第75話 犬さんとことこ

one chance head


雀の2Dモデリングをしてくれた人だ。

雀の一周年が近づいてきて、寧々が描き上げた新衣装のモデリングをもう一度、この方がやってくれることになった。


ステラさんのモデリングの依頼の際に、もし、下切雀さんの新衣装などのモデリングを頼む場合は私に担当させてほしいという趣旨の連絡を貰い、断る理由も特にない私たちはお願いした。


今日はその打ち合わせだ。


といっても私は挨拶だけして後は寧々に任せる。

本来なら寧々だけの打ち合わせだったが、one chance headさんが飼い主さんにも挨拶がしたいと言ってくれたらしい。

寧々はファンかもね、と笑っていたけど私はその理由をなんとなく察していた。


それはone chance headさんのツイートンアカウントに上げられているイラストだ。


『すこだ……』

そうキャプションされたイラストは、今話題のアニメのヒロインのイラストで、ゆるいタッチで描かれたデフォルメ絵、その絵は凄く見覚えがあった。


私のほとんど稼働していないアカウント、そこで仲が良かったフォロワーのわんちゃんヘッドさんの描くイラストととても似ている。

わんちゃんヘッドとone chance head、そして似ているイラスト……


そんな彼女を、あらかじめ指定したディスコの通話鯖で待機する寧々の隣でお茶を飲みながら待つ。


そして約束した時間の5分前になると、ぴこん、と音が鳴って通話鯖に入ってきた。


『こんばんは~』


「こんばんはです。今日はお忙しい中、ありがとうございます」


『こちらこそ、ありがとうございます~。下切さんとカナタちゃんも』


「えっ」


寧々が戸惑った声を漏らすのと同時に、私も声を出す。


「お久しぶりです。わんヘさん」


そこそこ長い付き合いのフォロワーさんは、楽しそうに笑った。


◆◆◆


「つまり飼い主さんとわんヘさんはもともとツイートンのFFで知り合いだったってこと?」


「そうだね。確証はなかったけど」


『私は飼い雀の配信を覗くまでは全然知らなかったんだけど、あ、この声、喋り方、カナタちゃんじゃん!ってなった感じですね』


「なるほど……こんなところで繋がりが……」


「わんヘさんがこういう仕事をしていたのは驚きました」


「本業ではないですけどね。一応、大学生です。もう直ぐ卒業ですけど」


わんヘさん学生だったんだ。

元同僚と同棲してると聞いてたから社会人かと。


「それじゃあ、私は下がりますね。雀もわんヘさんも打ち合わせ頑張ってください」


「あ。後でちょっとカナタちゃんと話したいことがあるからちょっと時間貰ってもいい?」


なんだろう?と思いながら断る理由もないから「大丈夫ですよ」と返答して、自室へ向かう。


隣にいた寧々の温もりが消えて、ちょっぴり寂しい。


昔は気にならなかったことが今は……今は……いや、昔から寂しかったな。


そんなことを考えながら自室で作業、動画編集を開始する。


オトモは大好きな沙雪ちゃんの配信アーカイブ。


『こんばんわんおー!』


配信が始まると同時に明るい声がヘッドフォン越しに届き、思わず笑顔になる。


何の変哲もない雑談配信。

その声を聞きながら、あれ、と首を傾げた。


さっきまで聞いてた声がする。

昔感じた既知感の理由が分かった。


似ているんだ。

わんヘさんの声と沙雪ちゃんの声が。


そう考えれば名前も……


狗頭沙雪ちゃんとわんちゃんヘッドさん。


……いや、それはこじつけか。


名前が似るなんてことはよくあることだ。

しかも沙雪ちゃんの方はVの名前だし。


余計な思考に、作業の手が止まる。


そんな思考を振り払い、動画編集に戻った。


◆◆◆


作業もひと段落したところで、寧々からディスコがくる。


『終わったよ。彼方を呼んできてほしいって』


『わかった』


チャットを送って、寧々のもとへ向かう。


「あ、きた」


「お疲れ、どうだった?打ち合わせは」


「まとまった。後で伝えるね」


「了解」


『カナタちゃん!』


「わんヘさんもお疲れ様です」


『おつかれ~!』


マジで聞けば聞くほど似てる。

でも本人に聞くのはマナー違反だ。Vのオタクとしての矜持を持つ私は、ぐっと堪える。


「それで、話したいことってなんですか?」


『前話してたやつあったでしょ?』


「前……?」


ピン、とこない私に、わんへさんが『んー』と唸る。


『私が元同僚と同棲してるって話』


「あー、はい」


『我慢するとかつらい、とか言ってたけどあれ訂正するね。なんだかんだ上手くやってるよ』


そう言って笑うわんヘさん。


わんへさんは同僚に恋をしていて、それを隠しているという話をしてくれた。

それを訂正して、なんだかんだ上手くやってるというのはそういうことなんだろう。


ピン、と来てない寧々を横目に、私も笑う。


「こっちも上手くやれてます」


わんヘさんと一緒に笑う。


『伝えたかったのはそれだけだから、今日はありがとね』


「はい、また通話でもしましょう」


『おっけー』


別れを告げて、通話チャンネルから抜けようとする。

だがそれはわんヘさんの焦ったような声と聞こえてきた更に聞きなじみのある声に止められた。


『沙雪ちゃーん!帰ったよ~!ご飯なに~!』


『ちょ、雫!今、通話中だから』


……雫、沙雪ちゃん。


聞こえてきた猫神様の声に、自分の恥ずべき妄想は真実だと知る。


「えっ」


寧々から思わず声が漏れ、闖入者は通話している相手を見て声を上げた。


『雀ちゃん!?』


どうやらわんヘさんは、私の大好きな人だったらしい。


______________________________________

繋がりました。

わんヘさんとのお話は2章22話に書いています。

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