第57話 頭の良い脳筋

「雀くん、こことここにスモーク投げてくれない?」


「了解チュン」


投擲モーションに入り、感覚で角度を調整してスモークグレネードを投げる。


なだらかな丘陵地帯、残りは2部隊。

相手は私たちより上を取っており、私とメア博士は下にいる。

角度的にも打ち下ろされる不利な位置だ。私たちは匍匐前進をしながら、木々や草むらを経由してなんとか身を潜めていた。


ゲーム内は既に第5ウェーブ、最終的には迫ってくる電子パルスが完全にエリアを閉じてしまう最終ウェーブだ。


私が投擲した2つのスモークは、弧を描き、ちょうど丘の頂上、敵の部隊が身を隠している場所と、もう一つは私たちと敵部隊のちょうど真ん中に落ちた。


落ちると同時に、ぷしゅーっとスモークが展開していく。

結構な広範囲を覆えるスモークで、何も見えないスモーク中に、入っていくのはメア博士だ。


スモークを遮蔽に、足音を消してメア博士が丘陵の頂上の、すぐ手前まで行き、身を伏せている。


スモークが晴れきると私はグレネードを構え、丘陵の奥、敵がいるはずの場所に投げ込んだ。


避けるために出した足音が聞こえると同時に、フラッシュバンも投げ込む。

それと同時にメア博士は、直ぐにショットガンを持って突っ込んでいく。


バン、バンと重い銃声と共に私も駆け出す。

メア博士の特攻にすっかり視線を奪われた敵たちの横から、射線を通してアサルトライフルで敵を撃つ。


ショットガンでかなりのダメージを貰っていた敵のHPは直ぐに全損し、Victoryの文字が大きく表示された。


「やった!やったよ雀くん!」

「……チュンはとんでもないモンスターを生み出してしまったかもしれないチュン」


『草』

『ショットガンだけマジで上手くなってる』

『ショットガンを通すためだけの立ち回りしてて草なんだな』

『なんでショットガンで勝てるの……』

『雀ちゃんのカバーが上手いのはある』

『上手くなってて嬉しいような残念なような・・・』


M116、キュロスでは一番メジャーなポンプアクションのショットガン。

メア博士はそんなM116に大ハマりしてしまったらしい。


初めてのコラボ配信から3日。

まさに飛ぶすずめを落とす勢いでショットガンを手に戦場を走り回っているメア博士。

それでキル出来ているし勝てるようになった、それにメア博士が楽しそうだ。


赤ちゃん初心者の時から癖つよ武器を持ってたらずっと癖つよ武器でしか満足できなくなるってゲーマーの中でまことしやかに囁かれていた噂は真実だったらしい。


「ショットガンも良いチュンけど、ライフルの練習もするチュンよ」


「……ああ」


若干の間と、そしてノリ気じゃない返事。

まほろちゃん……私はとんでもない怪物を生み出してしまったかもしれない。

あらかじめ心の中で謝っておこう……


でも、でもでも!

実際、中遠距離武器は使えて損はない。損はないというか、普通の人はそれが使えないとまともにゲームを遊べないと思うんだけど……


「いや、私も分かっているんだ。この116イーロちゃんだけじゃダメだと」

「なんか名前つけてるチュン」

「だけどこの武器が気持ち良すぎて……!」


メア博士の言い回しがややセンシティブだ。

メア博士のやや低めの声が勝利の高揚感からか、少しトーンが高い。


「えっちだ……」


コメント欄を代弁するように思わず言葉が口から漏れた。


『草』

『本音漏れてますよwww』

『エロ雀』

『飼い主さんに怒られてくれw』


「雀くん……」

「つい本音が出ちゃったチュン。まことに申し訳ない」


メア博士の冷ややかな声に、誠心誠意謝る素振りはする。

えっちを検知してしまい、思わず声が出てしまった。


「まあむっつり雀くんの言葉も正しくて、凄い勢いで跳ね上がるわがままな銃にも触れないといけないよね……」

「そんなわがままを制御するのが器量チュン。でも正直な話、メア博士は成長してるチュン。特に対人戦において怖がらずにいけるようになったのが大きいチュン」


前のメア博士はパニックとは言わないが、慌ててエイムが定まらない、最初に引くことばかりを考えてしまうみたいなところはあった。

でもショットガンというお守りを手に入れたメア博士は一撃の気持ちよさに取りつかされて敵に近づくのを怖がらなくなっている。


「これは進歩チュン。その冷静さが得られただけですっごい成長チュン。あとはメイン武器になるライフルなんかの銃を落ち着いて扱えるようになるだけチュン」


このゲームはリアル志向で、反動とかも異常なほど高い。

だから基本は単発で撃つ。ばばばとばら撒いても最終的に空を見上げてしまうのがおちだ。


単発で撃つとなれば冷静さがいる。

外さない冷静さ、と落ち着いて指切りをする冷静さだ。

その冷静さをメア博士は手に入れるところまできている。


「ショットガンを持たないでなんて言わないチュン。お守りとして背中を預ければいいと思うチュン。だけどメインはアサルトにして落ち着いて敵を倒す練習をするチュン。それができればメア博士はもっともーっとつよつよ博士になれるチュン」


「あ、ああ。頑張る。頑張るよ雀くん」


「その意気チュン」


メア博士はきっとアサルトライフルという武器に苦手意識がある。

切り抜きで見る限りだと、アサルトライフルの反動を特に苦手にしているようだ。

単発でも結構な跳ね上がり方をするから、苦手なのは分かる。

私だって、エスケみたいなゲームでこの手の銃しかなかったらキーボードを叩き割って若干の後悔と共に彼方に同衾を頼んでいた。


「時間は良い感じチュンけどもう1戦行くチュン?」

時刻は3時に近づいている良い時間だ。

私は全然大丈夫だ。勝利という目標はメア博士の頑張りによって達成されている。


メア博士は「ん~」と悩ましそうに唸って、「今日はやめとこうかな」と言った。


「了解チュン」

「ちょっと雀くんに言われたこととか整理しつつ、自主練してみるかも」

「それなら良ければ配信つけといてほしいチュン。チュンはまだ寝ない昼夜逆転雀チュンから配信みながら何かあったら言うチュン」

「わかった!ありがとう雀くん!」


『おつかれ~~~!』

『若干の寂しさもあるけどメア博士めちゃくちゃ上手くなってる!』

『成長速度凄すぎる・・・』


「じゃあチュンは落ちるチュン!みんなおつずめチュン~~~!」


『おつずめ~!』

『おつずめ!』

『おつです~~~~!』


私視点では配信してないからそのまま通話を切る。

メア博士の配信を付けると、練習場でアサルトライフルで的を狙うメア博士の姿が映った。


ツイートンで軽くエゴサをしてみるが、まあやはりというべきかなんというか、メア博士が上手くなるということに否定的な意見も少なからずある。


それは下手なのがエンタメとなっていたからだ。

ゲーム下手が大事故を起こすのは面白い。それは認めるし否定する気もない。そういうのもエンタメだ。


やや厄介なDMもくるが、別に心は動かない。

私はVTuberとしての武器を一つ手放してまで上手くなりたいと願った彼女を全力でサポートするだけだ。


だけどちょっと悲しいからワイヤレスイヤホンをして、スマホでメア博士の配信を流しながらそそくさと彼方の部屋へ向かう。


あと4時間と少ししか寝られない彼方を起こさないように扉を開けると、相変わらず常夜灯のついたぼんやりとオレンジ色の部屋と合成音声を使ったゲームの実況動画シリーズを流しながら寝ていた。

いつも動画を流して寝ている彼方だからこそ、寝入ってるときはチャンスだ。ちょっとやそっとの物音じゃ起きないし、隣に横になるぐらいは全然許容してくれる。


私は彼方のベッドに忍び込み、布団の中にこもった彼方の体温を感じながら配信を見る。


寝ている彼方は静かだ。

寝言は喋らないし寝息も耳を澄ませないと聞こえない。

一緒に寝ているとそんな彼方が不安になって、視線で肺が動いているかを確認してしまう。


もう何年も一緒にいるのに慣れないものだ。


ゆっくりと動く胸に横目に、私はメア博士の配信を見る。


この間にも最近少しずつ消費していたメンタルゲージが回復していくのを感じて、思わず笑みを浮かべた。



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