終わりの一歩。始まりの一歩。
「こんばんわんおー!狗頭 沙雪だよ。みんな久しぶり~」
今日は沙雪ちゃんの卒業配信日。久々の配信だからか、緊張した様子でPCの前で正座して握りこぶしを作っている。
『わんこん!』
『わんこん~!』
『卒業しないで……』
『¥50000』
「……あはは。今日は卒業に至る経緯とあとこれからのことをかいつまんで話していくよ。まずは急な報告になってごめんね」
『突然発表出てびっくりした』
「だよね~……」
あ、沙雪ちゃんゲロ吐きそう。
右手でお腹を押さえてる沙雪ちゃん、だいぶ限界がきてるらしい。
まだ開始して二分ぐらいしか経ってないのに……
沙雪ちゃんが助けてって視線を向けてくる。いや、そこは頑張ろうよ。
……しょうがない。
配信にはまだ入れないから、近づいて手を握ってあげる。
手の汗ばみを感じながらちょっと嫌な気持ちになりつつ、沙雪ちゃんに寄り掛かった。
「まずは卒業のこと話すね。配信で私がバーチャル大学に通ってること伝えたと思うんだけど、どうしても両立が難しくなっちゃったんだ。雫にも相談して運営さんにもお話して、卒業することにしたんだ」
『正直辛いです』
「うん。ごめんね。くえすちょんもたくさん届いてて、今日の配信はそれを返して、最後に雫呼んで狗猫コラボで締めようと思ってるよ」
くえすちょんで届いた質問を眺めながら沙雪ちゃんの声に耳をすませる。
人を安心させる柔らかい声に癒される人はきっと私以外にもいたはずだ、そしてそんな彼彼女たちは今はリスナーとして居て、悲しみや必死に自分に言い聞かせるようなコメントを残している。
「まずはこれ。
『復帰する予定はありますか』
これが一番多かったかな。
これから言うことは本当に自分勝手で、きっと嫌な人もいるかもしれないけど、いつか、本当にいつか、いつになるのかなんて分からないけど雫たちが許してくれるなら戻ってくるつもりだよ」
『まじ!?』
『嬉しすぎて踊ってる』
『ずっと待ってます!』
目に見えてビックリマークが多くなるコメントと叫び声に、声を出さないように笑ってると隣で沙雪ちゃんの目が丸くなっていた。
やがてにへら、と崩れるように笑った沙雪ちゃん。
外でそんな顔すると全人類からBIG KISSがとんでくるかもしれないから、あとで注意しとかないと。
「みんなありがとう」
女神のような表情でそう呟いた沙雪ちゃんに、コメントが更に加速していく。
マスチャとメンバーシップ入りの嵐も嵐だ。
「えっと、私、卒業するんだけど……?」
『入りたかったので!』
『応援しています!学業頑張ってください!』
「えー、でもありがとう」
沙雪ちゃんがマスチャされるたびに、くれた人の名前を丁寧に呼んでいく。
「じゃあ次の質問いくね」
____っと、こんぐらいかな。
質問は全部で20通程度で、主に卒業に関することと沙雪ちゃんの使ってるシャンプーなどまったく関係ないのも何通かあった。
「とりあえず私だけでやることは終わり!ここから最後の狗猫コラボが始まるよ。雫呼ぶね」
とうとう私の出番がきた。
沙雪ちゃんの隣で声を出す。
「みんなおはにゃ~!Virtual Games@プラスの副部長!猫神雫にゃ~!みんな盛り上がってるかにゃ~!」
いつものオンラインじゃなくて、オフラインでの言葉にみんなびっくりしてるようで、ぴえぴえになっている。
『オフコラボ!?』
『え?‘‘いる‘‘よね?』
「いえーい!
「テンション高くない?」
「誇張無しで百億年ぶりのコラボにゃからテンションが上がるのも当然にゃ!」
「なにそれ」
クスクスと笑う沙雪ちゃん。最高にプレイスレス。
「ずっと隣で聴いてて声出したくてたまらなかったにゃ」
「緊張はほぐれたけどちょっと暑かったかも」
「にゃにを!沙雪ちゃんが緊張してる様子だったからにゃーが手を握っててあげたのに!」
『さっきまでの沙雪ちゃんは猫神様に手を握られてたってコト!?』
「なんなら今も握ってるにゃ」
「ちょ、雫」
『猫神様が軽率にてぇてぇするので私は死んでしまいました。あーあ』
『今日情緒やばいことになってる』
「にゃはは。今日は一応卒業前のオフコラボってことで、色々マル秘な情報を話ていければいいにゃって思うにゃ」
「雫のことだから言わなくてもいいことまで言いそう」
「例えば?」
「例えば!?えーっと、なんだろう?」
「沙雪ちゃんの家ににゃーの私物が増えていってるみたいなこととかにゃ?」
『!?!?!?!?!?!?』
『同棲ですか!?』
『結婚じゃん』
「ちが、違うから!雫が毎日のように家にくるからそれで勝手にそうなってるだけで」
「にゃーは押しかけ妻にゃ」
「雫!」
顔を真っ赤にした沙雪ちゃん。
それに対して、私も心の底から笑う。
いつもより踏み込んだ会話だけど、いつもみたいに会話できてる。
コメントは異常な盛り上がりを見せていて、面白い。
沙雪ちゃんは本当に照れているみたいで、あわあわしながら口を開いたり閉じたりしている。
『なんか二人が卒業しても変わらず、仲良さそうで安心しました』
「にゃーたちは長い付き合いの同期だからにゃ、卒業したとしてもずっと仲良しにゃ」
「まあ。そう、だね」
「なんか歯切れ悪くないかにゃ?もしかして、既に別の女が!?」
「いないから。雫が一番よく分かってるでしょ?」
確かに沙雪ちゃんに女の影はない。だけど、雫ちゃんは天然ジゴロみたいなところがあるから油断はできない。
「もっと最後のオフコラボに相応しい会話しようよ」
「えー、沙雪ちゃんがハンバーグプレートのスイートコーン残すって話するにゃ?」
「おかしくない?」
『草』
『狗猫コラボって感じしてすごく良い』
『スイートコーン残す分かる』
最後だから、とか卒業だから、とかよりたぶんリスナーさんが求めているのはいつもの二人で、脳の薄っぺらいところで考えて口と直結した言葉を吐き出す私とそれに対してツッコミを入れて面白くなるような返しをしてくれる沙雪ちゃん。
悲しいものなんか吹っ飛ばして、加速するコメントは私たちのコンビが最強だと認めてくれていた。
この配信の時間がどれぐらいだったかはあんまり覚えていない。
二時間はゆうに超えただろう。
終わりの時間がやってきた。私たちは最後の挨拶をする。
「みんなありがとう!またね!」
「狗猫の二人は永遠に不滅にゃ~!じゃあみんな最後の挨拶行くにゃよ!」
二人して両手を上げる。
「わんわんにゃ~!次の狗猫コラボで会おうにゃ!」
『わんわんにゃ~!』
『たのしかった!』
『今、終わるの嫌すぎてゲロほど泣いてる』
『わんわんにゃ~~~~~!!!!!』
『このストリームはオフラインになりました』
最後の配信が終わった。
隣で沙雪ちゃんが息を吐いて、ソファに背中を預ける。
「終わっちゃった……」
「……うん」
私の言葉に沙雪ちゃんが、唇を噛んで小さく頷いた。
「沙雪ちゃん」
「……なに?」
「たのしかったね」
確かに狗頭沙雪の物語はここで一時中断なのかもしれない。
でもさっきまでの人生のたったほんの少しの時間が、楽しかったのは確かで、沙雪ちゃんもそうだったはずだ。
その証左に、沙雪ちゃんの目から涙が溢れていた。
「たのしかった」
「うん」
ソファに座った彼女の涙を拭う先に私を選んでほしかったけど、今日は袖が選ばれたようで目元を擦りながら、「たのしかった」と繰り返す。
「まだまだ楽しいことはいくらでもあるよ。沙雪ちゃんは何も失ったわけじゃないから」
顔を上げた沙雪ちゃんの視線の先は私だ。
「猫神 雫が沙雪ちゃんの傍にずっといるから、まだまだ楽しいこと増やしていこう。そしていつか、また狗頭 沙雪として猫神 雫とコラボしてほしいな」
「……ふふ」
笑った……!
沙雪ちゃんは何がおかしいのか肩を震わせて笑っている。
「なんだか、プロポーズみたいだね」
「え!?」
自分が言ったことを思い出して、急に恥ずかしくなって顔が赤くなる。
「雫」
「な、なに?」
「ずっと一緒に居てね」
茶目っ気たくさんにそうウインクした沙雪ちゃんに、ドキドキしてなんだかすごく負けた気分になった。
「どうしたの雫?」
余裕ぶったお姉さんの笑みに、「うぅ~~~」と声にならない声がもれる。
「沙雪ちゃんの癖に生意気!」
ぷんすか怒る私に、笑う沙雪ちゃん。
誰かの物語が止まっても、私たちの物語は続いていく。
止まった物語が動き出すのは早ければ早いほどいいけど、今は少しだけこの時間を大切にしたいなんて……
わがままな私はそんなことを思った。
______________________________________
ここで二人のお話はいったん終了で、次回から雀たちの話に戻ります。
引き続き、拙作VTuberになった親友と一緒に頑張る話をよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます