第64話 母の足跡

下切 雀


VG@プラスさんのご厚意によりASMR機材をお貸しいただけることになりましたチュン!

なのでVG@プラスさんのスタジオで、土曜お昼15時から飼い主さんと一緒にASMR配信をするチュン!


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ということらしい。

水面下で、猫神様に相談していて、猫神様から運営さんに話が行き、運営さんからするとこれを機に個人Vや他事務所にもスタジオの貸し出しを行えればということらしい。


「氷とスライム用意しなきゃ……」

「いや、たぶんそういう感じじゃないと思う」


氷やスライムを切るのがASMRの流行りでは!?と驚いていると、いやいやいやと寧々が首を振る。


「ASMRといったら囁き声と耳かきとオイルマッサージ」

「それもだいぶ偏見じゃない?」


そもそも借りたスタジオで、スタッフさんもいるのにオイルマッサージはやばいでしょ。


でも実際、何をしようか……

頭を悩ませていると、寧々がふふっと小さく笑った。


「大丈夫。私たちの強みを出せばいい」

「強み?」


「それはもう」

寧々が腕を組んでくる。

お風呂上りで薄ピンクの柔らかいネグリジェを着た寧々と密着して柔らかさに色々意識してしまって、顔を逸らす。


「私たちの仲良しを見せつけるだけ」


寧々はそう笑うと、おやすみと手を振って部屋へ入っていく。


うちの親友、可愛すぎる……


今日はなかなか寝付けないだろうな……

そんな確信めいた予想と頭の中の桃色を消し去るように頭を振って、部屋へ入る。


携帯を充電器に差して、お気に入りの動画を流し、ベッドに寝転がる。

冷たいシーツに熱い頬をつけて、目を瞑った。


◆◆◆


迎えた土曜日の11時。

何故か私は、長月さんにコーディネートされていた。


「……こいつマジで顔はいいな」

長月さんが悪態をつきながらも、背格好が似ている私のためにいくつか自前の服を貸してくれた。

寧々もなぜか長月さんが持ってきたサイズぴったりな服でコーディネートされている。


長月さんになんでですか?と聞いたらはん、と鼻で笑って「寧々の隣に立つんならまともな格好をしろ。それに悠里さんなら……こうする」とぎこちなく言った。


無表情でそう言う長月さんに、ため息をつく。

本人からしたら私の前で母の名前を出すつもりはなかったようで、思わず言ってしまったのだろう、直ぐに顔を逸らす。


明日あしたの悠里ゆうり、大好きな母のことを私の前で出さないのはこの人なりの気遣いなんだろうが、余計なお世話だ。


私は既に前を向いている。


「気を遣わなくて大丈夫ですよ。昔の私じゃないので」


そう言うと、長月さんは笑みを浮かべて「そうか」とわしゃわしゃ頭を撫でてきた。

……セットが崩れるしやめてほしい。


「てかお前、せっかく両親の顔受け継いでるんだからマスクと眼鏡していけ、ほら私の伊達眼鏡貸してやるから」


丸眼鏡を押し付けられ、しぶしぶつける。

眼鏡はそんなに好きじゃない。異物感あるし……


「眼鏡彼方、新鮮だ」


でも寧々が嬉しそうだし、まあいいか。


「じゃあ行ってきますよ」


「おー、気を付けてね」


長月さんが私に軽く手を振り、寧々にはぎゅっとハグして送り出してくれる。


そうして2人一緒に外に出て目的地へ向かう。

でも時刻はまだ11時半、13時半にはついていたいけど、それまでの予定は決めていない。


どこかでご飯食べるのもいいし、ショッピングもいい。

今日は配信もあるけどそれまでは久々に2人でお出掛け。


つまりデートだ。


◆◆◆


スタジオの最寄り駅についた私たちは手を繋ぎながら、のんびりと歩いていた。


「この辺り、初めてきたけどお洒落だね」

「うん。近くの美味しいお店も教えてもらってきた」


どうやらスタジオ周りの美味しいお店情報を仕入れていたらしい寧々に手を引かれ、小ぢんまりとした喫茶店にたどり着く。


「たぶん、ここのはず。喫茶Lily、うん、合ってる」


Lilyと書かれた喫茶店の扉を開けるとベルの音が鳴り、落ち着いた雰囲気の店内とまだ若い女性がグラスを磨いているのが見えた。


「いらっしゃいませ」

女性がふんわりと笑みを浮かべて、「空いている席へどうぞ」と言う。


あの人が店主だろうか?


……?

なんかどこかで見たことあるような気がする人だ。気のせいかもしれないけど。


店内は数人がいて、窓際の席にカップルが座っていて、カウンターには背の高い凛とした雰囲気のお婆さんがコーヒーを飲んでいる。


私たちが奥の席に向かい合って座ると直ぐにピッチャーを持って女性がやってきた。


「ご注文がお決まりになったらお呼びください」


「はい」

そう返事をして、メニュー表を開くと手書きの達筆な文字でメニューが書かれていた。


「オムライスとミートソーススパゲティがおススメらしい」

「じゃあそれ頼もっか。シェアする?」

「うん」


席にあるベルを鳴らすと、女性がすぐにやってくる。


「オムライスとミートソースを一つ、シェアしたいので別に小皿とスプーン、フォークをお願いできますか?」


「はい、もちろんです。お待ちください」


やや見覚えがある気がする店員さんをなんとなく目で追っていると、「見すぎ」と寧々に小声で注意された。


「なんか見覚えがある気がして」

「ナンパの常套句だ……」


寧々のじとっとした目がとんでくるが、本当にどこかであった気がするんだけどな……


声かけたら正真正銘のナンパみたいになっちゃうし寧々の非難の視線もとんできそうだ。

サラダを持ってきた店員さんに「ありがとうございます」と声を掛けて、眼鏡とマスクを外す。


きゅうりとキャベツ、トマトにスライスされたゆで卵、上には白いドレッシングが掛かっている。


「いただきます」と手を合わせて、フォークでサラダを食べる。


シンプルなサラダだけど、ドレッシング、おそらくはシーザーっぽいそれがマッチしていて美味しいサラダだ。


とりとめない会話をしていると店員さんがミートソーススパゲティを持ってやってくる。

鉄板の上で、ジュージューと音を立てるミートソースはそれだけで食欲をそそる。


「お待たせしました。ミートソーススパゲティです。取り皿とフォークとスプーンはこちらに置いておきます。オムライスもできているので少々お待ちください」


店員さんがそそくさと走っていって、直ぐにオムライスを持ってきてくれる。


分厚い卵を目の前で切ってくれて、中からとろとろの卵が現れる。

Metubeでよくみるやつだ!と内心テンションを上げているとふと、店員さんと目が合った。


美人さんだけど、やっぱりどこかで見たことがある気がする……

必死に思い出していると、店員さんは驚いたような顔で、私を見て、口を震わせる。


「悠里さん……?」


彼女から呟かれた言葉で、ああ、とじんわりと記憶が蘇る。

どうりで見覚えがあるわけだ。


『彼方!紹介するね!私のマネージャーの志野しのちゃん!』


名札に書かれた志野の名字に、母の笑顔を思い出した。

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