第72話 星の鐘

「んー」


寧々が唸っている。

愛用しているタブレットPに向かって、飴を口の中で転がしながらペンをくるくると回した。


鈴熊さんの依頼を受けた寧々はここ数日、ずっと悩んでいた。


「あの、設定爆盛りな鈴熊さんをどうデザインすれば」


この前会った鈴熊さん、身長はたぶん180を超えていて、糸目の関西弁で声は可愛い。

作者の性癖を詰め込みましたみたいな人だった。


そんな彼女をキャラクターとしてデザインすると、どうしても鈴熊さんに引っ張られてしまうと悩んでいるらしい。


「鈴熊さんはなんて?」


「『うちはうちが最高に可愛いと思っとるよ〜』て」


「それは、あんまり姿を変えないで良いってこと?」


「らしい……でも、あんな人早々にいないから身バレの可能性が……」


「それはそう」


あんな人がたくさんいたら人類の性癖が歪んでしまう。


「名前とかは決まってるの?」


「うん。ステラ・カンパネラだって」


「鈴熊さんって本名ステラって言ってなかったっけ……?」


「……言ってた」


「身バレ怖くないのかなあの人」


「一応、伝えたけど、『大丈夫、バレても過去に活動してないし、友だちもあんまおらんし、そもそもうちが世界一かわいいからうちを参考にしてほしい』って……」


……関西弁寧々、ありかもしれない。


「つまりこれは、私への挑戦……現実よりも可愛くできるのかキミに、という挑戦……」


寧々の目が鋭く光る。


いや、たぶんそういう意図はないと思うけど、熱くなってる寧々はかっこかわいいので黙っておく。


「私が性癖を破壊する……!」


よく分からない意思表示と共にペンを持つ寧々を横目に、私も自分の作業に戻った。


◆◆◆


「彼方!これ、どう思う?」


数日後、帰宅すると寧々がタブレットで一枚のイラストを見せてきた。


「ラフだけど良い感じに書けた気がする」


描かれているのは、薄桃色の髪を肩まで伸ばした糸目で色白の女性。

左の前髪には小さな鐘をモチーフにした髪飾りが掛かっており、口は所謂猫口と呼ばれるものだ。

開眼バージョンも描いてあって、目を開くと翡翠のような鋭い瞳が現れる。


そしてデカい。

これは身長のことでもあり、胸のことでもある。


鈴熊さんの要素を盛沢山にしつつも、新しいキャラクターとして確立している絶妙なデザインだ。


「ふふふ、本人のキャラクターも相まって、これでVリスナーの性癖を破壊できる……」


寧々が闇堕ちしてる……

「さっそく、鈴熊さんに見せる」と、喜々としてメッセージを送る寧々を横目に考える。


そうか、寧々がママに……

でも、この場合、2Dモデリングをする人がもう一人のママないしパパになるのでは?


心がざわつく。

脳の破壊が促進されているのを感じる。


これは私もモデリングの勉強もするべき……?


いつか役に立つかもしれないし、うんうん。


頭の中の勉強することリストに、英語と一緒にモデリングも入れておこう。


『わぁー!かわいすぎるやろ!!!』


びくっ。

突然の可愛い声に、肩が跳ねる。


いつの間にか開始した通話の声が聞こえてきたらしい。

タブレットPCから鈴熊さんの声が聞こえてきて、寧々が慌ててイヤホンを探している。


「ちょっと待って、彼方もいるからイヤホン探す」


『お?明日さんいるん?一緒にはなそ~!』


「今仕事から帰ったんで、聞き専しときますね」


『えぇ~!じゃあ、今度またお話しよ~!』


「はい」


『あ、そうやった!雀ちゃん!このイラスト、めっちゃかわいい!思ってた以上やった!最高!』


真っすぐな言葉で、褒めそやす鈴熊さん。


寧々も褒められて嬉しそうだ。


「ありがと。まだラフだから出来るだけ早めに完成まで持っていく」


『ラフ!?今のはファイアゾーマやないってこと!?やば!』


「だいたい目安は一か月ぐらいで、そこから2Dモデリングを頼んでもらって、デビューは早くても二か月後ぐらいになると思う。出来る人、探してみるって言ってたけど見つかった?」


『ぜんぜん!やから雀ちゃんが頼んだ人にお願いできたらなって思ったんやけど』


そういえば雀のモデリングした人って誰なんだろう?


あんまり気にしてなかったな。


「私のモデリングしてくれたのは、英語でone chance headって人。スキルマーケットで見つけたから依頼した」


『へー!』


なんか物凄く聞き覚えのある名前な気がするけど、よくある名前だろう。

あっちはひらがなとカタカナだったし。


『じゃあうちもその人にしようかな~、でもデビューまで二か月か~、意外と長めやな~』


「二か月は短い方だと思う。企業では一年とかもあるみたいだし」


『うへ~、うちせっかちさんやから待てんわそれは』


「でもその期間の間に、色々教えてくれるらしいしお給料も出るって」


『おぉ~!それはそれで魅力的やな~!』


仲良くなってる2人の会話に耳を傾けながら隣でスマホを触っていると、ふと個人で使っているほぼ閲覧用のサブ垢に、とある人のツイートが流れてくる。


@VTuber準備中。

名前の隣に、そう書かれた文字を見て、ふとなんとなく思いついたことを伝えるために、口を開いた。


「鈴熊さん、イラストが完成したらVTuber準備中としてアカウント作ってみるのもいいかもしれませんね」


『ほうほう?VTuber準備中ってあれやんな、あのVTuberになる前の人がよく名前の横につけてるやつやろ』


「はい。準備の間にアピールできますし、鈴熊さんのキャラを事前に知ってもらえます。……いや、でも雀がイラストを描いているので、きっと注目度は高くなりますしデビューと同時に、雀が告知することでそのまま初配信にたくさんの人がやってくることを考えたら下手に準備中として活動しない方がいいかも……?」


『でも面白そう!』


「鈴熊さんのキャラクターを知ってもらうのは良いと思う。愉快な人だなってなるし。でも流石にラフ画で活動はさせられないからイラストはもう少し待ってね」


『うん!』


素直に、元気の良い返事をする鈴熊さんに、思わずくすくすと笑みが漏れてしまう。



それから約半月後。


下切雀がママとなりデザインしたVTuber、ステラ・カンパネラという名がVTuber界隈を賑わすことになった。


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同一人物かどうかはまだ分かりませんが、彼方さんが聞き覚えのあるといっていた方、『わんちゃんヘッド』さんは2章22話に出てきてます。

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