第58話 発表と余波

VG@プラス主催のVTuber大会『@ONE』の開催が発表された。

出場するVが公開されて、ツイートンは@ONEの話題で盛り上がっている。


『三石まほろはメア博士と一緒に出るよ!』


『@mahoro_mitsuishi_0 今回も優勝を逃すのか……』

『@mahorochan_sukisuki メア博士めちゃくちゃ上手くなってる定期』

『@kouho_kanojo_dura ま?』

『@mahorochan_sukisuki つよつよ雀に鍛えられてた』


リプライを見る感じは、ムキムキになったメア博士を知らない人が結構いるっぽい。


メア博士と特訓を初めて1週間が経った。

まだまだ中遠距離の武器は扱いが不得意ではあるけど他の初心者枠よりかは確実に上手くなっているはずだ。

そしてショットガン。私はムチよりアメ派だからショットガンをサブウェポンに持ってもらって自由にさせていたらもう戻れなくなってしまった。

彼女はショットガンのスキンを手に入れるために課金し、ショットガンキル数によって貰える称号をも手に入れた。


もう立派な中毒者ジャンキーだ。


今日は顔合わせ。

もうメア博士との練習は終わりだ。

最後に『ありがとうございました』と送られたメッセージの後ろには『必ず優勝します』付け加えられていた。


やれるもんならやってみろチュンだ。


私も配信を開始する準備をする。

私のパートナーは露木静ちゃん。ファントム・マインドがきっかけで知り合い、仲良くなった。


もちろんツユキちゃんはPadじゃない。

Padでもキュロスはできるけどそれだとツユキちゃんは上手すぎてしまう。

つまり慣れないマウスとキーボードでプレイしないといけないってことで、それはなかなかに慣れが必要だ。

だからツユキちゃんは最近必死にキーマウキーボードマウスで練習している。


……正直メア博士につきっきりで、ツユキちゃんと一緒に全然できてないのは本当に申し訳なく感じてて、配信前に通話を掛けようとする手が止まる。


意を決して通話を掛けると、ツユキちゃんはすぐに出た。


「お久しぶりです。雀さん」

「久しぶりチュン!」


「あんまり最近構ってくれなかったので悲しかったです」


ツユキちゃんがそう言って笑う。

最初はオドオドしがちだったツユキちゃんもそこそこの付き合いとVTuberとして慣れてきてなかなか言うようになった。

あとその気遣いが心に沁みる……


「それはマジで申し訳ないチュン……。今日からスクリムと本番合わせて1週間もないチュンけど優勝する気しかないチュンから一緒に頑張るチュン」


手を抜くつもりはない。勝負の世界だ。

というか私ごときが手を抜いただけでまほろちゃんたちが楽々優勝できるような大会でもない。


だから全力で向かって、叩き潰すそれだけ。


「勝ちましょう。勝って二次会はファントム・マインドをナイフ縛りでプレイして一緒に苦しみましょう」

「それはマジで勘弁してほしいチュン」


正気の沙汰じゃない挑戦の提案を即答で否定する。

ツユキちゃんは残念そうな声をもらした。


「というかツユキちゃん、まだDLC含めてのクリアはまだチュンよね?」

「あはははは、アレは無理です。今度、手伝ってください」

「ソロでなんとか一応全クリはちゃんとしてたチュンからできると思うチュンけどね……誘ってくれたら手伝うチュン」

「言質はとりましたからね。ふふふ」

「なんか早まった気がするチュン……」


怪しげに笑うツユキちゃんに苦笑いを浮かべながら私たちも配信の準備を始めた。


◆◆◆


「こんにちは。いつも通りの露木静です」


『いつも通りの露木ちゃんだ!』

『いつも通り可愛い!』

『いつもと違う人がいる!』


相変わらずリスナーが洗練されて託児所みたいな雰囲気の癒し系のコメ欄だ。


「みんなこん雀〜!下切雀だチュン。今日は顔合わせ配信チュン。みんなは@ONEの情報見てくれたチュンか〜?」


『こん雀〜』

『メア博士と組むのかと思ったからちょっとびっくりした』

『こん雀〜』

『久々の師弟コンビだ〜!』


「今日は顔合わせでのんびりデュオキュロスをやっていくチュンよ〜」

「今日は雀さんといちゃいちゃしにきました」


『いえーい、飼い主さん、雫ちゃん見てるー?』


「飼い主さんは仕事中、雫ちゃんは解説中チュンね」

「雀さんコラボ中に別の女の話するのはやめてください」

「ツユキちゃんが知らない間にヤンデレになってるチュン!?リスナーさんたち説明を求むチュン!」


『ずっとソロ配信だったから人肌が恋しいのよ』

『ソロ配信しすぎてコラボ相手を問答無用で好きになるデバフついてる感じ』


「草チュン」


ん?ということは今日はツユキちゃんと好きなだけいちゃいちゃできるということだ。

ツユキちゃんといちゃいちゃするのはいつもツユキちゃんのママであるイラストレーターの『カラカサ』ママの役目を奪えるということだ。


「ふふふ、今日はカラカサママに代わってチュンがツユキちゃんといちゃいちゃするチュン」


カラカサ:許さんぞ……ゆーるーさんぞー!


「げっ、見つかったチュン」

「1番はママですから安心してください」


カラカサ:……うぐぐ、今日はこれぐらいにしといてやる


やってきたママが退散していったのをゲラゲラと笑いながら見届けて、キュロスを起動する。

いつの間にかたくさんレベルが上がってるツユキちゃんに非常に申し訳ない気持ちを覚えながら、パーティ申請を送った。


◆◆◆


「お疲れ様でした。スクリム頑張りましょう」

「うん!頑張るチュン!今日は楽しかったチュン!おやすみチュン!」


2時間ほどの配信も終わって、ツユキちゃんとの通話を切る。


久々のツユキちゃんとのゲームたのしかった……


伸びをして椅子の背もたれに体重を預けながら、Metubeのおすすめに表示されるまほろちゃんとメア博士の顔合わせを見たい欲を抑える。

別に顔合わせもスクリムも見てはいけないなんてルールはないけど、それはきっとフェアプレイ精神においてあんまりよくはないことだ。

だから数日はVTuberファンの私を鎖で縛っておく。ギチギチに縛って、ツイートンのタイムラインを眺めつつ、リビングへ向かう。


今日はお姉ちゃんはいない。

いるのは彼方と私だけで、リビングでは彼方が真面目な顔をして作業していた。

仕事のプレゼンらしいそれを頑張っている彼方の邪魔をしたくない気持ちとちょっぴり構ってほしい欲なんかが合わさって、ソファの上に腰掛けた。


キーボードの音を聞きながら、スマホを開いて買い溜めた電子書籍を読む。

昔は紙派だったけどもうすっかり慣れた電子書籍を、度々体勢を変えながら読んでいると、「よしっ」と彼方の声が聞こえて、ソファの上をうつ伏せに陣取っていた私のお尻に頭が乗せられた。


「お仕事終わり〜」

「おつかれ……あと重い」

「えぇ〜」


大学の課題を終えたときみたいに、若干ハイになってる彼方はニコニコ笑顔だ。

どこかツンとした美人なんて彼方をよく知らない人は言うけど、そんな人がこんな彼方を見たらどう思うだろう。


十中八九好きになってしまう……私が守護まもらねば……


体を起こすと、彼方が隣に座る。

彼方は楽しそうで、テレビで動画配信系のサブスクを開く。


「なんか映画観ない?

「別にいいけど、疲れてないの?」

「逆に解放されて今1番やる気あるぐらい」


ホラー映画は観てくれないだろうし、彼方が好きそうなSFチックな青春アニメ映画をチョイスする。映画化されてたのが少し前だったし、こっちに追加されたのも最近だろう。


「あっ、これもう配信されてたんだ。観たかったんだよね」

「そうなんだ」


平静を装い、心の中で小さくガッツポーズをする。彼方検定1級の意地だ。


彼方は冷蔵庫に小走りで向かい、4%の酎ハイを手に持って問いかけてくる。


「寧々も酎ハイとか飲む〜?」

「ホワイトサワーあったっけ?」

「えっとね、あるよ」

「じゃあ飲みたい」


ホワイトサワーとカシスオレンジ、あとお菓子を脇に挟んで持ってくる。


それらを机の上に置いて、ソファに座ると彼方分の体重が沈み、彼方のややあったかめの体が触れてくる。


私は彼方に軽く体重を掛けて寄りかかってみると、彼方は不満の声一つ漏らすことなく受け入れてくれた。


映画が始まる。

体重を預けたままで、時折彼方の私より少し大きな手に手を絡ませたりしながら映画を見る。


面白いと評判だった映画は、評判通り面白くて笑えるシーンもあれば一気に感動の波が押し寄せてくるようなそんな構成、最終的に主人公といえる立場の2人は幸せそうに笑い合って物語は終わる。

有名なバンドが奏でるEDを聴きながら隣を見ると、彼方は度々袖で目尻に溜まった涙を拭いながら画面から目を離すことなく見ている。


綺麗だと思う。

その横顔も、その涙も。


私は表情があんまり変わらない。

昔はもっと表情筋は元気だったと思うけど、今はすっかりやる気をなくしてしまっている。


高校生になるとそれが顕著になって、人形みたいだと揶揄されたこともある。

でもその度に彼方は怒ってくれて、私にために泣いてくれた。


その度に彼方が私のためにその表情を変えてくれるなら、別に直そうなんて思いもしなくて、その度に幸せを感じていた。

……いや、我ながらかなり歪んでいる。

K(かなり)Y(歪んでいる)JKだ。


捻れて歪んでいた過去の私に軽く引きつつも、感受性豊かな彼方のコロコロと変わる表情をいつも特等席で見られる特権に優越感を抱きながら、それだけじゃ足りなくなったずるい私は彼方の膝に頭を乗せてみる。


「今日の寧々は甘えん坊だね」

「甘やかして、そういう気分だから」

「はいはい」


彼方は呆れたように笑いながらもその手で優しく頭を撫でてくれる。

私は目を細めながらその心地良さと駆け抜けるような幸福感に身を任せて、ゆっくりと目を瞑ったのだった。


_________________________________________

かなねねであり、ねねかなでもある。

次回は長くなりそうなので1万文字を超えそうなら2話に分けます。

更新速度はもう少し早めます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る