第53話 VTuberコレクション(3)
___この世界は酷く残酷で、救いようのないものだと思っていた。
事実、今までの私の人生はそうだったし、それは正しかったのだろう。
だが間違ってもいた。
ReinbowというVTuber事務所に入った。
受かるなんて最初はほとんど思っていなかった。
狭き門だと思っていたし、実際数百人の中から選ばれたのはたった七人だけだったらしい。
でもこの世界に対して募った不信感はそう簡単には消えてくれなくて、不安を抱えたまま、事務所に足を踏み入れる。
そこにあいつがいた。
新人プロデューサー兼マネージャーと名乗った女は、私よりも頭一つ小さな体で、私とは違って、太陽みたいに笑う女だった。
恥ずかしげもなく、私を選んだと笑った顔が未だに頭を離れない。
ただ分かっていることは、その日からこの救いようのない世界は私に少し優しくなったということだけだ。
◆◆◆
『
ダウナー気味で、それでいて心地良い声が優ちゃんの名前を呼ぶ。
あなたやマネージャーといった呼び方は過去のものとなり、
現時点でのステータスはこうだ。
夜凪 鵺 Lv10
話術『42』
器用度『19』
歌唱力『60』
運『20』
好感度『75』
お分かりいただけただろうか。
好感度が70を超えている。
これはお出掛けとか鵺ちゃんの好感度が上がるような選択肢を選び続けた結果だ。
好感度が70を超えて、二人の距離はすごく縮まってて、鵺ちゃんは優ちゃんを呼び捨てにできるような仲になった、その事実で、オタクはにっこり笑顔だ。
『どうしました?夜凪さん』
『歌ってみたの件なんだけど』
歌ってみた。
レベルの上昇とリスナーの増加によって得られた資金で作成できるようになった項目だ。
歌唱力の高さと直径して視聴数が増えてるが高クオリティで出そうと思えばお金が結構掛かるという割とピーキーな手段だったりする。
今回はほとんどの作業をプロに外注して、鵺ちゃんには歌に集中してもらった。
そして今日はその公開日である。
「歌ってみた、めちゃくちゃお金かかったけど実際作ろうと思ったらこれぐらいかかるチュンか?」
全部最上クオリティにしようと思えば100万ほど掛かるが、流石にそこまで出せないからそこそこにして20万程度で歌ってみたを作った。
『ピンキリっぽいけどだいたいこれぐらいは掛かるっぽい』
『まあ、依頼する相手によるけどクオリティを高くしようとすれば10万以上は当たり前かもしれないね』
『餌としては雀ちゃんの歌ってみたが聴きたいです』
歌ってみた……歌か……
若干、渋い顔になる。
歌が苦手というわけではない。
ただそれをコンテンツに出来るか、って言われると少し難しい。
ちょっとだけトラウマがあるのと、あとそこまで上手くないし、ちょっと恥ずかしい……
「は、恥ずかしいから今のところは考えてないチュン」
カラオケでさえ恥ずかしくなってしまう私だ。
何百、何千といったリスナーさんに聞かれてしまうのは流石に耐えられないかもしれない。
『そこをなんとか』
『雀ちゃんのお歌聴きたい』
「うぐぐ……考えておくチュン」
雀の餌のみんながどうしても、と食い下がるもんだからとりあえず先延ばしにする。
たぶん、やらないかもだけど。
若干の後ろめたさから逸らしていた視線をゲームに戻す。
『みんな、聴いてくれるかな……?』
鵺ちゃんのその発言は、きっと歌ってみたのことを差している。
鵺ちゃんの歌唱力は既にリスナーたちは知っているし、何をいまさらと思うが、そういうことではないんだろう。
彼女の過去、今まで認められなかったということが彼女に重くのしかかっているんだ。
……少しだけ、過去の私と重なった。
選択肢が現れる。
『もちろん』
『大丈夫。自分を信じて』
『私がついてるよ』
まあ見事に当たり障りのないものばかりだけど、この場での正解はよく分かる。
「まあ、正解はこれチュンね」
『私がついてるよ』
優ちゃんの中で、彼女の歌ってみたが伸びると分かりきっていて、それでも不安な彼女に対する言葉。
過去に、私が言われて嬉しかった言葉は、きっと彼女にも届くだろう。
『……ありがとう』
鵺ちゃんの小さな声が、耳に届き、時間がくる。
彼女にとって初めての歌ってみたが投稿され、早送りで時間が流れ、それと同時に再生数も伸びていく。
あっという間に10万再生の大台に乗った動画。
それを見届けて、ふぅ、と小さく息をついた。
これで伸びなかったらどうしようかと思った。
再生数10万、登録者も増えている。
これで
トゥルーエンド。
このゲームは、育成ゲームではあるが区切りとしての終わりがちゃんと存在している。
もちろん、エンド後も育成することができるしエンド後じゃないと見れない内容も豊富だ。
私が目指しているのはトゥルーエンドで、そこに行きつくためにはいくつか条件が存在している。
登録者の有無、再生数、好感度、そしてメインストーリーを全て見ることだ。
育成を進めていれば、必ず見るもので、鵺ちゃんのストーリーは独白のような沈んだモノローグとそれと対照的なVとしての活動を描いている。
なかなか順調なんじゃないだろうか。
すると鵺ちゃんから通話が掛かってきた。
恐らく10万再生されることがフラグとなったんだろう。
『10万行った!』
開口一番、嬉しそうな鵺ちゃんの声に笑みが零れる。
『おめでとう』
優ちゃんも声色から嬉しいのが察せられてとても良い。
『こんなに、聴いてくれるんだ……』
『これからまだまだ増えるよ』
『……うん。ちゃんとついてきてよ』
『振り落とされないように頑張るね』
『当たり前じゃない。優は私のマネージャーなんだから』
積み重ねられた信頼関係がなければ出てこない鵺ちゃんの言葉に、思わずオタクはにっこりになる。
だがこんな幸せがずっと続いてくれるほど、この世界は甘いわけではないようで、不協和音のようなBGMが流れ、画面が暗転する。
切り替わったのは、優ちゃんの視点だ。
場所は事務所で、上司と思われる人物のシルエットが現れる。
『……えっ』
会話もなく、呟かれたのは優ちゃんの低く淀んだ声。
『そういうことだから』と足音と共にシルエットが消える。
『どうしよう』
優ちゃんの呟きと共にシーンが暗転する。
映し出されたのは、そんな優ちゃんと対照的な鵺ちゃんの姿。
ヘッドホンをして椅子に座って、ご機嫌に鼻歌を奏でている。
そんな中、鵺ちゃんの携帯が鳴った。
通知を見るとそれは優ちゃんからのメールで、鵺ちゃんは鼻歌混じりにそのメールを開く。
そこには『ごめんね』とだけ書かれていて、鵺ちゃんの眉が顰められる。
同時にやってきたのは、Rainbowからのメール。
『担当者変更のお知らせ』
そう書かれたメールに目を通していく。
やがて口から紡がれたのは、怒りの混じった呟き。
『ふざけないで』
そのメールには、当プロデューサー兼マネージャーである優ちゃんが鵺ちゃんの担当から外れる趣旨が書かれていた。
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