第77話 狗猫雀人鷲人
「はぁ~、まさかそこが繋がってるなんて世間は狭いねぇ」
流石に、雫に作らせるのは悪いから頑張って練習してやっとさまになってきた私の手料理をもぐもぐしていた雫が楽しそうに笑う。
私も驚いた。
雫が好きなVTuberの雀ちゃんの配信を見ていたら聞き覚えのある声がするんだから。
飼い主さん。そう名乗った彼女が、カナタちゃんだってことは直ぐに分かった。
声に特徴があるわけじゃない、やや低めでかっこいい系だとは思うが探せばいくらでもいるだろう。
だが彼女の声色や性格が私のよく知っているカナタちゃんそのものだった。
優しくて、どこか私に似ていて、あのとき、VTuberをやめるときに、雫と同じぐらい私を救ってくれた人。
私の要領を得ない曖昧な質問に、真摯に返事をしてくれた。
優しさが文章を通して伝わってきて、それがどれだけ心の支えになったかをきっと彼女は覚えていないのだろう。
それほど、優しい人。
しかも私のファンだなんて、凄い偶然もあるもんだと思うし、素直に、めちゃくちゃ嬉しい。
「良い味方ができたね!こうやって外堀を埋めていくことでいずれは沙雪ちゃんが復帰するように仕向けるよ~!」
「そういうのは、本人がいないところで言うもんじゃない?」
「圧を掛けてるだけだよ?」
「知ってるよ。ほんと良い性格してるよね」
「えへへ」
ここ数年で、雫とはずいぶん仲良くなったと思う。
それに比例して遠慮が完全になくなったけど。
「にしても紗雪ちゃんが好きって明言してた飼い主さんが実は紗雪ちゃんと知り合いだったなんて、漫画なら恋が始まるやつだよね」
「まあ彼方ちゃんには雀ちゃんがいるけどね」
まずった。
思わず口を滑らせたことに気づいて、慌てて雫を見ると、キラキラとした目で私を見ていた。
ごめん、カナタちゃんたち……やらかした。
「へぇー!へぇー!やっぱり飼い主さんと雀ちゃんってそういう関係なんだー!」
頭を抱える。
このキラキラ女子に余計な情報を渡してしまった。
雫もプロだから配信で失言はしないだろうけど?弱みを握らせちゃったことは謝らないと……
「あ、でも、沙雪ちゃん。アウティングはマジでやっちゃダメだから気を付けてね。訴えられたら100負けるよ」
「急にマジレスだ。ごめんなさい……」
真顔で言われて、頭を下げる。
そんなつもりはなかったんです……
「これはお詫びとして私たちの関係も伝えないとね」
「あー、えっと、もしかしたら知ってる、かも……?」
……スン。
雫の顔から表情が抜け落ちる。
「……一回、正座しよっか?」
マジトーンだ……
こうなった雫は大魔王で、平服するしか生きる道はない。
大人しくカーペットの上で正座する。
「じゃあまず言い訳を聞こうかな」
「……はい、その、前に私のことを知らない状態で相談に乗っててですね……私と同棲みたいなことをしてる子が好きだけど関係を壊したくないから辛いけどこの状態を維持するってお話をしたんですよ」
「ふーーーーーん!ちなみにどれぐらい前?」
あっ、ちょっと嬉しそう。
「えっと、1年経たないぐらいかな」
「なるほどなるほど、こほん、じゃあ続きを聞きましょう」
「それで今日、話す機会があって、あの時はなんやかんや言ってたけど今は上手くいってるよって話をして、その後に雫が出てきて、私が沙雪だとバレたからたぶん、知ってるかなと」
「……まあ、ノックもしないで入ってきた私も悪いことは分かった。でも私と沙雪ちゃんの蜜月な甘々な日々を話してたわけじゃないんだね」
「蜜月な甘々な日々を過ごした記憶はないけどそうだよ」
「そんな!いつもいちゃいちゃぬちゃぬちゃしてるのに!」
「ぬちゃ……?でも、雫、逃げるじゃん」
「い、いいいいいや、ぜんぜん逃げてないんだが?我、猫神雫ぞ?」
いや、逃げてるよ。
なんならちょっと肌が触れただけで脱兎のごとくどこかへ跳んでいく。猫なのに。
「だだだだ、第一?婚前交渉はだめなんだよ?」
「時代的にも、宗教的にも、雫と私は大丈夫だと思うけど?」
「で、でも……!ほら、う、上手くできるかわからないし……」
あ、ナチュラルにする側だと思ってるんだ。
猫なのに。
「冗談だよ」
流石にいじめすぎたかな。
そろそろ足も痺れてきたから立ち上がる。
雫は不満そうに私を見ていて、それが拗ねた子どもみたいで可愛くて頭を撫でてしまう。
「雫はゆっくりでいいよ。マイペースは雫のモットーでしょ?」
そう、声を掛けて、既に食べ終わった食器を片付けようとする。
だがそれは、弱弱しく引っ張られた袖口によって止められた。
視線を向けると、雫が顔を赤くして、羞恥で目尻にいっぱいの涙を溜めながら私を睨むように見ている。
「し、したいんでしょ!いいよ!」
その場でおもむろに服を脱ごうとする雫を慌てて止める。
「ちょっ、何してるの!」
「……だって、また嫌われるかも」
……別に嫌ってはなかったんだけどなぁ
ずいぶん前の話だ。
VTuberを辞める前に、雫とは少しだけ揉めたことがある。
それから、雫は前よりも私に嫌われることを恐れるようになった。
いや、違うか、私に我慢させることを恐れるようになってしまった。
でもそれは、私への好きの裏返しでもあるから少し嬉しく思ってしまうのは私が毒されているからだろうか?
「雫」
両手で小さい顔を包み込んで、自然と笑みを浮かべる。
こっちでもかわいい顔が、近くて、ドキドキしてしまう。
キスの1つでもできればきっと幸せなんだと思うけど、私は相手のことを考えられるタイプだ。
「好きだよ。だから雫の嫌がることはしない。するつもりはない」
相手の嫌がることはしたくないし、きっと私たちの距離感は今はこれでいい。
雫は目をぱちくりさせて、目尻を擦る。
「そ、そうだよね!沙雪ちゃんは私のこと大好きだもんね!」
「うん」
雫が私の手から抜け出して、調子良さそうに笑う。
うん、今はこの距離感でいい。これぐらいが距離感がちょうどいい。
まあ、それはそれとしてそういう行為に興味がないわけじゃないから今度カナタちゃんにそれとなく聞いてみようかな。
でも、なんかあそこも同じように何もしてなさそうだな、なんてそんなことを思いながらご機嫌な雫を見ていた。
カナタちゃんヘタレだし。
◆◆◆
「彼方、人にはできることとできないことがある。だから落ち着いてほしい」
「いいから行くよ」
私たちは、1周年記念配信へ向けてとある場所へきていた。
それはこの前も行った場所で、めちゃくちゃな大反響を呼んでいるASMR配信を行った場所でもある。
そう、私たちは再度、VG@プラスのスタジオへやってきていた。
迎えてくれたのは、スタッフさんとそして見覚えのない綺麗な長い黒髪の女性。
「鷲宮さんだよ」
寧々がこっそりと教えてくれて、飛び跳ねる。
わわわ、鷲宮さん!?
鷲宮さんといえばVG@格闘ゲーム部門のトップで、昨今のVの格ゲーブームの第一人者でもある人だ。
そして私の声が好きだと言ってくれる人でもある。
「は、初めまして……!飼い主です……!」
ぴえぴえになりながらも挨拶をする。
「鷲宮梅雨です。今日はお逢いできて光栄です」
ぺこぺこりと平身低頭挨拶をしていると、寧々が隣で疑問の声を上げる。
「なんで鷲宮さんが?」
「それは、あなただって既知の仲がいた方がいいでしょう?前は雫だったから今回は私よ」
「それを口実に、飼い主さんに逢いたいだけな気がするけど」
「……そんなことないわ」
鷲宮さんが顔を逸らす。
ややほんのり温い空気が展開される中、私も見覚えがある人が声を上げた。
「あ!みなさん!」
とことこと走ってくるのは、栗花落さんだ。
「栗花落さんまで」
「はい。今回より弊社ではお2人の担当になっているのでスタジオ使うときなどは頼ってください」
「ありがとうございます」
2人で素直にお礼を言う。
正直、こういった設備に縁のない生物だったからこういう場所はきょどってしまうから顔見知りがいてくれた方が嬉しい。
「今日は歌ってみたの収録でしたよね」
「違います」
栗花落さんの言葉に、寧々が即座に否定の言葉を入れる。
「えっ」
栗花落さんが戸惑いの声を上げて、私は慌てて訂正するために口を開いた。
「合ってます!ほら、観念していくよ。どれだけ
「……うぅ、歌なぞこの世界から消えてしまえばいい」
「悪役みたいなこと言ってる」
寧々は歌が苦手だ。
正確には食わず嫌い、いや、歌わず嫌いだ。
寧々にはとある癖がある。それは歌うときにリズムを取ろうと体を左右に揺らしてしまう癖だ。
その癖を揶揄われたことが今でも歌というものに対して嫌なイメージを持っている原因となっている。
だけど、この前にリスナーさんたちにやってほしいことを募ったときに『歌ってみた』を望む声が多く届いた。
期待には応えないといけない。
寧々も本気で嫌だったらここまではこないだろうし、歌ってやるという気持ちはあるみたいだ。
そしてこの歌ってみたを1周年ライブのときに公開する予定だ。
私も別に得意なわけじゃないけど、頑張らないとだ。
最悪MIXでなんとかなるらしいし、大丈夫……なはず!
そう、やや覇気のない寧々の隣で意気込んだ。
______________________________________
更新遅れました。
狗猫のお2人のこれまでは『一緒にVTuberになった親友がVTuberを辞めた話』で読めます。鷲宮さんの初登場は2章37話です。
次回から1周年のための準備回に入ります。
大半が書けているので今度こそ更新早め!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます