頂点の言葉には逆らえないのだ。


◆◆◆


「はい」

「うん」


洗った皿を寧々に渡して寧々がそれを拭いて食器棚に掛ける。

夕食後のルーチンに近い食器洗いをしていると、視線を感じて後ろを振り返る。

そこには夕食を平らげた長月さんがじーっとこちらを見ていた。


「なにしてるんですか?」

「いちゃいちゃしてないか監視してる」

「そうですか」


この行為も配信で話したらいちゃいちゃだと指摘をたくさん受けたんだけど、長月さんにとってはセーフラインらしい。

一応、長月さんも食器洗いをしてくれるが長月さんは忙しい人だからたまの休みぐらいはゆっくりしてほしいという寧々と私からのささやかな気遣いだ。

長月さんはめんどくさくてダメ人間寄りだけど、頼りにはなるし助けてくれることも多い。めんどくさくてダメ人間だけど。


「それ終わったら映画みよ~ぜ~!」


監視するって言ってたのはどこ行ったのか、単純に飽きたのかテレビからサブスクで観たい映画を探しだす長月さん。

キッチンからそれを眺めながら呆れ混じりのため息をつくと、寧々に袖をちょいちょいと引っ張られる。


「なに?」

「かがんで」


寧々の言う通りに屈む。


___ふにゅ。



ニ゛ャ゛ッ゛



目の前にある寧々のかわいい顔と、唇に触れる感触。

それが何かを理解すると同時に、心の中で猫が尻尾を踏んづけられたような声を上げる。


「ね、ねね、な、なに……」


寧々は私の問いかけには答えず、人差し指を唇に当てて「しーっ」と少し微笑んだ。


……それは反則でしょ。

大好きっていま叫びそうになる。


「彼方、ゲームしない?」

「ゲーム……?」

「お姉ちゃんに見つからずに、どれぐらいいちゃいちゃできるか、みたいな」

「はぁ!?」


何言ってるの!?

寧々に重なって雀の姿が見える。まさかエロ雀が現実世界にも侵食を……!


「私たちホワイトデーにあんまり何かすることなかったから……基本的に友チョコ交換とかだったし、だけど今はがあるから」


寧々が私の手を取り、指輪に指をそわせる。


「だからしたいなぁって」

恥ずかしそうに目を伏せる寧々。


この幼馴染、可愛すぎる……ッ!

ぎゅーって抱きしめてそのまま連れ去りたい欲に襲われるが、今は長月さんがいるからぐっと堪える。


しかもやることが長月さんに隠れていちゃいちゃするゲームなんて提案もかわいい。


「だめ……?」


ダメなんかじゃない。


その答えは声じゃなくて、唇で返す。

ふにゅっとした柔らかい感触と、綻んだ嬉しそうな寧々の顔に、じゅわっと理性が溶けていくような感覚に陥る。

今直ぐ抱きしめて、めちゃくちゃに可愛がりたい欲望を抑えられているのは、鼻歌混じりに映画を探している長月さんのおかげであり、せいだ。


私は唇を離し、少し頬に朱の差した寧々から体を離す。

出しっぱなしの水を止め、洗い物がなくなったことを確認するとそのタイミングで、長月さんから声がとんでくる。


「一緒にこれ見よ~ぜ~!」

映画選びは終わったらしい。


「行こっか」

「うん」


こうして、寧々と私のいちゃいちゃホワイトデーが始まった。


◆◆◆


「いや、絶対この女、犯人だろ。このもちもちのほっぺは凶器になるね」

サスペンス映画を見ながらよくわからない考察を繰り広げる長月さん。


____やばい、集中できない。

内容は頭に入ってはきてるけど、ちらちらと寧々のほうを見てしまう。

それは寧々も同じで度々、目が合っては逸らしての繰り返しだ。


ソファに深く沈んで映画にのめりこんでる長月さんには申し訳ない。

きっと、映画の感想会にはあんまり参加できないだろう。

私たちはいま、いちゃいちゃの間合いを計っている。


ソファの上には、『私』 『長月さん』 『寧々』 の順番で座っている。

長月さんの挟まり芸は今に始まったことじゃないし、それは別にいいんだけどこの状況だといちゃいちゃはしづらい。


長月さんは深く座ってるから後ろから手をまわすのも難しい状況だ。


「違った、犯人はあいつだったんだ。あいつが飲み物を取りに行った間に、あのもちもちのほっぺの反発を利用して銃の跳弾で殺したんだ!」


映画ではすごい独創的な展開が始まっているが、長月さんのモブのような解説のおかげで作戦を思いついた。

長月さんの前にあるグラスは空で、私はその空のグラスを手に取る。


「飲み物取ってきますね」

「おー」


生返事を背にリビングに向かう途中で、ソファの後ろにまわりこむと寧々が「私も」と身を乗り出してコップを渡してくる。

その瞬間に、私は屈んで寧々のもちもちのほっぺにキスをした。


長月さんは映画に夢中で気づいていない。


私はクエストを達成したときのようなご機嫌な足取りで冷蔵庫へ向かった。


◆◆◆


「やー、良い感じにB級で良かったなぁ!」

「そうですね。まさかもちもちのほっぺに砲弾を跳ね返す力があるとは思いませんでした」

「意外とおもしろかった」


まさか最後は撃ち込まれたミサイルをほっぺで跳ね返して海に落とすとは思わなかった。

途中からはすっかりと夢中で観てしまった。


時刻は20時。

お風呂も入ったし、夕飯も食べた。

あとすることと言ったら21時から推しの配信があるからそれを見るぐらいだ。


「あ、そうだ。彼方、ちょっと見てほしいものがあるんだけどいい?」

「いいよ~」


寧々に呼ばれる。

なんだろう、次の配信関係のやつかな?


のこのこ、寧々の部屋についていくとガチャリと扉を閉める音で、私は狼の巣に足を踏み入れてしまったことを悟った。


「するならちゃんとしてほしい。ほっぺじゃなくて」

「え、かわい」


思わずもれた本音に、顔を逸らす寧々に辛抱が効かなくなった私が突撃する。

寧々の腰を抱いて、ソフトじゃなくてフレンチなキスを送る。


目を開けてしまう癖のある私が、目をしっかりと閉じた寧々の顔を見て、高まる幸福に浸る。


____ああ、でも流石に引き際かもしれない。


顔を離すと、寧々の名残惜しそうな声が耳に届く。


「これ以上すると抑えられなくなりそうだから、また今度ね?」

「……うん」


その表情は不満そうで、そんな不満そうな寧々も本当にかわいい。


鍵を開けて、寧々の部屋を出る。

リビングには、長月さんがいて、どうやら誰かと電話しているようだった。

仕事の電話かもしれないから邪魔しないようにしないと。


「えー、まじ?行くわ。いつもんとこでいい?……りょうかーい」


ご機嫌で電話を切った長月さんは、私たちを見る。


「今から文乃とステラと遊びいくけどお前らもくる?」


その言葉に、目を丸くする。

なんやかんやあったが、二人との関係は良好らしく、たまにご飯行ったりしてるし別にそれには驚くことはない。


隣の寧々と顔を見合わせる。

答えは聞く前から決まっていた。


「私は家でのんびりします」

「私も明日の配信の準備しなきゃだから」


「りょうかーい!じゃあ行ってくるな~。あ、いちゃいちゃすんなよ~!」


いそいそと準備を始める長月さん。

いつもお洒落だけど、二人と会うときは特に気にしないのか、結構ラフな格好で出掛けることが多い長月さんはキャスケットと伊達眼鏡と黒マスクの変装セットを身につけて、さっさと家を出てってしまう。


ふたりきりになってしまった……


二人だけの空間で、いつ口を開こうかと間合いをはかろうとする前に、先に口を開いたのは寧々のほうだった。


「シャワー、もう一度浴びてくるね……?」


「う、うん」


お風呂場のほうへ小走りで向かう寧々を見届けて、急激に熱くなる顔をぱたぱたと手で仰いでいると、お風呂場のほうからぴょこっと寧々が顔を覗かせた。


「ど、どうしたの?」


「えと……彼方も一緒に、入る?」


その言葉をよく理解する前に、慌ててこくこくと頷いてしまう。


「じゃあ、ま、待ってるね」


お風呂場に引っ込む寧々を見届けて、声にならない声が喉の奥から漏れだしていく。


____理性保つかな……


確実に保つことができないであろう理性くんに、保つんだぞと形式だけの言葉を掛けて、私はお風呂場へ向かった。


______________________________________

続きはファ〇ボックスで(存在しないのでご注意ください)


三月十四日なので特別回です。誰が何と言おうとまだ三月十四日です。

更新滞っておりますがそろそろ本編も更新できそうなのでもう少しだけお待ちください。

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