第63話 飼い主さんの雑談配信

『邪魔するな』

雀の切り抜きを見た瞬間、ひゃあって声が漏れた。


寧々がこうして感情を全力で出すのは珍しい

寧々はわりと感情は豊かだ。だけどそれが表には出にくい。


ま、私ぐらいになれば全部わかるけど、と後方幼馴染親友面してみるも昔は少々心配と不満もあった。

だって寧々はこんなに可愛いし、かっこいいのにそれをみんな知らないのだ。しかも表情の不変さから誤解されることだってある。


でもVTuberになって対面じゃないからか、感情を表に出す機会が増えた。

それは良い傾向で、私も嬉しい。だけどどこかセーブしがちなそれが、この日は極度の集中で出てしまったのだろう。


その結果がこうして切り抜きとしてバズっている。


本人はめちゃくちゃに恥ずかしがってるけど。


「ねえねえ、聴いてる?ここの『邪魔』の部分!初動の声の低さ!かっこよすぎない???」


『うんうん、そうだね』

『マジでかっこいい』

『いつにも増してテンション高めの飼い主さん可愛すぎんか?』


飼い主さんの休憩所、私のMetubeチャンネルで居ても立ってもいられなくなった私は思わず雑談配信を始めた。

同時接続数は237人。深夜の雑談配信なのによくこんなに集まってくれたものだ。


『飼い主さんお酒飲んでる?』


「ビーム飲んでる!」


『ビーム……?ビール?』

『ハイボールかな?』


「そう!ハイボールのやつ!』


『酔っぱらってます?』

『ふわふわしてるw』


はっはっは、このハイボールは5%だよ?

そんなんで酔っぱらうなんて……ははは、私はぜんぜん酔っぱらうけどね。


「お酒弱人じゃくんちゅだから全然酔ってるよ。でも意識ははっきりしてるから任せて」


『任せて(?)』

『落ち着いた雑談だと思ったらはっちゃけ飼い主さん激かわ配信だった』

『すこだ……』


意識はしっかりしてるしこれ以上お酒は飲まないし、水も飲んでるから事故は起こすつもりはない。

今日は素面では恥ずかしくて離せない雀の可愛さ、かっこよさを語り合う配信だ。


「あ、今日は雑談配信だけど基本雀のことしか話さないかも。雀がかっこかわいすぎるので!」


『そういう大好物なので大丈夫です』

『ありがとうございます……ありがとうございます……』

『飼い主さんがする雀ちゃんの話で救われる命があります』


「あとくえすちょんも送ってくれたら多少読むよ」


『うおおおおお!!!』

『のりこめー!』


更新ボタンを押す度にどんどん増えていくくえすちょん、ざっと目を通しつつ、良さげなものを読み上げていく。


【雀ちゃんの昔の話が聞きたいです】


昔の話……、面白い話何かあったかなぁ。

というか本人不在で色々話すのもあれだし、んー……


「そうだねぇ……昔かぁ……中学生の話とかしてもいいかなぁ?……まあ、怒られたときは、君たちも一緒に怒られてよ」


『怒られるのいやだけど話は聞きたい』


「正直だね……中学時代はなかなかに面白いことがあってね。かなーり前に雀と仲良くなったときのことを話したと思うんだけど」


雀が生まれて、初めての2人での配信で過去のことを話した。

古参、といっても雀がデビューしてから1年もまだ経っていないのだからそんなに過去のことじゃない。

1章の14話ぐらいにでも語られているような話だ。


『初めての飼い雀での配信の時の話だ!』

『初耳』


「初耳の人は飼い雀の初めての配信1章14話アーカイブを見てね。今でも何故だがやや伸びしてて怖いけど」


『睡眠導入に使ってます』

『飼い主さんのぎこちなさが愛おしい』

『飼い雀を人に布教するときにあのアーカイブを勧めてる!』


……まあ、百合界隈でおススメのV配信を勧めるときに私たちのアーカイブが勧められているのは観測している。

君たちがどんなに検索避けをしてもちゃんと見てるから逃げられないぞー、って……まあ言ってしまったら直ぐに隠れてしまうから言わないけど。


「で、中学時代の話なんだけどあの時代は私の身長も一気に伸びてね。私、1年生の後半には164㎝あったんだよね」


『大きい……』

『すごっ』

『運動部から引っ張りだこじゃない?』


「まあ入学時点でスカウトとかされたけど、運動部ってキャラじゃないし雀と一緒にいることが楽しかったから断ったなぁ」


『てぇてぇ』

『雀ちゃんの身長はどれぐらいだったの?』


「雀の身長は147とかだった気がする」


『身長差萌だ……』

『でも今の方が身長差大きいバグ』

『今のほうが身長差大きいマジ?』


「そんなに変わらないけどね。今は152と170だから」


身長差18㎝……あんまり意識したことなかったけど、えっちだな。


『飼い主さんが大きいのか雀ちゃんが小さいのか』

『飼い雀の身長差で救われる命もあります』


「今は違うけど、昔は私の膝の上によく乗ってて、人前ではしなかったけど放課後とか私の家でよく膝の上に乗って一緒に映画観てたりしてたんだよね。めちゃくちゃ可愛くない?」


『かわいい』

『膝乗り雀……』


「それのせいで雀を膝の上に乗せる癖が一時期ついちゃって修学旅行の時にバスの椅子に座るときにおいで、って手を広げちゃったのが今でも黒歴史」


思い出すだけで恥ずかしい。

寧々が珍しく動揺してたのを覚えている。


『飼い主さんたちのクラスメイトになりたい人生だった』

『クラスメイトもめっちゃびっくりしただろうなw』


「いや、なんかみんな慣れたものでまたやってらぁみたいな感じでスルーされたから余計心にきたよね」


『慣れちゃうぐらいいつもいちゃついてたってコト!?』


「中学生はそういうもんだよ」


『そういうもんか……そういうもんか?』

『油断したなァ!中学生とはそういう生き物だ!』

『マジでずっと仲良いんだね』


「ふふっ、まだまだ面白い話はあるけど、プライベートなことでもあるから次は雀が一緒の時に話すよ。じゃあ次のくえすちょんね」


【雀ちゃんに恋人ができたらどうしますか?】


「これ昔からわりと言われてるんだけどさ、雀にもし恋雀ができたとしても私は10年ぐらいの仲なわけで、ぽっとでの恋人より私の方が優先されるべきじゃない?って思うんだよね」


そもそも雀に恋人はできない。だって私という親友がいるから。


『そうかな……そうかも……』

『雀ちゃん、例え恋雀ができたとしても飼い主さんを全力で優先しそうなのはわかる』

『雀ちゃん、飼い主さんのこと喋るときめっちゃ楽しそうだし嬉しそうだからマジでラブが伝わってきて良いんだよね……良い』


「これは逆もしかりで、例え私に恋人ができたとしても雀を優先する」


『下切雀:(*'▽')』


『おるやんけ』

『雀ちゃんもよう見とる』


「あ、雀だ。追加でお酒飲んでいい?」


『下切雀:飼い主さんは酔っぱらうと無防備になるからダメ』


『無防備な飼い主さん・・・?閃いた』

『ガタッ』


『下切雀:ステイステイ』


雀とリスナーさんが愉快な会話を繰り広げているのを見ながらにこにこ笑みを浮かべる。


こうやって軽口を叩ける環境に寧々がいられる、それだけで私としてはとても嬉しい。


『下切雀:それはそうと私の過去の身長を勝手に開示した罪は重いチュン』


「えぇ~、何されちゃうの?」


『ノリノリだ』

『酔っ払い飼い主さん、すこだ……』

『雀ちゃんに色々されちゃう飼い主さん・・・』


『下切雀:ホラゲー』


「あ、それはまじで無理です」


『草』

『草』

『急に冷静になって草』


いや、酔いも醒めるってもんだ。

過去にやったホラーゲーム2章31話から33話も未だに手を付けていない。怖いの嫌だから。


『下切雀:まあ、それは冗談としてASMRをやってもらうチュン』


「き、機材が高いからそのうちね」


『下切雀:ふふふ……そう言っていられるのも今のうちチュン』


えっ、なんだ怖い。


『下切雀:ではチュンはこれからソロランクの波に揉まれるのでさらばチュン』


「なんだったの?」


『飼い主さんのASMRが近づいていることはわかった』

『たのしみ!』

『鷲宮 梅雨:(; ・`д・´)』


うぇっ!?鷲宮さん!?

とんでもないビッグネームが見えて目を擦り、「えっ、本物……?」と声がもれる。


『一応、アイコンと名前は本物』


『鷲宮梅雨:偽物扱いされるのもあれなのでツイートンで『あ』って呟きます』


そのコメントにツイートンで鷲宮さんのアカウントを見ると、今まさに『あ』と呟かれる。


「本物だ……!スパナつけなきゃ!」

スパナをつけて、名前を青色にして分かりやすくする。


それにしてもなんでこの配信に。


『前に飼い主さんの声が好き2章41話って言ってたからなぁ』


『鷲宮梅雨:飼い主さんの雑談をBGMに作業するぐらいには声が好きなので、いつもこっそりと配信見てます。asmr楽しみにしています』


「た、退路を塞がれた……」


『草』

『こりゃやるしかねぇな!』

『うおおおおお!』


『下切雀:なんか知らない間に面白いことになってて草チュン』


「こうなりゃやけ酒だ~~~~!」


『下切雀:ダメです』


「チュン……」


この数日後、雀と飼い主のASMR配信告知が発表された。


______________________________________

過去配信の言及があったので、該当する章と話をルビで振ってます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る