第55話 ポンコツ博士育成計画

『メア・フランケンシュタイン』


通称ポンコツ博士。

腰まで伸ばされた金髪に、赤い目をした少女で、目の下には隈があり、ところどころ跳ねた癖っ毛がチャームポイントだ。


一人称は私で、落ち着いた女性の声をしている。

肩には『Baeベイ』と名付けられた異形の人形が乗っており、楽しそうに足を揺らしていて、ちょっぴり不気味だ。


彼女は博士を名乗っている通り、非常に頭が良い。

その不遜な物言いと、パズルゲームなどの頭を使うゲームの腕前で一定数のファンを持っていた彼女だけど、ある日を境に爆発的に伸びることになる。


それはVTuber限定で行われた『キュロス祭り』での出来事。


キュロスとは、だんだん縮小していくエリアの中を生き残り、最後まで生きていたものが勝者となるバトルロワイヤルゲーム。

広大なエリアと、リアル志向で、足音を立てて移動してたら直ぐに狙撃されて死んだり、武器の反動が強かったりスコープをつけないと全然見えなかったりと、結構難しいゲームだ。


そもそもこの手のシューティングはやったことないと事前に説明していた彼女だったが、何でも器用にこなす彼女だ、大丈夫だろうとリスナーも安心してみていた。


だが結果は、その日のトレンドを一人占めするほどの惨事が起きてしまう。


そう、例えば逃げるために車に乗った瞬間、急に車がスタックして裏世界に旅立つとか、投げたグレネードが木に跳ね返って自分の足下に落ちるだとか、スモークを焚いて逃げようとしたら足下にグレネードを投げたりとか、優勝候補といわれているVが抑えている家の隣の部屋でトイレ休憩していて、戻ってきたら隣の足音にビックリしてグレネードを投げてそのまま二人仲良くデスしたりとか。


これを全てカメラで抜かれているもんだから、配信者としての才能がありすぎる。


そして彼女は(シューティングゲームのみ)ポンコツ博士として有名になっていった。


そんな彼女とのファーストコンタクトは、1週間ほど前、1通のDMでその内容は、私を強くしてほしいという内容のものだった。


「じゃあ、あくまでコーチング企画ってわけじゃなくて一緒にやって学びたいという感じチュンね」

「……はい」


メアさんが小さく、申し訳なさそうに呟く。


「そんなに気にしないでいいチュン。教えるのはチュンの勉強にもなるチュンから」

「すみません。雀さんの練習もあるのに」


VG@プラス主催のVTuber大会。

豪華賞品が用意された招待制のデュオ大会で、開催するという情報は近々発表される予定だ。

ゲームタイトルは『キュロス』

スクリムといわれる本番形式の練習が三日間に渡って開催され、本番では三試合行われて総合的なポイントが高いデュオが優勝になる。

他にもハプニングなどで笑いを搔っ攫ったVに贈られるハプニング賞や賞金首とも呼ばれているつよつよVを賞金首以外が討伐すると賞金が貰えるなんかもある。


失礼だけど、メアさんが出るとなればハプニング賞の期待が高まるだろう。

それはそれで、メリットだと思う。

もちろん、練習することは悪くないし強くなりたいという気持ちも分かる。

でも、メアさんが私に頼み込んで強くなりたいといったのは別の理由があるような気がするのは、きっと気のせいじゃないだろう。

そしてその理由もなんとなく想像できる。


「ちなみにメアさんはどの程度、強くなりたいみたいなイメージはあるチュンか?」

「あっ……えっと、組んでくれる人の足を引っ張らないぐらいに強くなりたいです」

「まほろちゃんチュンね」

「うぇっ……はい……」


今大会はデュオで、メアさんももちろんパートナーがいる。

強い人と強い人が組むことはないから強いまほろちゃんは、必然的にそんなに強くない人と組むことになる。

そして私も出場していたドラフトで、リーダー枠だったまほろちゃんが指名したのがメアちゃんだった。


「まほろちゃんは強いチュンから普通に上手い人でも言い方は悪いチュンけど足を引っ張る結果になる可能性が高いチュン」

「それは……分かってます……でも……でも、前回大会も惜しくて、それなのに私なんかと組んでしまって……だから甘えるわけにはいかないんです」


まほろちゃんは前回2位。

1ポイント差で負けている。

まほろちゃんは今まで何度もこういった大会に出てきた。でも今まで惜しいところまでは行くものの一度も優勝したことはない。

今回こそはと真剣に頑張ってきたまほろちゃんが、前回大会で僅差で敗北し、悔し涙を流すまほろちゃんを私も、そして彼女も知っている。


でも、これはリーダー枠の人間しか知らない話だが、メアちゃんは正直余っていた。

きっとメアさんは余り者を押し付けられたように考えているんだろう。

でも本当は違う。まほろちゃんはメアさんを選んだ。

実際、残っている人が少なかったのもあるがその中で、メアちゃんを選んだのだ。


「まほろちゃんは、何人かいる中から、メアさんを選んだチュンよ」

「……本当ですか?」

「嘘は嫌いチュン」


「……なおさら、負けられませんね」


小さく笑みを浮かべながら、メアさんにテキストデータを送信する。


タイトルは『メアさん育成計画』だ。


「これは……?」

「今のところ考えているメニューチュン」


最終的な目標は視聴者参加型カスタムでのソロ優勝だ。

だけどまずはFPSに慣れることが重要だと思う。

慣れるためには上手い人の動きだったり、あとはどの辺りに乗り物が湧きやすいとか、持つ弾薬の量とか強い武器とかそういった座学も必要になる。


そしてそういった情報を簡単に覚える方法がひとつだけ存在する。


それがやること。


ただただ楽しんでやり続けること。


「用意してたものは持ってきてるチュンか?」

「はい。エナドリとラムネですよね。予定も大会概要が発表されるまでの1週間空けときました」

「じゃあやることは決まっているチュンね!今日から1週間、ワクワクドキドキ生活習慣ぶっ壊しメアさん育成計画チュン!」


やり続ければ嫌でも覚えていく。

そこに経験者がいてくれたら更に何倍も成長速度が速くなる。


それがFPS含めたゲーム大半に言えることで、願わくばその過程で私が好きなものを好きになってくれたら嬉しい。


「頑張ります……!」

「メアさんが頑張る限り、チュンも一緒に頑張るチュン!」


_____チュンチュンチュンチュン


アラームに設定している雀の鳴き声がイヤホン越しに聞こえてくる。


時刻は20時45分。

それは私とメアさんのコラボ配信の開始15分前を示している。


「じゃあちょっと休憩して5分前に集合するチュン!」

「はい」


マイクをミュートにして、お手洗いを済ませて飲み物を取ってくる。

エナジードリンクとラムネを机に置いて、キュロスを開いて、訓練場でエイム練習をする。


これが私が弱ければ話にもならないから的を打ち続けてエイムを暖めておく。


私の配信タイトルは『メア博士とFPSするチュン!』


メアさんのタイトルは『ポンコツ博士が雀師匠とキュロスやっていくぞ!』


コラボなのもあって、待機しているリスナーさんも多い。

コメント欄は、やはりというべきか、メアさんの失敗を期待している人も少なからずいる。


それはしょうがないことだ。

だけど、この反応をメアさんの頑張りによってこれから変えていける。

そう思うと、負けず嫌いな私は口角が上がってしまう。


暫くしてメアさんが戻ってきて、21時になると「せーのっ」で息を合わせて配信を開始した。


_________________________________________

Baeのネーミングセンスは褒めてほしい。

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