第82話 大晦日配信
大晦日。私と寧々は、リビングに置いたコタツに入りながらVTuberの大晦日歌唱祭を見て、のんびりと過ごしていた。
寧々は22時半から行う予定の配信の準備をしている。
私はというと……
「えへへ」
左手に輝く指輪を見ていた。
寧々からの贈り物に、思わず声をもらしてしまう。
嬉しいな……
会社で「友だちに貰った」と言ったら困惑されて、「その指輪の意味を理解しているか」って詰められたけど「理解した上で」だと伝えたら余計困惑された。
結局、彼らの中では『色恋沙汰を避けるモノ』だという認識をしたらしいけど、別になんだっていい。
答えなんて誰も知らなくても、私たちのなかにあればいいんだ。
「……もう直ぐ配信はじめるよ」
指輪に夢中な私を、配信の準備が完了した寧々が呼ぶ。
その顔は若干、赤みが差していて恥ずかしそうでかわいい。
「……指輪をあげたのは失敗だったかも……ここ最近、ずっと色ボケてる……」
「失礼な。自覚はあるけど」
寧々に指輪を貰ってからだいぶ脳みそが蕩けてるというか、浮かれている自覚はある。
自覚はあるけど、嬉しいもんは嬉しいんだから仕方がないじゃん……
「配信中は一応、指輪の件は出さないようにね。別に、私はどう思われようとは構わないし餌のみんなは祝福してくれるだろうけど……色んなところで広まって、口さがない人のせいで彼方が傷つくことは嫌だから」
「うん、言わないよ。私たちだけで完結してればいいことだからね」
私だって何を言われても構わない。だけど、傷つかないかは別だ。
どこかの誰かの些細な言葉が原因で、雀と一緒に活動できることが少なくなってしまうかもしれない。
見なければいい、なんて簡単に言う人もいるけど結局、自衛しようが全てを見ないのなんて不可能だ。
だから雀と飼い主はいちゃいちゃはするけど、決して一線は越えないようにしている。
だけど、まあ……少しだけ寂しいや悲しいなんて感情が湧き上がるのもほんとだ。
都合よく祝福だけされたいなんて、いつから私はこんなに傲慢になってしまったんだろう。
「でも、配信前にご褒美欲しいなぁ」
「……色ボケ」
寧々がため息をつく。
でも嫌がってはない。
嫌がってくれたらやめるんだけどなぁ、なんてずるいことをゆっくりと考える間もなく、ぎゅっと強くハグをされる。
「……これが限界。じゃ、配信始めるよ」
「えへへ、おっけー!」
寧々の呆れた視線を受けながら、私はにこにこ笑顔で寧々の隣に座った。
◆◆◆
「大晦日ちゅんね~」
「毎年言ってますが今年は特に一年経つのが早かった気がします。あ、飼い主です」
『こんすずめ~』
『雀ちゃん溶けてる?w』
『一年早い分かる~』
「溶けてるちゅん」
「溶けてますね」
「今日はのーんびり今年一年を振り返ったり、くえすちょん読んだり、一周年記念の概要を少し話したりするちゅん」
『!!!!!』
『一周年記念気になる!』
『雀ちゃん、大御所みたいな雰囲気あるから忘れちゃうけどまだ一年なんだよな……』
「ほんとに今年は怒涛だったチュン!」
「私もそう思う。VTuberになって、こんなにたくさんの人に見てもらって」
同時接続数は、他のVTuberの配信もあるのに3000人以上が見守ってくれている。
大晦日は色々企画事があるからきっと私たちの配信を聞きたい人がこれだけ来てくれているのはとても嬉しいことだ。
「きっと、たくさんの人に見てもらえるきっかけを作ってくれたのは雫ちゃんチュンね」
「そうだね」
たくさんの人が見てくれる。
そのきっかけを作ってくれた人は、紛れもなく猫神雫という1人のVTuberだった。
「チュンはゲームが好きで、VTuberとして好きな分野では誰にも負けるつもりはないチュン。だけど、それが人に見てもらえるかどうかは別で、あの時、雫ちゃんが見つけてくれなかったらここまで充実した雀生を送れているのは思わないし、思えるほど驕ってはないチュンね」
『私も猫神様から知ったなぁ』
『いずれ伸びてたとは思うけど、確かに一年でここまではいけなかったかも?』
『でも猫神様に推せるって思われたのは、雀ちゃんの技量だよ』
「ほんとファンマイを、ゲームを大好きで居続けることができてよかったチュン。ゲームなんか何にも役に立たないって、言われたことは何度もあったチュンけどそんなチュンをいつも肯定してくれた飼い主さんには感謝してもしきれないちゅんね……」
『……急にてぇてぇだすじゃん』
『本当に飼い主さんが雀ちゃんの傍にいてくれてよかった』
『もっと軽率にてぇてぇください』
「それからまほろちゃんと仲良くなったり、色々な企画に呼んでもらったりと充実した雀生を送ってるチュンね」
「飼い主としても雀に友だちがたくさんできて、楽しそうに毎日を過ごしてて嬉しいです」
「なんかこういう話してるとやっぱりむずがゆくなっちゃうチュンね……いったん、この話は終わりにしてくえすちょんをつついていくチュン」
【ホラゲーが苦手な飼い主さんは映画とかも無理な感じですか?気になって夜しか眠れません】
「前に言ったかどうかは忘れたけど、映画とかは大丈夫だよ。映画って良くも悪くも他人ごとな感じがあるし、怖いのは怖いけど自分で操作するゲームとはぜんぜん違うなぁって感じ」
「ホラーゲームって一人称なことが多いからそれもあると思うチュン」
「確かに」
『分かりみ 実況とかは大丈夫だけど自分でやるってなると怖すぎて全然進めない』
『ホラー映画同時視聴待ってます』
「同時視聴か~、飼い主の方のチャンネルで出来たらやってもいいかも?」
「その時は飼い主さんのところにお邪魔するチュン」
【今日の夕飯教えて】
「本当に気になるチュンか?今日はすき焼きだったチュン。姉雀が買ってきてくれた良いお肉が美味しかったチュン」
「割下のレシピとか作り方とかは動画で流れてきたやつを参考にしたけどめちゃくちゃ美味しかった」
「あ、写真、ツイートンにアップするチュン」
『見た!めっちゃ美味しそう!』
『すき焼きいいなぁ。今日も相変わらずのコンビニ弁当だった』
『そういえばお姉さんは今日いないの?』
「姉雀は用事でお肉だけ置いて去っていったチュン」
今日はテレビに出ると長月さんは嫌そうな顔で言っていた。
何に出るかは把握してないけど、今頃、テレビをつけるとどこかの生放送にいるはずだ。
『いつか姉雀も配信で見たい!』
「んー、たぶん姉雀が出ることはないチュン」
身バレ不可避だから申し訳ないけどこれは難しいと思う……
【一周年記念のこと言える範囲でいいので少し聞きたいです】
「これは元々話すつもりだったから大丈夫チュン。何をするかっていうのはお楽しみチュンけど一応、1つとして凸待ちを企画しているチュン。来てくれるかは分からないけどみんなとお話できたらいいなと思ってるチュン」
「あと飼い主としては一周年配信でこうやって隣で話すってことはしなくて基本的に裏方として凸待ちの対応とか呼ばれたら出るって感じです」
『了解です!』
『一周年までにもう一ヵ月切ってるの時間が経つの流石に早すぎる』
『めちゃくちゃ楽しみ』
「最高の配信にするから楽しみに待っててほしいチュン!」
凸待ち、新衣装、歌動画とその準備はほとんど終わっていて、あとはどういう風に魅せるかになっている。
配信は臨機応変に対応するものだけど、一連の流れは必要で、それがないとぐだぐだになることもある。
今回の私の任務は、その流れをコントロールすることで、時間の管理や演出など裏方として全力を尽くすつもりだ。
絶対に良いものにしてみせる……!
「あ、飼い主さん、そろそろチュンよ」
静かに燃えていると、雀がスマホに表示された時計を差す。
時刻は23時59分。
あと少しで今年が終わる。
「じゃあ、カウントダウン行くチュン!」
あらかじめ用意していた秒刻みの時計を配信に表示させる。
「5」
雀の言葉に続いて、「4」と口に出してそこからは一緒に数える。
「3 2 1」
時計が0時になり、私たちは声を揃える。
「あけましておめでとうございますチュン!今年もよろしくお願いするチュン!」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
『あけおめ!ことよろ!』
『猫神雫:あけおめ!ことよろにゃ!』
『猫神様もようみとる』
「あ、雫ちゃんあけおめことよろチュン!」
「猫神様あけおめです!」
『露木静:あけおめです!』
『メア・フランケンシュタイン:あけおめだよ!』
『ステラ・カンパネラ:わ!出遅れた!2人ともあけおめ~!』
「わわ、みんなあけおめチュン!」
「皆さん、あけましておめでとうございます」
雀と関わりのある人たちがみんな挨拶にきてくれた。
まるで自分のことみたいに嬉しくてにこにこしてしまう。
そのまましばらく雑談をして、時刻は0時半。
そろそろ切り上げる時間だ。
「じゃあみんな、今日もきてくれてありがとうチュン!」
「今日もありがとうございました」
「じゃあ、最後の挨拶は~」
せーの、と2人で声を合わせる。
「おつずめ~!」
『おつずめ~』
『おつずめ~!今日も楽しかった!』
『おつずめー!』
配信が切れる。
配信が切れたのを確認して、ぐっと伸びをする。
「あらためて」
「ん?」
「あけましておめでとう。今年もよろしくね、彼方」
「あけましておめでとうございます。こちらこそ、今年もよろしくね。一緒に楽しい思い出、たくさん作っていこうね」
「うん!」
今年も、大切な親友と一緒に頑張っていこう。
暖かい部屋、でもしっかりとくっつき、親友の体温を感じながらあらためて強く想った。
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次回は最終準備回。
その次の回は一周年記念配信の予定です。
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