閑話 バレンタインにかこつけていちゃいちゃするやつ

巷では、はじけるキャンディみたいな口の中がぱちぱちするチョコレートが流行っているらしい。


今日は2月12日。

TLばかり眺めていてバズに聡い人間である私は、そんなチョコレートを買いに朝から店に並んでいた。


バレンタインの二日前で土曜日ということもあってか、たくさんの人が並んでいる。


寧々には休日出勤と無駄な嘘をついて、私の職場への憎しみをまた一つ増やしてしまった。


開店と同時に、ゆっくりと列が進み、目当てのチョコレートを見つける。

きっと初見ではこのパッケージを見てチョコとは思えないだろう。


手に取ったパッケージにはソーダの絵が描かれていて、隣にある別の味にはメロンソーダの絵が描かれている。

清涼感のあるイラストで、5個入りで値段もお手頃だ。


私は全種類を一つずつ買って、店を後にする。


その日は、近所のカフェで時間を潰して早めに帰り、寧々の嬉しそうな顔で罪悪感を知ることになった。


_____そして迎えたバレンタインデー当日。


私が定時でウキウキで帰ってくると、いつもと変わらない玄関に甘い匂いが充満していた。

いつも通り、長月さんの逆向きに脱がれた靴を元に戻してリビングに行く。


「あ、おかえり」

机の上にはラップが引かれていて、形成されたチョコが置いてある。


「これ、寧々が?」

「うん。作ってみた。もち、ツイートンにも加工してアップ済み」


雀のアカウントを見てみると、確かにたくさんのチョコの写真があげられているが、加工がモノクロで少し怖くなっている。


「ハッピーバレンタイン」

鳥の形に形成されたチョコを差し出してくる。


私はそれに屈んでかぶりついた。


「美味しい」

「溶かして型に流し込んだだけだけど」

「それでも私のために手間をかけてくれたって事実が嬉しい」


きっとそれがバレンタインの本質で、寧々もまんざらでもないのか、少し口もとを緩めている。


さて私も例のモノを出すか。


普段ほとんど開けない冷蔵庫の野菜室。

キャベツと白菜の下にそれはある。


「じゃじゃーん」

「なにそれ?」

「チョコ」


ソーダやメロンソーダ、コーラなどの色とりどりのパッケージに入ったチョコレート。


「これってソーダ味ってこと?」

「そう!話題になってたから買ってみたんだ」

「へー」


丁寧にパッケージを開けると中からキャンディのように小分けされたチョコが出てくる。

包み紙を破ると、中から台形の青いチョコが出てきて、琥珀色の粒のようなものが見える。


「なんか飴みたい」

「だね。食べてみて」

「チョコとソーダって合うの?」


若干訝しげな表情の寧々が、おそるおそるチョコを口に入れる。


____バチバチバチ


そして直ぐに、弾けるような音が聞こえてきて、「んん~!」と寧々が首を振った。

思った以上に音が大きくて、私もびっくりしてしまう。


「いたっ、いたいっ」

「え?そんなに?」


寧々が慌てた様子で、口の中のチョコをもぐもぐする。


「……あっ、美味しい」

「そうなんだ!」

寧々は少し驚いた様子で、口の中のチョコを味わっている。


「チョコの味はしなくて、ほんとうにソーダの味、とろけるソーダって感じで新触感かも」

「へー!」


私自身まだ食べていない。少し楽しみになりながら小分けされたチョコに手を伸ばそうとするとその手が遮られた。


「えっと、寧々……さん?」

「無罪じゃないよ?」


……どうやらちょっとした悪戯は許されなかったらしい。


寧々は私に「口開けて」と言うと、もう一つサイダー味をとって袋を開けた。


そしてそのままチョコを口の中に押し込まれる。


___バチバチバチバチ


「いひゃっ」


噛むと、大きな音がバチバチと口の中で響く、驚いたのもつかの間、バチバチとキャンディが口の粘膜を刺激してくる。


でも。

「美味しい」

「彼方、そのままキープ」

「ふぇ?」


もぐもぐしていると、寧々からそんなことを言われ、もうバチバチは言わないものの、ソーダの味が口の中にたまっていく。


寧々が私を見る目が怪しい。

何をされるか分かった私は、そのまま流れに身を任せようとするが、一つだけ重大な懸念点に気づいてしまう。


ごくり、口の中のものを全部嚥下する。


その様子を見て、寧々が不満げに声をあげようとするが、突如開かれた扉によって動きが止まった。


「おはよ」


___ダメ人間がそこにいた。


正確には寧々の姉で、女優とか小説家とかしている癖に午後6時前にぼさぼさ頭で起きてくるタイプのダメ人間だ。


「お姉ちゃん……」

「あっ、バレンタインか。食べていいの?」

「うん」


長月さんは寧々の鋭い視線に慣れているのか、鈍感なだけか、何も考えていない様子で寧々の作ったチョコを食べる。

「美味い」って呟いて、隣のソーダチョコに手をやる。


……ほんとうに危なかった。あれ以上前に進んでいると最悪なタイミングで長月さんと鉢合わせかねなかった。


玄関に長月さんの靴があるのを覚えてなければ即死だった。


「……長月さんってほんと長月さんですね」

「え?喧嘩?」

「お姉ちゃんってほんとお姉ちゃんだよね」

「寧々まで何?っていたっ!なにこれっ……あ、美味いかも」


長月さんは不思議そうにこちらを見ながら、キャンディチョコを口に放り込んで驚きながら直ぐに順応して、美味いともう一つ食べ始める。


そんな長月さんの様子に二人で顔を見合わせて、苦笑いを浮かべたのだった。


「あっ」


そんな声と共に寧々が握っていたチョコの袋が地面に落ちる。

腰をかがめて、それを取ると耳元で小さく声が聞こえた。


____続きは部屋でね。


チョコなんて比較にならないその甘い言葉に、急激に顔が熱くなるのを感じる。


「……あい」

蚊の鳴くような声しか出せなかった私に、寧々は笑って、長月さんがチョコを触った手を洗いもしないでリモコンを手に取ってテレビをつけたのだった。


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お久しぶりです。本編もう少しお待ちください。

前回書いたバレンタインから一年は経っていない設定ではあるのですが、どちらも閑話なので某探偵漫画時空としてお楽しみいただけたら嬉しいです。

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