第70話 顛末と電話

「なんでこうなったと思う?」


帰宅した私たちの前で、長月さんが神妙な顔で事の顛末を話す。


「えっと、つまり私にストーカーみたいな存在がいて、その子が国民的女優で、でもなんやかんやあって何故か長月さんに好意を向けるようになったと?」


「ああ」


________頭が痛い。


寧々に助けを求めるも、関わりたくないの顔で首を振られる。


「嘘、じゃないんですよね……?」


「私が嘘ついたことあるか?」


「まあまああると思います」


「……今回は本当だ。なんでお前はそんなに色んな女を引き寄せるんだ」


どの口が……


「こほん」


寧々がわざとらしく咳払いをして、どこからか首掛け紐のついているミニホワイトボードを取り出す。


「寧々……?」


「彼方検定1級、お姉ちゃん検定準1級の私が説明する」


「え、私も1級じゃないの?」


「お姉ちゃんは……妹でも謎なところがあるから……」


「そんなぁ」


寧々は、ソファを指して私たちに座るように指示をする。

私たちが大人しくソファに座ると寧々が説明を始めた。


「まず初めに2人が引き寄せる人間の性質の違いを説明する」


「性質の違い?」

首を傾げた私と「あー」と声をもらす長月さん。


「まず、彼方は光の人間を引き寄せやすい。この光というのは精神的に安定しているということ、主にきゃぴきゃぴした女子たち。そしてお姉ちゃん、お姉ちゃんは闇の人間を引き寄せやすい。彼方とは逆で精神的に不安定な人」


たしかに……

私も女子にはモテるほうだとは思うけど、長月さんみたいにストーカー被害や監禁、盗撮などはない気がする。


いや、盗撮はあるか……

明らか盗撮写真が『ピとデート♡』ってインスタントなテレグラムのストーリーに上がってたことがあった。


「彼方が光の人間の女の人を引き寄せる理由は簡単で、顔と性格が良いから。顔が良ければ人は興味を持つし、性格が良ければ興味は恋に変わる。

対して闇の人間は顔よりも先に性格に引き寄せられるところがある、彼方の場合は誰にでも優しいという長所でも短所でもある性格のせいで闇の人間は誰にでもああなんだと思って興味を得られない傾向がある。あと雰囲気、性格良さそうで真面目そうだから合わないと決めつけられる場合もあって、どちらにせよ、彼方が光すぎて近づけない」


え?有識者?なに、私調べって……

長月さんは長月さんで「寧々があんなに喋って……!」と口に手を当てて涙ぐんでる。


寧々は喋り終えると「ふぅ」と息を吐いて、水をひとくち飲んで再度口を開いた。


「対してお姉ちゃん、お姉ちゃんは雰囲気が闇なのと、あんまり人と関わらないのもあるから孤高の人って思われる。

その時点で闇の人間からの好感度はやや高い。そんな中で、共通点とかギャップを見つけた日にはもう大変。ガチ恋が生まれる。

そしてお姉ちゃんは彼方と違って、中途半端に優しい。

塩対応の時もあれば、見たことないぐらいの笑顔で楽しそうに接するときがある。これはお姉ちゃんの気分なんだけど、その笑顔を向けられてしまった人は確実に落ちるし、それを引きずったまま機嫌の悪いお姉ちゃんに塩対応されてしまえば、その落差でめちゃくちゃにされる。

そして生まれるのが、お姉ちゃんが大好きなぴえんたち。あとお姉ちゃん、可愛ければ良いと思ってる節があるからその節操のなさが原因の大半を占めてる、反省するべき」


まあ、長月さんが反省すべきなのはそれはそうだ。


「その文乃さんとやらは幼少期の彼方を神格化してるとのこと、今の彼方とは関わっていない。そして長い年月をかけて拗らせちゃったのが原因で、闇なことに変わりはない。そして闇の彼女がお姉ちゃんと向き合ってしまった。さっきも説明した通り、お姉ちゃんは闇ほいほいだからそうなることは必然」


寧々が腕を組んで頷く。

長月さんの方に火の粉がとんで、こっちは消火されたけど対岸では大火事になっている。

一応、私の責任でもあるし、なんかしてあげられたら……いや、本当に私の責任か……?


なんなら長月さんとその文乃さん?のいい当て馬にされた気がする。


「一応言っておくと、彼方の責任じゃない。やばいのは知っていたうえで真正面から向かっていったお姉ちゃんの胆力と無鉄砲さと浅慮とその気まぐれな優しさ」


「そんな……!私はどうすれば……!」


「そろそろ身を固めたら?」


「やだーッ!」


ソファに寝転がり、じたばたと暴れだす長月さん。


これが昔、憧れていたお姉さんの姿か……


「てか長月さんって本命とかいないんですか?」


「は?いないに決まってるだろ。私は人間関係は広く、浅く、短くを徹底してるんだよ」


確かに……仕事関係以外でこの人とずっと仲良い人知らないかもしれない。

私は別枠として考えても、長月さんの友だちとか突然、話題にも上がらなくなって消えているような気がする。


「たぶん、相手にもそれが分かるんだろうな。ここまでは関わるけどここからは関わりませんよって。だから相手も離れてくし、そんな関係が楽だからそうしてる」


「あー」


寧々を横目で見る。

寧々も何か思うことがあるのか、「なに?」と目を細めて返された。


「いや、姉妹だなぁって」


寧々も卒業式を終わったらグループRainレインは即抜けするし、私と共通じゃない友だちを作っても知らない間に関わらなくなったりする。


「中高生の頃は拗らせてた……彼方がいればそれで良かったから……」


まあ、それが嬉しくて注意しなかった私も私だ。


「でも、寧々が私と一緒にいてくれたから安心できた部分もあるからあんまりあれこれ言えないね」


2人で顔を見合わせて、笑う。


「いちゃいちゃすんな!」


そんな私たちの間に入って、声を荒げる長月さん。


「お姉ちゃん、挟まるのは大罪」


「うるせ~!しらね~!私が法だ~!」


これが齢27歳、いい年した大人の姿か……


人の家のリビングで暴れまわっている長月さんをダメな大人を見る目で見ていると、長月さんの携帯が鳴った。


デフォルトの着信音が鳴り、携帯を見た長月さんは「うわぁ」と声を漏らす。


「彼方、ちょっと出てくれない?」


「一応聞きますけど誰ですか?」


流川るかわ 文乃あやの


それはもう知らないとは言えない名前で、ため息をついてしまう。


「長月さんが出てください」


「だよな~、まあ出るけどさぁ……」


「もしもし」


『あっ、茶々?』


長月さんはスピーカーにしたらしく、部屋に綺麗な声が響く。

会話を聞かせる気らしい。


「なんだ……」


『さっき、マネに今日あったこと話したんだけど、最終確認で聞きたいことがあるのよね』


「えっ、なんで話したんだ?」


『何かあったら話してって言われてるからだけど』


「えぇ……何が聞きたいんだ?」


『あなたって、私のことが好きなのよね?』


「いや、顔以外は別に?」


やっぱ悪いの全部長月さんだろ……

寧々はため息をついているし、マジで刺されても文句言えないと思う。


『え?』


「え?」


『私にしろって言ってなかった?』


「いや、あいつみたいなんを心の拠り所にするなら私にしろとは言ったけど……」


『え?』


「え?」


『ちょ、そ、それってどういう……ってちょっと話は終わってないって……!』


流川さんの慌てる声が響き、少しして携帯から別の声が聞こえてくる。


『あっ、お久しぶりです。アカナのマネージャーの鈴熊すずくまです~~~~』


「あぁ、文乃んとこの」


電話を変わったのがマネージャーさんで、どこか間延びした関西圏っぽいイントネーションの混ざった可愛らしい声が聞こえてくる。


『アカナが茶々さんに告白されたとかほざいたもんですから遂に起きたまま夢見れるようになったんかと思ったんですが、やっぱり誤解だったんですね。うちのアカナがご迷惑をお掛けしました~』


「ああ、いえ」


『それで、お詫びさせていただきたく、その際にアカナと茶々さんと、そして出来れば明日さんを交えて少々お話できたらなとか思うんですけどどうでしょうか?』


聞き間違いじゃなかったら私の名前が呼ばれたような気がするんだけど……


「……っち、どうする?」


「えっ」


突然話を振られて、驚きに声が跳ねてしまう。


『あっ、明日さん、今いるんですか?絶対にご迷惑をお掛けしませんし絶対に何もしないので、会っていただくことはできないでしょうか?』


袖が掴まれる。

寧々が不安そうに私を見ていた。


声も出せずに考えていると、長月さんが「いや、会わせるわけねえだろ」と先に声を出した。


「えっ」


思わず声をもらしてしまう私に、長月さんは苛立ったように貧乏ゆすりをする。


「そいつをそういう風にしたのは、そいつだけじゃなくてマネージャー、お前も含めた周りの責任だ。その癖、お前らはそいつを止めようともしなかった。そんなやつらに会わせるわけねえだろ、もう少し考えて物喋れ」


『あはは、手厳しいですね~……分かりました。事務所経由でお詫びの品ををお送りします。あなたも知っている通り、アカナの件は色々根深いので話が纏まるまでお待ちください。また連絡させていただきます』


「精々間違えるなよ」


『はい』


電話が切られる。


長月さんはスマホをクッションに放り投げて、ため息をついた。


そんな長月さんに、私は近づく。


「あの、流川さんがどういう人かあんまり知らないんですけど、大丈夫だったんですか?」


「知らん」


不機嫌そうな長月さんがそう言い切る。


だけど、不安そうな私たちを見て、再度ため息をついてぽつぽつと事情を話始めた。


私たちにまだ話していなかった流川 文乃という人間の話を。


親から受けた愛とは名ばかりの行為のことを。


◆◆◆


「ってわけだ」


ネグレクトとその後遺症に苦しむ女性。

簡単に言ってしまえば、今の彼女はそういう存在であるらしい。


そして話を聞いていると、どこか寧々と重なるところもあって、苦しくなる。


「助けたいとか思ってるんだろうが、お前には助けられないよ。助けられるのはちゃんとした病院の医者だけだ」


それはそうなんだろうけど……


「努力できる才能と、もともと持って生まれた才能、そして天才女優としてのし上がったあいつを止める存在は事務所も含めていなかった。そんな歪なものを清算するときがきたってことだな」


「流川さんはどうなるんですか?」


「さあな。このまま普通に女優をやるんじゃないか?大人気女優が急に休みますなんて許されないだろ。でも、その選択肢を取ったら私は失望する」


「そんな……」


苦しんでいるはずなのに、誰も何もしないなんて……


「お前は優しすぎるんだよ。その中途半端な優しさが相手を苦しめるんだぞ」


「うん、彼方は優しすぎる」


長月さんが私の腕を掴み、倒れるようにソファに座っている長月さんの膝に無理やり乗せられ、動けないように寧々が私の上に乗った。


私は長月さんに膝枕されながら、寧々をお腹の上に乗せていた。


「所詮他人だ。それを理解しないと人生つまんなくなるぞ」


「助けてあげたい気持ちも分かるけど彼方が言っても拗れるだけ。何かあったらきっとお姉ちゃんがなんとかしてくれる」


「え?私?まあいいけどさぁ……」


歯がゆくて、ほとんど関係もないのに不安になってしまう私を2人は元気づけようとしてくれている。


「ってわけだ。私がなんとかするからお前は気にすんな」


頭をわしゃわしゃと撫でられて、寧々には脇腹をくすぐってくる。

身をよじって逃れようとする私と、やめない寧々、そんな私たちを見ながら長月さんが笑う。


いつもの日常。


流川さんのことは私にはどうでもできない。


だけど。


かつて失意のどん底にいた私が今はこういう日常を送れている。

それはたくさんの人の助けがあったからで、だから私も流川さんがこういう何気ない日常を送れることをただ、


ただ願った。


______________________________________

文乃さん関係のお話は次回で終わります。

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