第76話 犬猫雀あと人間
「ささっ、さささささささささ」
「壊れちゃった……」
わんヘさんが沙雪ちゃんだった……?
じゃあ今まで推しを熱く語り合ったり、沙雪ちゃん好き好き言ってた相手が沙雪ちゃんで……ファンアートのこととか、コラボの会話の好きポイントとか文章ではあるけどめちゃくちゃ熱く語った記憶が……
『あはは、バレちゃったねぇ……』
沙雪ちゃんの、大好きな推しの声がする。
落ち着け、落ち着こう。落ち着くべきだ。
必至に自分を落ち着かせようとする。
だが私の堪え性のない口が意思とは逆に開いてしまう。
「す、好きです……!」
思わず口をついて出た言葉に顔に熱が灯るのを感じていると、からからとした沙雪ちゃんの特徴的な笑い声が耳に届く。
『ありがと〜!私もカナタちゃんのこと好きだよ』
『ん〜???』
ジェラシーを帯びたちょっと不機嫌気味な猫神様の珍しい声が聞こえてくる。
私も私で寧々から脇腹をゲシゲシと攻撃されている。
『嫉妬?』
『嫉妬じゃないですー!』
そんな愉快な声が聞こえてきて、寧々を見ると寧々は真顔で
「嫉妬ですが、なにか?」
と、堂々とした物言いで私を見る。
そんな寧々に、私は苦笑いを浮かべて、視線を逸らした。
◆◆◆
『つまり紗雪ちゃんが雀ちゃんのモデリングしてて、尚且つ飼い主さんの知り合いだったってこと……?』
「みたい。流石に驚いた」
ディスコのアカウントを自分のに変えて、今はサーバーに4人で入り、話をしている。
リビングでノートPCを広げる寧々の隣で、タブレットを持ってきて、ワイヤレスイヤホンのマイクを使っている。
高いやつだから音質は問題ないはずだ。
主に話しているのは、猫神様と寧々の2人で、私は沙雪ちゃんとどう会話をするべきか、正解を出せずに悶々としていた。
『あはは、飼い主さん緊張してる?そういえば私と初めて通話したときもこんな感じだった気がする』
「ふ、2人ともずっと推しだったので……特に沙雪ちゃんのことはずっと好きで、雑談配信とかも未だに聞いてますし、限定ボイスとかグッズとかも全部揃えてるので、その、今ほんとうに何も考えられない感じになってます……」
『おぉ!本当にファンなんだね!沙雪ちゃんも顔を真っ赤にして喜んでるよ』
『ちょっ、雫、言わないで……!』
沙雪ちゃんが喜んでくれてる……!
その事実だけで、心がぴょんぴょんする。
『えと、カナタちゃん?』
「は、はい」
『お、怒ってたりしてない……?一応、カナタちゃんが沙雪のことを好きだって知ったうえで隠してたわけだし』
「怒る……?」
私が?推しに?
「宇宙飼い主さんになってる」
「あっ、えと怒ってはないです。私が沙雪ちゃんの立場でも言わなかったと思うので……それに今は沙雪ちゃん本人に対して沙雪ちゃんのちょっとえっちなイラストの話を延々にしてたことを思い出して冷や汗がとんでもないことになってるというか……」
『えっちなイラストにここの脇の描写に癖を感じるって言ってたやつだね』
あぁぁぁぁ……!覚えてた……殺してください……
「飼い主さん……」
寧々が呆れた顔で私を見ている。
「だって、だって知らなかったんだもん……!」
「知らなかったが免罪符になる時代は終わってる。おとなしくお縄につくべき」
『あっはっはっは』
私たちの会話に、2人の笑い声が響く。
『ほんとに飼い主さんと雀ちゃんはビックリするぐらい仲良しだね』
「私としては雫ちゃんと狗頭さんが同棲してるほうが驚いてるけど」
『沙雪ちゃんのアパートの隣に配信用に部屋借りてて基本はそこにいるけど、お風呂とかご飯は沙雪ちゃんの家でしてるから同棲というより半同棲の方が正しいかも』
そうだった!
わんヘさんが半同棲してる相手がいるという話をしていたのは聞いていた。
しかも、先ほど会話からしてその関係が進展したということでほとんど間違いはない。
それはつまり……
右手を口もとに当てる。
まずいまずい、オタクスマイルが出てしまう。
「にやにやしてる」
こら、出てても言わない。
『なんだか、こういう話ぜんぜんしてこなかったからちょっと恥ずかしいね……あ、沙雪ちゃんが呼んでるみたいに、私も飼い主さんのことカナタちゃんって呼んでもいい?』
猫神様が照れを隠すように話題を変える。
沙雪ちゃんは『顔赤いよ』と笑っていた。
「いいですよ。一応、彼方は本名なので、配信とかでは言わないでもらえると」
『わっ!本名なんだ!なんかぽいかも!名は体をのやつ!』
『本名だったんだ』
「はい。そういえば沙雪ちゃんはなんで、わんちゃんヘッドって名前で活動してるんですか?」
わんちゃん、身バレの可能性があると思うから、聞きたかったことだ。
『あー』
沙雪ちゃんは気まずそうに声を漏らして、猫神様が隣で笑ってる。
『その、犬胴って名字で……、胴だから反対にして頭にした名前でわんちゃんヘッドって名前を使ってて、デビューの時もここまで大きくなるとは思わなかったからそのまま狗頭にしちゃったんだけどその……愛着が湧いちゃって、……、卒業した後も変えるほうが不自然かなって思ってそのまま……』
『好きになっちゃったってことだね』
雫ちゃんが笑う。
まあ確かに配信でもして声を聞かない限り、わんちゃんヘッド!つまりこの人の中は沙雪ちゃんだ!なんて思う人はいないだろう。
『あ、もうこんな時間だ。じゃあ私はそろそろ雫のごはん作らないとだから失礼しようかな。雫ももう直ぐ、コラボ配信があるでしょ?』
『そうだった!うぅ、でももっと2人と話したいな~~~~!だから今度また一緒にお話しよ!』
「うん」
寧々が頷く。
私も大丈夫だ。推しと話すのは緊張しちゃうけど。
『じゃあまた今度ね~!』
「はい、また」
通話が切れる。
その瞬間に、私はどっとやってきた疲れを押し出す用に息をつく。
「き、緊張した~~~~」
それは仕方がないことだ。
私が初めて大好きになったVTuberで友人に引かれるぐらいに熱心に推してたVが沙雪ちゃんだ。
少し震えている手を見る。
「良かったね。彼方」
「……うん」
良かった。
良かったのだろう。
推しと話せた、その事実はこうやって手が震えるほどの緊張はしたものの良かった。
でも願わくば、モニター越しに彼女を見てみたいと思ってしまうのは私のエゴなのだろう。
「復帰してくれたらいいね」
寧々がそう言って私を見る。
寧々もまたVのオタクだ。
私の考えはお見通しらしい。
彼女が幸せならばそれでいい。
だからこれはエゴだ。
私はもう一度、狗頭沙雪ちゃんが配信をする、そんな場面を夢想していた。
______________________________________
遅れました。
次回更新早め。
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