閑話 Q.レジャーホテルとは

A. いわゆるラブなホテルである。


そんなレジャーホテルに、私は寧々と一緒にいた。


どうして……?


「宇宙彼方……、近場でラブホ女子会におススメってSNSでバズってたところだったのと設備も良いところっぽかったからあと単純にこういうところに来る機会ないから行ってみたかった」


事情は話さずに猫神様たちと別れ、手軽に夕食を済ませた私たちは泊まるところを探していた。


そして見つけたのは、レビュー数も多い大きなレジャーホテル。


外観も綺麗だし、受付は無人でプランを選ぶだけだった。

今日は珍しい外泊だから、一泊一万円弱ぐらいのちょっと良い部屋を選んだ。


おっきな部屋で、カラオケやダーツ、大きなテレビや各種動画配信サイトにお風呂はジェットバス付きの露天風呂で、お風呂にもテレビがついている。


お風呂は疲れているのもあったから、さっさとシャワーで済ませてしまった。

アメニティ類は充実していて、シャンプーやトリートメントも意外と言ったら失礼かもしれないけど、良いやつだ。


服はハンガーにかけて、今は柔らかいバスローブに身を包んでいる。

正直、珍しさに負けて着たけど、ちょっと違和感がある。

タオル地は気持ちいいんだけど……


「なんかこういうのテンション上がるね。寧々とどこかで泊まるなんて卒業旅行以来とかじゃない?」

「うん」


卒業旅行は北海道に行った。

沖縄や台湾なんかも考えてたけど、美味しいものを食べたいとなった結果の北海道だ。

旅費は自分たちで出すつもりだったわけだけど、こういうときに目ざといのが長月さんで、無言で50万をぽんと渡してきたときは頭がおかしいのかと思った。


いや、頭はおかしいんだけど。


なんなら冬生さんもお金いる?あげるよ?って連絡してきたしあの兄妹は、寧々に……いや、私たちに甘すぎると思う。


「にしても長月さん大丈夫かな……」

「わからない……わからないけど、お姉ちゃんは意味深なこと言いつつ、結局大丈夫みたいなこと多いから……それに……」


寧々はそこで言葉を途切り、小さく首を振った。


「こういうときは大体女絡み……」


「あー……」


微妙な空気になる。

いや、だってそれも仕方がない。

きっとお互い、思い出しているのは少し前、私たちが大学生の頃のことだ。


かつて長月さんが大学生の私の家に入り浸っていた頃、一度、こういう意味深なことを言って、数日帰ってこなかったことがある。

数日経ち、何食わぬ顔で帰ってきた長月さんは事情を語った。


ストーカーに監禁されていた、と。


説得してなんとか逃げ出したと笑いながら、そのストーカーの写真を見せてきて、可愛くない?と笑う長月さんに2人でドン引きしたのを覚えている。


まあ、つまり長月さんはそういう人だ。


どんなピンチになろうとも長月さんのカリスマで基本は穏便に済んでしまう。


しかもそのほとんどが女絡みだ。


昔は憧れのお姉さん!って感じだったのになぁ……


「もし女絡みなら大丈夫なはず。お姉ちゃんだし」


「確かに、長月さんは握力50億トンあるし、秒速30万キロで走るし魔法も使えるもんね」


「……うん」


うん、じゃないが?

え?魔法とか使えないよね?

なんかあの人のことだからマジで出来そうな気がしてくるじゃん。


「彼方が陰の女誑しなのに対して、お姉ちゃんは陽の女誑し、違いは相手の想いに応えてあげるかどうか」


「その言い方だと私が悪いみたいじゃない?」


てかなんだ陰の女誑しって。

陰ではあるけど女誑しではないぞ。


「実際ギルティ。でも、私はその方が安心。もし彼方が陽の女誑しだった場合、私の脳は破壊され尽くしていたから良かった」


「え?なに?モンスター?」


「そういうのを好む人もいるとは聞く。ある意味、現代社会に生まれたモンスター」


寧々がしたり顔でうんうん、と頷いている。

首を傾げていると、寧々は「さて」と立ち上がり、私を見る。


「そういうことをするホテルにきたわけだけど、どうする?」


「どうするって……」


「彼方は言った方が興奮する?」


……寧々は最近、本当に強くなった。

少し前はこういう話題は顔を真っ赤にしてたのに、今は私を煽る余裕すらある。


まあ、そんな寧々に助かってる部分はあるけど……ヘタレだから。


「ふふっ、冗談。お姉ちゃんのこともあるし、あんまりそういう感じじゃないもんね」


あっ、違うんだ……


「なにその顔、もしかしてシタかったとか?」


「……あい」


「うぇっ!?」


正直に答えると、寧々が変な声をあげて、どんどん顔が赤くなる。


だって、こういう場所にきたら嫌でも意識するじゃん……

こればかりは私は悪くない……はず……


「私も、別にしたくないわけじゃないけど……今日はお姉ちゃんのこともあるし、するときは、彼方だけに集中したいから……また次のおやすみとかに、ね?」


「わかった……」


次のおやすみ……もしかして有給取れば早められる……?

いや、でもそんなことしたらどれだけしたいんだってドン引きがとんでくるだろうし、長月さんも『彼方が有給……?あやしい……』って監視してきそうだし……てかこんなこと考えてると私がめっちゃしたいみたいじゃん!


自分にはないものだと思っていた三大欲求の一角を大人になってから自覚したせいか、あまりにも頭の中が桃色すぎる。

寧々は優しいから許してくれそうだけど、寧々に無理はさせられない。

直ぐに筋肉痛になるし……いや、でも筋肉痛にさせている方が悪いのか……?


「あ、彼方、これ気になってたやつ」


頭の中で桃色彼方と激戦を繰り広げていると、寧々が動画配信サイトでとある海外ドラマを見つけて、声を上げた。


それはうちで契約していて普段見ている配信サイトでは、配信されていない海外ドラマで、SNSとかで話題は聞くやつだ。


寧々は目を輝かせて、備え付けてある小さな自動販売機でコーラとポップコーンを買う。


「これ、見よ!」


楽しそうな寧々に、いつしか頭の中の桃色は消えていて、私は笑みを浮かべて頷いた。


寧々と一緒にソファに座り、ドラマを再生する。


1話だいたい40分程度の海外ドラマはシーズン1は12話、シーズン2は16話とそこそこに長い。


でもこういうドラマって1話を見てしまったらもう止まらなくなる即死トラップみたいなものだ。


シーズン1を見終わるまで約480分、8時間ほどになる。


観始めたのがだいたい20時頃で、そこに8時間経過させると28時、4時だ。


座るのも限界がきて、ベッドに寝転がりだしたのが6時間前。

私たちはただ無心にドラマを貪っていた。


「おもしろかったぁ……」


寧々がしみじみと呟く。


流石、人気作だ。めっちゃ面白かった。


終わり方も綺麗で、満足感もあって、見終わったときの達成感も良い。


だが私たちを待っているのはシーズン2、そしてシーズン3。

しかもシーズン4がまだまだ控えているという噂もある。


これはまたサブスクする配信サイトが増えるやつだ。


「んー、流石に疲れたかも」


寧々が伸びをしながら呟く。


ここまで長時間何かを見ることは少ないから確かに疲れた。


「寝る?」


「寝よっか~」


寧々の問いかけに、頷く。


今日は配信もあったし、正直お疲れだ。

いつも部屋は常夜灯にしているけど、今日は電気を消して柔らかいベッドに身を預けた。


だけどいつもの環境じゃないから違和感がすごい。


すると寧々が私にもぞもぞと近づいてきて、足を絡ませてくる。


「寧々?」

「彼方、抱き枕があった方が寝れるでしょ?」


抱き枕にしていいよ?と悪戯っ子ような抑揚で耳元で囁いてくる寧々に、また隠れていた桃色が勢いづいてくる。


私はそんな桃色をステイステイしながらも、おとなしく寧々の体を抱きしめた。


やわっこくて、それでいて華奢な、そんな抱きなれた体は落ちつく。

あとなんかめちゃくちゃに良い匂いがする。

好きな人の匂いは落ち着くとかそういうやつだろうか?


寧々の体温に触れていると、眠気もだんだんとやってきた。


足を絡ませたことで、素肌が触れて、少しこそばゆい。


「おやすみ、寧々」


「うん。おやすみ」


暗闇は苦手だけど触れる体温と寧々の声に安心して、目を閉じる。


だけど、少しだけ、ほんの少しだけ、この深夜という時間帯に心がかどわかされて目を開いた。


「寧々、最後にお願い聞いてくれない?」


「どうしたの?」


「キスだけさせて」


腕の中で、寧々の驚いた声が聞こえる。

だけど、直ぐに「いいよ」と返事がきた。


手元のリモコンで常夜灯にするとオレンジの薄ぼんやりとした光が部屋を包む。


寧々の顔が上がり、目が瞑られる。


私はそんな寧々の唇にちいさく口づけを落とした。


それはソフトなもので、これ以上は私の理性が持たない。


だからしょうがなしだ。


続きは来週にとっておこう。


キスをされた寧々が「ふにゅ」と可愛らしい声をもらして、私の胸に顔をうずめてくる。


寧々の頭に顔を埋め、いつもとは違うシャンプーの香りといつもと同じ寧々の甘い香りに満たされながら、ゆっくりと眠りに落ちた。

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