第54話 VTuberコレクション(4)

鵺ちゃんの家で、優ちゃんが正座している。

優ちゃんが担当を外れ、手っ取り早く詰められてるのが、優ちゃんだった。


『で、説明してもらえるんだよね?』

『はい……』


なんて言っても、優ちゃんに説明できることなんてほとんどない。

経緯を説明した優ちゃんに、鵺ちゃんははぁ、とため息をついた。


『そんな分かりやすい横取りある?』

『……あはは』


責めるような声に、優ちゃんは愛想笑いを返すことしかできない。

やがて鵺ちゃんは大げさにため息をつくと、「で、優はどうしたいの」といつもの表情で問いかける。


表示される選択肢は一つ。


『夜凪さんを諦めたくない』


結婚だ。プロポーズの言葉だ。

心の中の百合のオタクがそう叫んでいる。


『そう。なら私も抗議する。もし、それでダメなら……』

鵺ちゃんの言葉がそこで止まる。


『やっぱなんでもない』


鵺ちゃんは思い詰めたような陰の差した表情で、小さく首を振った。


そこで会話はなくなり、この日はそれで解散となる。

泣き腫らした目を隠すように薄暗くなった部屋で、優ちゃんはどうしようもない不安が胸に宿っていた。


◆◆◆


「いや、不穏すぎないチュン?」


まずBGMが不穏すぎる。

高低混ざり合った不協和音が流れていたし、鵺ちゃんの表情も普段と変わらないようだが、少し怖く感じる。


『こわひ』

『鵺ちゃんみたいなタイプは考えすぎないで全部話した方が良い気がする。絶対拗れるので』


「分かるチュン。絶対考えすぎてめんどくさいことになった挙句、うだうだうだうだ悩んで自分の気持ちを隠して、辛くなってくタイプチュン」


『なんか実感こもってない?』

kinsかいぬしさん……』

『あなたの幼馴染の話ですか?』


「……飼い主さんとは全然関係ない人の話チュンよ?」


目を逸らしながら答える。

関係ないったら関係ないのである。


____そして結果としてその考えは間違っていなかったことを知る。


結局、鵺ちゃんの一存で、担当を変えることはできない。

社員が担当ではないライバーと頻繁に連絡を取ることは禁止されているため、結局二人も連絡がほとんど取れなくなり、鵺ちゃんはというと……


『あー、世界滅びないかな~~~~』


見事に腐っていた。


デバフイベントにより、ステータスの低下やお出掛けの選択不可。

ファンのために配信は行っているが同接も右肩下がりになっている。


「まあ、VTuberに関わらず配信者においてモチベーションはめちゃくちゃ大事チュンからそうなるのは分かるチュンね」


配信は楽しい。だけど、誰しも楽しんで続けられるとは限らない。

体調やメンタル、モチベーションはその楽しいを続けるにおいて非常に大切だ。


つまるところ、今の鵺ちゃんはVTuberを本気で楽しんで取り組むことができなくなっていた。


「メンタルはリジェネ自動回復ついてるチュンけど、回復量はほんのちょっとチュンからそれを一気に削られることが起こると人間は無理になっちゃうチュンね」


鵺ちゃんの場合はそれが優ちゃんの存在だったし、またRainbowという事務所への不満であった。


そしてその不満を自分だけに留めていられるほど彼女は大人でもなかったし、一種の意趣返しのようなものだった。

自分の信頼していた担当が外れたことを不満げに配信で言ったのが2週間ほど前。

それから明らかに元気のない彼女に対してファンが思うことは一つしかなかった。


「まあ、これは創作チュンからあんまりあれこれ言えないチュンけど伸びてきた新人をベテランの上司が引き継ぐのは一方的に間違いとも言えないチュン。それで良い方向に転ぶことだってあるチュンから。

ただ問題だったのは鵺ちゃんの気持ちを無視したことと、二人がラブだったことだけチュンね」


『まあそうね』

『百合のオタク出てる』

『上司も所属してるVTuberが新人の強火オタクとは思わなかっただろうな』


場面が変わり、会社の事務所の会議室で一人、不安そうな優ちゃんがいる。


コンコン、ノックがされる。

扉が開いて入ってきたのは、鵺ちゃんでぽかんと口を開ける優ちゃんに鵺ちゃんはニヒルに笑った。


『夜凪さん……?』

『優、迎えに来たよ』

『えっと……え?』

『あらためて直談判してきて担当を戻してもらったんだよ。若干のぼやにもなっているしね』


鵺ちゃんファンの中で、少しぼや騒ぎになっているのはSNSでVTuberを追っているなら耳には入ってくるだろう。


『そうなんだ……ずっと事務作業ばかりしてたから知らなかった』

『いいわよ。知らなくて。優には私のキラキラしたところだけ見てほしいしね』


そう言って鵺ちゃんは笑う。

そんな笑顔をぽかんと眺めていた優ちゃんも目尻に光るものを浮かべながら笑ったのだった。


「結婚じゃん!!!!!!!!!!!」


結婚じゃん(結婚じゃん)!


『声デカ』

『スズメ亜目ユリスズメ科』

『鼓膜ないなった』


いーや、もう結婚ですこれ。

相思相愛ってやつです。


鵺ちゃんのデバフ解除の表示を横目に気合を入れなおす。

二人の物語は終盤を迎えつつあった。


◆◆◆


佐野さの あおいの人生は順風満帆とは間違っても言えないものだ。


そんな諦めを含んだ言葉をもう紡ぐことはない。

自らを才能がないと卑下し、世界に呪詛を吐くのはもうやめた。


佐野さの あおいの人生は順風満帆とは間違っても言えないものだった・・・


『曲を作りたいの』

『曲?』

『そう。もう少しで登録者が100万人行くでしょ?だから』


___自分で曲を作りたい。


事務所に頼めば自分よりもっと優秀な人が、きっと素晴らしい曲を贈ってくれるだろう。

だけど、ここまで頑張ってきて自分に自信が持てた中で鵺ちゃんは自分の曲を応援してくれるファンやそして支えてくれた優ちゃんに贈りたいと考えていた。


『優は応援してくれる?』


優ちゃんの返答は決まっている。


『もちろん。夜凪さんの曲が聴けるの楽しみにしてるね』


活動を初めて約二年ほど。現在の夜凪ちゃんのステータスの状態はこうだ。


夜凪 鵺 Lv50


話術『150』

器用度『112』

歌唱力『300』

運『50』


好感度『100』


ここまで行くと歌配信だけで数万人の人を集められる。


鵺ちゃんの歌は多くの人を魅了し、VTuber事務所RainbowでのトップVTuberとなっていた。


そしてこのゲームの目標とも言えるのが登録者100万人の突破だ。


それを目前とした鵺ちゃんが曲を作りたいと言い、自らとちゃんと向き合えた鵺ちゃんの言葉に涙が出そうだ。


そして100万人の突破というのは思いのほか、直ぐにやってきた。


画面に映るのは、緊張した様子で配信予約を行う鵺ちゃんの姿。

タイトルは『100万人記念生放送~みんなありがとう!』


サムネは、鵺ちゃんのキャラクターデザインを担当したイラストレーターさんの描きおろしだ。

泣き笑いの満点の表情を浮かべた鵺ちゃんが描かれている。


まだ始まる20時までは時間がある。

鵺ちゃんは優ちゃんと通話を繋いでいた。


『緊張してる?』

揶揄うような言葉に、むっとした鵺ちゃんは『しょうがないでしょ』と言った。


『大丈夫。ずっと見てるからね・・・・・・・・・

『ふふっ、当たり前じゃん』


鵺ちゃんが笑う。


二人は軽く雑談をして、生放送までの短くて、でも遠くなるような長い時間を過ごしていた。


とうとう、あと5分まで迫る。


鵺ちゃんは気合を入れるように軽く頬を叩くと小さく笑った。


『さて、そろそろやりますか』

『ふふ、頑張って』

『優が応援したいって思ってくれた私の夢、ちゃんと叶えてくるね』


時刻は20時になり、生放送が始まる。

緊張した面持ちの鵺ちゃんが画面に映り、まずは100万人のお礼から始まって、次に今まで積み重ねてきた人脈によるたくさんのVTuberの凸。


そしてついにその時がやってきた。


『最後に、私が作った曲を聞いてほしいんだ』


生放送のコメントが加速していく。


『この曲は私のファンのみんなと、私を支えてくれた大切なマネージャーや他にも仲良くしてくれたたくさんのVTuberたちのことを考えて作った曲なんだ。何日も頭を悩ませて、ようやく完成した私の全てを詰め込んだ曲……聴いてください』


『My dear friend』


鵺ちゃんの声から、どこまでも優しい歌詞が紡がれる。

その内容は夢を諦められないで藻掻いた過去の彼女が、夢を掴むために歩んだ道を紡いだものだ。


悔しかった過去も、辛かった時も、そして未来が幸せだと言い切れる今を歌った曲は、彼女という人間の才能と努力が詰まっていて、泣きそうになってしまう。


やがて曲が終わり、画面いっぱいに映し出された鵺ちゃんの表情は涙を浮かべながら、満面の笑みを浮かべていた。


エンディングとスタッフロール、そして暗い画面に表示された『True End』の文字。


ゲーミングチェアに深く腰掛けて、余韻に浸る。


「……良きチュン」


『最高じゃん』

『ストーリーゲー、普段やらないからこういう配信でしか接種できないけどまじでよかったな』

『余韻雀』


「配信前の優ちゃんの『ずっと見てるからね』とか優ちゃんの最初の言葉『私が貴女の夢を応援したいって思ったから選んだ』ってところを踏襲してたのがまじでよかったチュン。チュン的にはこういった互いに信頼しきってるタイプの百合は大好物チュンから今にっこにこチュン」


『分かる』

『恋愛関係になるのももちろん最高なんだけど、こういう信頼関係が伝わってくるのも最高だよね』


「他のエンディングとかも見たいチュンけど、とりあえず今はこの余韻のまま終わっておくチュン」


『了解です』

『おつずめ~~~』


「次の配信はもしかしたらコラボかもしれないチュン」


『コラボ!?』

『雀ちゃん、知名度のわりにあんまりコラボ少ないから楽しみ』

『ちなみに誰?』


「ふふふ、それは座して待て!チュン。じゃあみんなおつずめ~~~~チュン」


『おつずめ~』

『おつずめ!』

『おつずめ~~~!』


配信を閉じる。

ふぅ、と息をつき、ツイートンで『ゆうぬえ pic』で検索を掛ける。

流れてくる大量のイラストにニコニコ顔でハートをつけていると、ディスコの通知がくる。


それはテキストチャットで差出人はコラボするかもしれない相手で、その内容を見て、笑みが零れた。


______________________________________

更新遅れました。生きてます。

Vコレ回、ちょっと急ぎ足になったかも。

次回はコラボ回。新キャラでます。


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