ねこだったりいぬだったり
人には戦わなければならないときがある。
私にとって今がそうで、困った顔をして私を見る彼女たちに精一杯の抵抗をしていた。
「いーやーだー!」
『紗雪ちゃんの卒業が決まったから、部長の席に収まってほしい』
栗花落ちゃんと沙雪ちゃんから投げかけられた言葉に、全力拒否反応を示した私を困ったような、沙雪ちゃんに至ってはなんだか蔑んだような目で見ている。
ここは、沙雪ちゃんの家で、本来ならマネージャーはタレントとあまり過度なコミュニケーションを取ることを禁じられているが、沙雪ちゃんだけが手に負えないと栗花落ちゃんも呼ばれていた。
「そこをなんとかお願いできませんか?」
「雫、あんまりわがまま言わないで」
「いーーーーやーーーーだーーーー!部長になるんだったら、私も沙雪ちゃんと一緒に卒業するー!」
だってそうじゃないか。
部長になってしまったら、沙雪ちゃんの居場所がなくなってしまう。
これだけは譲れない。もう戻ってこないとか、そんな本人の意思なんて関係ない。
「なんで、そんなに部長になるのが嫌なの?」
「だって、だって……沙雪ちゃんは私の大切な同期だから」
要領の得ない私の返答に、栗花落ちゃんは首を傾げているが、沙雪ちゃんは分かったようで困った表情で頭を触っている。
これからVG@プラスはきっと長く続いていくだろう。
その中で、新規にファンになってくれた人たちはきっと部長の席が埋まっていることに疑問を抱かない。
疑問を抱かないってことは、知られない。
私の大切な同期のことを。確かに存在していた大好きな彼女のことを。
空席であれば、きっと大切な彼女を知ってもらえる。
それに、空席であればまた収めることだってできる。
私は諦めるつもりはない。沙雪ちゃんが戻ってくることだって。もし可能性が0に近くても。
だから
「私は副部長であり続けるから。これだけは譲れない」
「栗花落さん、これは結構固いかもしれないです」
「そうですか……雫さん本当にダメですか?私、怒られてしまうんですけど」
栗花落ちゃんがその可愛い顔でこてん、と首を傾げる。
並大抵の精神力じゃ耐えられないかもしれないが、なんとか持ちこたえた私はふいっ、と首を逸らした。
「わ、私も謝る……から」
VG@プラス部署のトップ、眼鏡をキリッとさせる妙齢の女性が言葉で詰めてくるのが容易に想像できるがこれだけは曲げられない。
「そう、ですか。……しょうがないですね。タレントに頭を下げさせるわけにはいかないので私から謝っておきます。もし、それでも済まなかった場合は、雫さんも一緒に頭を下げにいきましょう」
「……はい」
飲みにいくと上司の愚痴が100%出てくると噂の栗花落ちゃんはげっそりとした表情で手帳に何かを書き込んでいる。
バツの悪さから顔を逸らす。
「うぅ~」と唸っていた栗花落ちゃんはやがて観念したように手帳を閉じて、頬を軽く叩いた。
「こういうのは早めの方がいいので、会社に戻って伝えてきます!もし雫さんの手が必要なら直ぐにでもメール送りますね!」
一周まわってハイになったような、若干泣きそうな顔で元気よく部屋を出ていく栗花落ちゃん。
今度、ご飯でも奢ってあげよう……流石に申し訳ない。
そして残されたのは、私と沙雪ちゃんの二人。
物が増えた沙雪ちゃんの部屋は前と違って、殺風景じゃない。
主に私の私物が増えただけだけど……
お揃いで買ったグラスに黒い冷蔵庫から取り出したオレンジジュースを注いでいると、沙雪ちゃんが指をいじいじしながら俯いている姿が冷蔵庫に反射して見える。
「どうしたの?」
「あっ、いや、申し訳ないなって」
「そんなこと言ったら急に辞める方がきっと迷惑だと思うけど」
「ぴっ……ごめん」
「冗談だよ。ねえ」
オレンジジュースを机に置いて、ソファに座っている沙雪ちゃんの隣に行く。
座ってこちらを見る沙雪ちゃんに視線を合わせると、直ぐに顔が逸らされるが手という便利アイテムを使って、顔を向けると瞬く間に沙雪ちゃんの顔が赤くなった。
「一つだけお願いを聞いてほしいの」
「お、お願い?……て、てかちかっ」
沙雪ちゃんともっと真剣に向き合うようになって分かったことがある。
沙雪ちゃんは私の顔が弱点だ。
自他ともに認める美少女顔だと思う、仕方がないことだと思う。
「うん。お願い。私はVTuberを辞めない。辞めるつもりはない。でもこれから辛いことだってたくさんあると思う。病気だってするかもしれない。そんな時にまだ頑張れるって思いたいの」
「それは……どういう……」
「いつか戻ってきてほしい。沙雪ちゃんが戻ってくるなら居場所を守るために私はもっと、ずっと頑張れるから」
「それは……」
私はずるい人間だ。
だって私はNO以外の言葉を今、沙雪ちゃんに強制している。でもそれでも、今だけじゃなくて、今度も思い出して元気になれるような言葉が沙雪ちゃんの口から欲しかった。
「拒否権なんてないんでしょ?」
「よく分かってるね」
「分かるよ。何年一緒だと思ってるの」
沙雪ちゃんは諦めたように肩を落とすと、小さく笑った。
「分かった。いつになるかは分からないしもしかしたら無理かもしれない。でも胸を張っていつか雫の隣に戻ってこれるように努力してみる」
「ん~~~~!沙雪ちゃん!」
「ちょっ……!」
感極まって、抱き着いてみる。
すらっとしててお肉があんまりないからあんまり抱き心地は良くないけど、心臓の音が近くてとても安心できる体だ。
「雫!離れて!マズいから!」
「え~、何がマズいの~?」
拒否されたらもっとしたくなるのが私だ。
ちょっと体を沈めて、沙雪ちゃんに体重を預ける。
だけど、それは少しフィジカルの足りない沙雪ちゃんには酷だったかもしれない。
体勢を崩した沙雪ちゃんがソファに背中をつけるのと同時に私の体も倒れ、そのままじゃマズいと片手をついてみるが勢いのまま、沙雪ちゃんと一緒にソファに沈んだ。
胸に顔を預け、同じ柔軟剤の匂いを嗅いでいると頭が撫でられる。
「明後日」
沙雪ちゃんの言葉は、何を差すか直ぐに理解できた。
明後日、沙雪ちゃんの卒業配信がある。
それは一つの句切りで、ケジメで、彼女が全うしないといけないことだ。
「不安?」
「……うん」
「まあ、そうだよね」
最後だからとコラボを誘ってみたけど最後まで甘えられないと断られてしまった。
まあゴリ押して、卒業配信の途中で最後のコラボとして参加するようにはなっているけど、表向きの経緯の説明、勉学に関することを喋ったのち、くえすちょんを読んで返答したりするらしい。
配信から離れていた彼女が不安がるのは無理はない。
でも、配信をしてくれるのは嬉しいことだ。だって、その配信はきっと暖かい場所で、沙雪ちゃんを少しでも癒してくれると確信している。
「大丈夫だよ」
「分かってはいるけど」
「何かあったら私もいるから」
「そう、だよね。うん……あのさ」
「なに?」
胸から顔を離して、沙雪ちゃんを見ると恥ずかしそうに呟いた。
「もう少しだけ、こうさせて」
「もちろん」
私、いつからこんなパーソナルスペース広くなったんだろう。
沙雪ちゃんと一緒にいると知らなかった自分がたくさん見えてくる。
それは好きな自分だけじゃないし、嫌なものもたくさんだ。
だけど、それも嬉しく感じてしまうんだから不思議なもんだ。
「雫」
「なに?」
「ありがと」
呟かれた沙雪ちゃんの言葉が何を差すのか分からない。
でも無意識に「こちらこそ」と呟いていた。
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お久しぶりです。復活しました。
プロット練りなおしたり、忙殺されてたり、色々ありましたが全部終わったので今日から更新復活していきます。
次回、狗猫配信で二人のお話が終わって、寧々たちの話に戻ります。
配信回いっぱい書きます。
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