第62話 四人で焼肉
今日は@ONEお疲れ様会の日だ。
珍しくお洒落して、というかお姉ちゃんに好き勝手いじられて彼方からも可愛いとお墨付きをもらった姿で待ち合わせをしている駅前に向かう。
本来ならツユキちゃんとのサシだったはずだけど、まほろちゃんも行きたいと言い出してその流れでメア博士とも一緒だ。
だけどまほろちゃんの顔はわかるけど、他2人はわからない。
それはまほろちゃんや他2人も同じだろうし、着いたらグループに連絡を入れるようになっている。
……正直、緊張している。
人見知り全一な私には荷が重い日だ。昔よりは多少マシにはなっているけど、それでもこれは治るようなものじゃない。
『着きました』
最初にメッセージを送ったのはツユキちゃんだ。解釈一致だ。
私も近くにいるからどんな服を着ているか聞く。
『どんな服着てるチュン?』
『えっと、上は薄緑のカーディガンと白っぽいシャツで、下はチャック柄のプリーツロングスカートです』
ぷりーつ……なに?
でもまあ、それっぽい人は見つけた。
スマホを見ている緑のカーディガンを着た少女だ。
私は近づいて、声を掛ける。
「ツユキちゃん?」
その声にばっと振り返った少女は、顔を輝かせて「はい!」と頷いた。
……!
えっ、かわいい。
若干幼さの残る彼女は、見た目的には大人しい文学少女って感じだ。
大きめの眼鏡をかけていて身長は150㎝の私と同じか少し高いぐらいで小柄だ。
「……かわいい」
その呟きは私の口から漏れたものじゃない。
ツユキちゃんはそう呟くと直ぐに自らの口を手で塞ぐ。
「すすすすみません!」
「いや、いいよ。ツユキちゃんも可愛いよ」
リアルアバターでチュンと言っていたら身バレの恐れもあるし、今日は私で接する。
これが1番緊張する要因だったりするけど大丈夫だろうか。
解釈違い!って言われないといいけど。
「ああああの!雀さん、その握手してください……!」
ツユキちゃんがそう言って頭を下げる。
「頭上げて。握手ぐらいなら全然大丈夫」
ツユキちゃんの手を取ると、ツユキちゃんは感激したように笑った。
「あとでサインも貰っていいですか?」
「いや、ファン?」
「ファンですよ!助けてくれた時からずっと追いかけてます!」
「そ、そう……その……ありがとう。嬉しい」
こうやってファンと言ってくれる人に直接会うなんて少ないVだからこそ余計に照れてしまう。
「おーい!僕を差し置いて何いちゃいちゃしてるのさ!」
聞き覚えのある声に振り向く。
それはまほろちゃんで、嬉しそうに両手を広げてツユキちゃんごと私をハグしてくる。
「まほろちゃん、ツユキちゃんは顔知らないから」
「あっ!ごめんね!ツユキちゃん!」
目を白黒させているツユキちゃんは、ゆっくり現状を咀嚼して、また表情を変える。
「ままままほろさんですか……?」
「そうだよ!初対面なのにごめんね。雀ちゃんが見えたからつい飛びついちゃった」
今日はコンタクトのようで、まん丸な目をした私よりもやや身長の高いまほろちゃんが笑みを浮かべる。
「ぴえっ」
変な鳴き声をあげて固まるツユキちゃん。
一種のカオスが形成されていた。
陽のまほろちゃんにツユキちゃんが押されてぴえぴえになっているのを眺めていると通知が届く。
それはメア博士からで『姦しい3人組がいる』と一言だけ書かれていた。
『それがチュンたち』と返信して辺りを見回すと、長身の女性がスマホを片手に近づいてくるのが見えた。
モデルみたいにすらっとしている、格好はややボーイッシュなコートを着た女性。
「えっと、雀さんでいいですか?」
「うん。メア博士。優勝おめでとう」
手を差し出すと、メア博士はなんだか曖昧な顔で、でも嬉しそうに笑った。
◆◆◆
「というわけで@ONEお疲れ様でしたー!」
まほろちゃんに合わせて乾杯をする。
私たちがやってきたのは、決して高級すぎるわけでもないが評価が高くて、Metubeでもよく紹介されている個室焼肉店だ。
メア博士の机にはビール、まほろちゃんはカシスオレンジ、ツユキちゃんはまだ飲めないからお茶で、私も飲むつもりはないからお茶を選択した。
みんなで乾杯をすると私たちは早速店員さんがお冷と共に持ってきたタブレットから肉の注文を始めた。
_______肉の焼ける良い匂いと音が食欲をそそる。
率先してトングで肉を焼いてくれてるのがメア博士で、私はもぐもぐ係に徹していた。
「タン塩美味しい~~~!」
「まほろちゃんはタン好きだね」
タンばかりを頼んでもぐもぐしているまほろちゃんは、もう二皿ぐらいタンを平らげている。
「タンって美味しいですけどご飯進む感じじゃないですよね……」
ツユキちゃんがそう言いながら大盛りご飯三杯目をカルビと共に完食する。
「ご飯追加で頼みますね」
「あ、うん。凄いね」
ご飯いっぱい食べるツユキちゃん可愛い。
小柄なのも相まってギャップ萌えだ。
食べ方も個人差の出るまほろちゃんとツユキちゃんを見ていると皿に焼けた和牛カルビが置かれる。
トングの持ち主を見ると、メア博士がにこりと笑った。
「人が食べるところ見てるのもいいけど雀ちゃんも食べないとだよ」
お酒の問題もあり、一応、みんなの年齢を確認したところ、メア博士が一番年上の25歳ということが分かったから敬語をやめてもらったけどこれはこれで破壊力抜群だ。
ちなみに私が23、まほろちゃんが20、ツユキちゃんが18、メア博士が25だった。
メア博士は大学院生、ツユキちゃんは現役の大学生だ。
「うん、ありがとう」
皿の肉を口に運ぶ。霜降りの肉は舌の上でとろけて、とても美味しい。
美味しい肉を楽しんでいると、まほろちゃんが思い出したかのように手を叩いて、その眩しい笑顔を向けてくる。
「あ、そうだそうだ!雀ちゃんの切り抜きみたよ!」
「…………忘れて」
私は顔を逸らして呟く。
1日で10万回再生された切り抜き、タイトルは下切雀「邪魔するな」
感情に流された言葉で、恥ずかしいから一刻も早く消したいぐらいだけど、もう広まってしまったものはしょうがない。
いつもより低い声での小さな呟きは、大変ウケたようで反応がすごい。
「かっこよかったですよ?」
ツユキちゃんが食べ物を飲み込んで、そう笑うけど恥ずかしいものは恥ずかしい。
「恥ずかしいから止めて……」
「凄くかっこよかったよ」
頬が熱くなるのを顔を逸らして隠しているとメア博士もそんなことを言ってくる。
おかしい今日は@ONEお疲れ様会のはずで、私を虐める会ではなかったはずだ。
「照れてる雀ちゃん
手を合わせて拝んでいる
そして意趣返しのように、軽く笑みを浮かべながらとある話題を振った。
「私もメア博士が勝ったときのまほろちゃんの切り抜きみたよ」
「うぇっ!?」
変な声で、固まるまほろちゃん。
メア博士も苦笑いを浮かべている。
最後の1v1v1の場面、先に落ちたまほろちゃんが涙声で最後まで報告して、メア博士が勝った瞬間に号泣しながら叫んでいる様子が切りぬかれていた。
「あ、私も見ました。感動的でしたが、その」
「申し訳ないけどちょっと面白かった」
途中までは私も目頭が熱くなるのを感じていた。
だけど、泣きすぎてほとんど言語として成立してない謎の言葉で喋り続けるまほろちゃんに、配信アーカイブのコメントは『草』や『w』といったコメントが増えていった。メア博士も、途中から爆笑しながら『落ち着いてくれ』といっていたぐらいだ。
「忘れてよ~~~!でもあの時は僕が最初に落ちちゃって、メア博士を信じてたけど負けるかもしれないって思って、でも報告はしなくちゃって頑張って、そして最後にメア博士が決めてくれて、その瞬間、全部決壊しちゃったんだよね」
「私としては負けた瞬間、メア博士にショットガンなんて教えるんんじゃなかったって後悔した」
「雀ちゃんに教えてもらったショットガン、手に馴染んだよ」
「うぐぐ」
「そういえばメア博士はなんで@ONEの前に雀ちゃんと一緒にずっとコラボしてたの?」
まほろちゃんの疑問に空気が凍る。
マジかとは思うけど、あんまり驚かない。まほろちゃんが鈍感系主人公してるのは今更なので。
言っていいの?、とメア博士に視線を向けると、少し恥ずかしそうに頷く。
「まほろちゃんのため。勝つためにコーチングを頼まれた」
「そうなの?」
「うん。そうだよ」
「えへへ、僕のためか、なんだか照れちゃうね。でもそれなら僕に頼んでも良かったんだよ?」
まほろちゃんの言葉に、みんな若干曖昧な表情になる。
これはまほろちゃんを知っている人には共通認識としてあるが、正直なところ、まほろちゃんは教えるのがあんまり上手くない。
下手ではないと思うし、同じようなタイプには伝わる。
私は過去の配信を思い出していた。
リスナーコーチング企画!として送られてきたプレイ動画へ『ここはぐわーっと行って右の影に入るのがいいかも!』とか『ここは落ち着いてきゅっとなってから回復を巻いたほうがいいよ!』とか、微妙に分かりづらい。
というのもまほろちゃんは根っからの感覚派で、言葉に擬音が多くなる節がある。
同じ感覚派なら良かったが、理論派のメア博士を教えようとするとかみ合わずにごちゃごちゃになってしまう可能性があった。
だから、メア博士は私を頼ってきた。
「まほろちゃんは、感覚派なところがあるから教えるのは……」
「おっと雀ちゃん、それはどういうことかなー?」
「こればかりは雀ちゃんに同意するよ」
「メア博士まで……ツ、ツユキちゃんはそう思わないよね」
ツユキちゃんは咀嚼を止めて、ちらっとまほろちゃんを見るとにこりと笑ってまた肉を食みだした。
残念ながら3v1だ。これはまほろちゃんも返すことは難しい。
「う~~~!」
唸りながら机に突っ伏したまほろちゃんが、ばっと起き上がって、タブレットを手に取る。
「こうなりゃやけだ~!高いお肉いっぱい頼むぞ~!」
そう言い、全部自分で決めて頼むのかと思いきや、注文したい肉を見せてきて、どう?と確認を取る姿に私たち3人は笑ってしまった。
◆◆◆
「やー!食べた食べた~!」
人も疎らになってきた駅の前でまほろちゃんが楽しそうに声を上げる。
お別れの時間だ。
「私も美味しかったし楽しかった」
「はい!私も楽しかったです!」
「うん、こうしてVの人と会う機会なんてなかったから楽しかったよ。雀ちゃん、まほろちゃん、ツユキちゃん、またね」
「うん、また」
次はきっとVとして、一緒に。
メア博士とツユキちゃんはタクシーだ。
私とまほろちゃんは電車で、2人とは最初にお別れになる。
家が意外と近いのもあり、2人でタクシーに乗り込む姿を見送って、私たちは駅へ向かう。
「楽しかったね。雀ちゃん」
「うん、楽しかった」
まほろちゃんは嬉しそうにはにかみながら、「……楽しかった」ともう一度呟いた。
2人で電車に乗り込み、雑談をしていると別れの時間がやってくる。
電車を降りるまほろちゃんは、「うわあああ、別れたくないよおおおお!」と人の目もあるから控えめに言っている。
でも電車は待ってくれないから電車から出るまほろちゃんを前に、小さく息を吐きだした。
そして伝えるのは、私が言えてなかった言葉だ。
「次は負けないから」
私の控えめな声で呟かれた言葉を受けたまほろちゃんは大きな声で「望むところだよ!」と満面の笑みを浮かべた。
電車の扉が閉まり、残されたのは私と、向けられるいくつもの視線。
顔が熱くなるのを感じながら私はそそくさと号車を移った。
マジで負けない……!
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