第56話 メア博士と運命の出会い

「やあ、キミたち。今宵も私のラボへようこそ。今日も楽しんでいってくれ。今日は告知した通り、特別ゲストを呼んでいるんだ。自己紹介をお願いしてもいいかな?」


これが私が慣れ親しんだメア・フランケンシュタイン博士だ。

お姉様と呼びたいし助手くんとか呼ばれたい!


「こんばんチュン!下切 雀チュン!今日はメア博士と一緒にキュロスをやって行くチュン!」


『贄』

『雀ちゃんVSポンコツと聞いて』

『……がんばっ!』


散々な言われように笑ってしまうが、正直な話、切り抜きでお腹が捩れるぐらい笑った私だから何も言えない。


「そういえば、キミたちに言わなければならないことが一つできたんだ。私はポンコツをやめようと思う。雀くんという強力な助手ができたから、もっと上のステージを目指すつもりだよ」


『無理』

『別に上手くならなくても面白いからいいのよ?』


「キミたち、少し辛辣すぎやしないかい?」

「そうチュンよ!メア博士は頑張ってるチュン!頑張ってああだったチュン!」

「雀くんもなかなかのブローだよそれは」


「だからこそチュンがきたチュン。今日からみっちり鍛えてメア博士を最強にしちゃうチュン!」


「雀くん……!」


「博士……!」


ガシッと熱い抱擁を交わすような気持ちで、キュロスのパーティ申請を送る。


メア博士が入ってきて、画面にはややリアルめの造形をした女性キャラが二人立っている。


メア博士の配信タイトルは『ポンコツ博士が雀師匠とキュロスやっていくぞ!』


限界がくるまで無限にキュロスをやり続けるという配信だ。


脅しているわけでも、怪しい契約書にサインさせたわけでもない。

彼女が上手くなりたいという意思に私は全力で答えるだけだ。


今回の企画を話した際に彼方からはジト目がとんできたがそれはたくさん謝っておいた。


「じゃあさっそくマッチするチュン」


私とメア博士はレート差があって所謂ランクマッチにはいけないから、カジュアルに潜ることになる。

カジュアルといっても内部レートと呼ばれるものがあってPTのなかで一番実力がある人に合わせてマッチングされる、つまり私の実力に比較的近い人が集められるようになっている。


「敵は内部レート的な問題でつよつよだけど頑張るチュン」


「今日は1キルはできるように頑張るよ!」


「今日は10キルはしてほしいチュンね」


「あはは、またまたぁ」


メア博士は冗談だと笑っているが、私は本気だ。

私は悪い笑みを浮かべてマッチングに入った。


◆◆◆


____もう、このゲーム辞めていいですか?


「駄目チュン」

「だよね~~~!私、頑張るよ~~~~!!!!」


『草』

『壊れちゃった……』

『今きました。一時間半経ってますけど何キルしましたか?』


「うがああああ!」


コメントがトドメとなり、メア博士の発狂がノイズキャンセラーに阻まれてフェイドアウトしていく。

キュロスを初めて、早1時間半。チュンたち、いや、メア博士は1キルもできずにデスを繰り返していた。


そしてわかったことがいくつかある。


「メア博士は思考しすぎチュンね」

「考えることをやめた人間は、葦ですらなくなるよ」

「そういうのいいチュン」


何事でも思考を絶やさないことは人間にとって大切なことだ。

だが、初心者にとって思考というのは障害になりえるのも確かだ。

メア博士は、常にタイミングを伺い続けていた。どのタイミングで出ればキルができそうか、とかこの場面は出てくるのをじっと待って攻撃するだとか。

それは大事なことだと思う。だけど、結局技能が一歩遅れて、やられてしまうという場面が多い。


「つまり、何も考えずに凸するチュン。人を近距離で撃てばどんなに上手い人でも死ぬチュンから」

「な、なるほど」

「暴力チュン!暴力は全てを解決する!銃を撃たずに銃でぶんなぐるチュン!」


装備する武器はショットガンとサブマシンガン。

キュロスというゲームにおいて、この手の射程が短い武器はそんなに強くない。

というのも、キュロスは広いマップとリアル志向が特徴的なバトロワゲームだ。

中遠距離の撃ち合いが多くなるし、わざわざ扉を開ける音を立ててまで家に入ってきて警戒されるなかで撃ち合おうという人間は少ない。

つまりショットガンやサブマシンガンの適正距離で戦うことは少ないのだ。

だが、勝ちではなく、キルするという目的だけならその2種類の武器は化ける。

ゲーム開始と同時に、街に降りてそれらの武器を持って近距離で戦えば、キルはできる。


このムーブでメア博士に、キルの感覚を覚えてもらいたい。

自信にも繋がるし、次のステップにも移れる。


「ということで、さっそく始めるチュンよ」


マッチを開始して、私たちは空へ旅立つ。

マッチ開始と同時に、プロペラ音と共に三人称視点でエアシップが広大なマップを飛ぶ姿が表示され、私はマップを開く。

そしてピンを差すのは、このマップで激戦区といわれる大きな街『ラナタタ』だ。

ここに降りたらだいたい死ぬ。戦闘が戦闘を生み、さらに別の場所から漁夫の利を狙って敵がやってくるホットスポットだ。


「ここに降りるチュン!」

「えっと、雀くん、私はここだけは降りてはいけないって話を聞いたんだが」

「ははは」

「いや、はははではなくてだね」


「れっつごーチュン」

メア博士の言葉を無視してエアシップから降りる。

パーティかつ私がリーダーだから強制的にメア博士も一緒だ。


どれぐらいの人がどのあたりに降りているのか周りを確認しつつ、マップを拡大して、街の中心から少し離れたそこそこ大きな戸建ての家にピンを差す。


「この家に降りるチュン。今回ばかりは一緒に降りるチュン」


こういったバトロワゲームは別々の家に降りて、物資を漁るのが定番だしそれが暗黙の了解になってるけど今回は別だ。


メア博士と一緒の家に降り立つ。


戸建ての家、もちろん物資はそこまで美味しくない。

でも、ハンドガンやショットガンなどの武器は十分揃う。

メア博士も、最初に比べたらずいぶんと漁るのが早くなった。

早く漁って早く移動してポジションを取るのが大事になるバトロワで漁るのが早いのは長所だ。


「ショットガンは持ったか!チュン!」

「持ったよ」

「なら壁際を歩いて射線を切りながら足音を殺して家を移動するチュン」


けたたましく鳴り響く銃声を目指すようにしゃがみ歩きで足音を消しながら家から家へ移動する。


「銃声ヤバすぎない!?」

「大丈夫チュン、やつらは撃ち合いで視野が狭くなってるチュン。足音を消してるチュンたちにはほぼ気づかないチュン」


つまり簡単に裏を取れる。


どうやら敵は家同士で撃ち合っているらしい。

双方とも窓から顔を覗かせて、ライフルを撃っている。


「このまま相手の裏を取って、メア博士は不意をついてショットガンを撃ちまくるチュン」


ショットガンの弾は距離が伸びてくると拡散しダメージが低くなる。

でもこういった室内の狭い場所ならその威力は絶大だ。


「カバーするから安心して突っ込んでほしいチュン」

「う、うん」


不用心に空きっぱなしの戸建ての家の扉から、ゆっくりと中に入る。

漁られていて何もない室内に入ると、銃声もまた大きくなって、二階から足音が鳴り響いている。


ゆっくりと足音を殺して中に入ると、目の前の敵に夢中な二人の敵が見えた。


「止まらなくていいチュン!走りながら敵に撃ち込むチュン!」

「わ、わかった!」


足音を消すしゃがみ歩きから走りに切り替えたメア博士は全速力で敵に向かっていった。

突然聞こえてきた足音に慌てながらも冷静に撃ち返してくる敵に、ほとんど目の前の近距離でショットガンを打ち込む。


ショットガンの近距離での瞬間火力はあらゆる武器に勝る。


メア博士がバン、ポンプアクションのショットガン一撃で敵を一人ダウンさせるのを見届けながら、私も冷静にハンドガンで敵の頭を撃ちぬいた。


「や、やった……やったー!キルできたよ!みんな!!!!」


『うおおおおおお!!!!!』

『ナイス!』

『おめでとおおおおおおお!!!!』


コメントの奔流と共に喜び合うメア博士。

普段のメア博士を知っているからこその喜びだ。


「おめでとうチュン!」

「ありがとう雀くん!」

「これであと9キルチュンね!」


私の言葉に、ぴしりとメア博士が固まる雰囲気を感じる。

ふふふ、これで良かったね終わり!にするつもりはない。


キルの感覚と、プレイヤーを倒すという対人戦の楽しみを体に沁みこませる。


「大丈夫チュン。メア博士なら直ぐに終わらせられるチュン!」

「うぅ……頑張るよ」


観念したように、でも決して悲観的ではない返事に、私も笑みを浮かべた。


◆◆◆


結果的に言うと私の判断は正解だったと言えるだろう。


ただ間違っていたことを一つだけあげると、彼女にショットガンという武器に出逢わせてしまったことだ。


そう決して強くはない。中遠距離では無力な武器だ。

だが、無理やりにでも近距離に持ち込んでしまえば最強になるし、ワンパンで敵を沈める快感は唯一無二だ。

そんな癖武器を持った彼女は武器を途中で持ち替える方向ではなくて、イカす方向へたどり着いてしまった。


やがて開催された大会でメア博士はまた一つ異名を手に入れることになる。


ショットガン中毒ジャンキーという異名を。

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