問い

『突然ですが一身上の都合により、1ヶ月の間、活動を休止させていただくことになりました。また元気な姿を見せられるように頑張りますのでよろしくお願いします』


増えていく反応を見ながら、何もない部屋の隅っこで縮こまってる紗雪ちゃんに視線を向けた。


「いつまでそうしてるの?」

「だって~……」


栗花落ちゃんを通して沙雪ちゃんが一か月休止するということを運営さんに伝えたもらったら、快く頷いてもらったらしい。

前の事務所のおかしくなっていた時期なら確実に通らなかっただろう。


でも他者に迷惑を掛けているということが耐えられない沙雪ちゃんは今日も体育座りがデフォルトになっていた。


一か月の休止。この一か月で私は沙雪ちゃんにVTuberを続けたいと思わせられたら私の勝ちだ。そのはずだ。

だけど心の奥底には気持ちの悪いもやもやがずっととどまってる。

理由も分からず、胸に手を当てて首を傾げていると沙雪ちゃんのやる気のなさげな声が部屋に響いた。


「……張り切ってるところ悪いけどたぶん無理だよ」


死んだ目をした沙雪ちゃんの言葉に、百も承知だと返す。


「当分の私の目的は沙雪ちゃんのリフレッシュだからね。まずは沙雪ちゃんを元気にすることから始めるよ」

「元気って……」

「何でも言ってくれていいんだよ」


まかせて、と虚勢に胸を張った私に、紗雪ちゃんは少しきょとんとした後にくすくすと笑みをもらした。


やっぱり紗雪ちゃんは笑顔の方が良い。辛そうな表情なんて似合わない。

それが私がずっと見てきた沙雪ちゃんだ。


「なんかリクエストある?」

「雫には雫として喋ってほしいかも」

「雫としてって?」

「にゃ、ってつけてほしい」

「うぇっ!?」


紗雪ちゃんは悪戯っ子の笑みで私を試すような視線を向けてくる。


「うぅ〜、これで満足にゃ!?そんにゃこと言うんだったら紗雪ちゃんと一緒のときはずっとこれでいくにゃ!」

「うん。そっちの方が雫っぽくて好き」

「キレそうにゃ」


でも少しはいつもの沙雪ちゃんに戻ってきた気がする。私的には沙雪ちゃんは揶揄われてるときのほうが可愛いと思うけど、なんでか切り抜きは私が沙雪ちゃんに揶揄われているほうが再生数が多いし、ファンアートもそっちが多数派だ。


「もっとスマートに行くつもりが~」

「あはは。雫はスマートとかじゃなくて猪突猛進のほうが似合ってる気がするけど」

「どういう意味にゃ!」


_____お互いに軽口を叩き合うなんていつぶりだろう。

思えばこの前、心配して沙雪ちゃんの家に行ったのだって数か月ぶりだ。

少し前は一週間に一回、多ければ数回も沙雪ちゃんの家に入り浸っていた。


「にしてもなんか久々だね。この感じ」

「そうにゃね」

「出会って2か月ぐらいした後から常にうちにいたよね」

「沙雪ちゃん一人暮らしだし、気が弱そうだったから入り浸りしやすかったにゃ」

「家をたまり場にするギャルの思考じゃん」

「どういうことにゃ?」

「気にしないでいいです」


何やら漫画棚を横目に顔を逸らす沙雪ちゃん。


「……でもあの頃は良かったな」

「あの頃って……VGの頃にゃ?」

「うん」


Virtual Gamersの頃はまあ、確かにのんびりやれていた。

スポンサーもいなければそもそもの視聴者もいない。同接は10~20もあれば多い方で、それでもがむしゃらに私たちは頑張っていた。

30分程度の新人VTuberをまとめてくれる動画で気になってくれる人はいたけど配信のアーカイブにコメントが残るぐらいで同接も増えなくて、ほとんどの人が直ぐにでも消えるだろうな、って思っていたし言われてた。


「雫がバズった時から変わったよね」

「そうにゃね」


初めてのゲーム配信。

その時流行っていたバトロワの金字塔ともいえるゲームの配信が拡散されて、一気に平均同接は100以上にまで跳ね上がり、じわじわと人の目につくことが多くなってきたことを覚えているし、あの時は本当に嬉しかった。


「昔のほうが良かったにゃ?」

「……うん。最初は配信の仕方とか設定覚えるだけでも大変で、二人でネットの記事とか見てあーだこーだ言い合って、やっと設定出来たと思ったら音がズレてたりして、コラボだってリスナーさんに楽しんでもらえるように百合っぽい配信してみたりして」

「あー、あったにゃね」


百合営業をしてみたこともあった。

もうほとんどの人は知らないだろうけど、#狗猫らぶ、なんてタグで毎日イチャイチャしてる様子をツイートンにアップしていたこともあった。


「ずっと模索して結局ほとんど上手くいかなかったけど、それでいいなって思ってたんだ。伸びなくてもこのまま雫と楽しめたらいいなって」

「でも伸びなかったらそのままVTuber辞めることになってたかもしれないにゃよ?」

「うん。だからそこが私と雫の違うとこなんだ」

「どういうことにゃ?」


沙雪ちゃんが意を決したように私の隣に座る。

なんだか、その表情を見てはいけない気がして、私は俯きがちに沙雪ちゃんの言葉を待った。


「人によって色々なモチベーションがあると思うんだけど、私にとってそれは『楽しさ』だけなんだ。でもそんな楽しさをあまり余って帳消しにしちゃうのが今の環境と今の精神状況なの。こればかりは雫にはわからないでしょ?」


「……うん」


コメントや反応、視聴回数、高評価、切り抜き、ゲーム。

VTuberをしているなかで、私のモチベになっているものは多い。

それが一つだけ、というのはよく分からなくて、私は沙雪ちゃんの言葉を聞くことしかできない。


「私はさ、VTuberに向いてないんだよ。リスナーの声すら聞くことができないからね。それで開き直れたらよかったんだけど私の性格知ってるでしょ?責め続けて、結局こうなった。辞めるのが一番なの。私のためにも、箱のためにも」


「そんなこと」


ないとは言えなかった。その否定は沙雪ちゃん自身を否定してしまうことになる気がして。


「でも、雫は辞めさせたくないんでしょ?」

「うん、私は……沙雪ちゃんに辞めてほしくない」


小さな声で呟く。

そんな答えに沙雪ちゃんは「うん」と小さく呟いて、立ち上がった。


「でも、それってさ、私のため?それとも自分のため?」

「それってどういう……」

言葉に首を傾げるも、沙雪ちゃんは何も答えてはくれない。


「一回考えてみて。また、答えが出たら教えてほしいな」


沙雪ちゃんはそう言って、また小さく笑った。

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