二人

____オーディション?


はい!と元気よく笑うのはマネージャーの栗花落ちゃん。

いつもの喫茶店で栗花落ちゃんと打ち合わせをするはずだった私と沙雪ちゃんは突然の言葉に目を白黒させていた。


「はい!実は新生VG@プラスとして何人かVTuberさんを増やしていこうという話になって、オーディションをすることになったんです!」


紙の束が机に置かれる。

そこにはオーディション概要などがびっしりと書かれていた。


「後輩が増えるんだ」

「はい!そうなんです!」


栗花落ちゃんの相手は沙雪ちゃんに任せ、私は紙を手に取って、目を通す。

斜め読みした感じは何の変哲もないVTuberオーディションだ。

だが、気になったのは募集要項。


「誰にも負けないと思えるほど得意なゲームってなに?」

「書いてる通りです。ゲーミングデバイスメーカーが運営しているVTuberグループとしてゲームが得意なVTuberを集めたいそうです。ゆくゆくはガチの大会で戦えるようなVTuberグループを作るのを目標にしていきたいそうです」


「そうなんだ」

少し声色が硬くなる。いつまでもしこりのように残っているのは、少し前エゴサに引っ掛かった誰かの言葉。

杞憂でしかない想像だ。だけどこのままゲームの腕で売り出すことになったら沙雪ちゃんにもっと心ない言葉が届いてしまうんじゃないか、そんな想像が頭の中を巡っていく。


首を傾げる栗花落ちゃんと、隣であー、と頬を搔きながら私を見る沙雪ちゃん。

沙雪ちゃんはそっと私の手を握ってくれた。


「大丈夫だよ」

「うん」


大丈夫なわけがない。

人の言葉に一喜一憂して、匿名の悪意に毎回吐きそうになっている沙雪ちゃんだ。だからエゴサだって出来なくなったしDMだって閉鎖した。

オフコラボだって、コメントを見てミュートするときはだいたい、えずいている。

VTuberに向いていないといえばそれまでなのかもしれない。

でも、沙雪ちゃんの配信は唯一無二だ。あれほど自分も楽しみ、リスナーも楽しくさせる配信ができるのは沙雪ちゃんだけで、私はそんな沙雪ちゃんの配信が大好きだった。


「私は……あんまりよくないと思う」

「雫さん?」

「その募集要項はハードルを上げるだけだと思うしゲームが好きなぐらいにしといた方が応募してくる人も増えると思うんだ。それで応募してくる人が減っちゃったら本末転倒でしょ?」

「……確かにそうですね!あとで確認してみます!」


半分本音で半分建前だ。


「雫」

「何、沙雪ちゃん」


何か言いたげな沙雪ちゃんは何か言おうと口を開いて、「なんでもない」と首を振った。



そんな話からだいたい半年が経った頃だろうか。

ついにVG@プラスに後輩がやってきた。


みんな女の子で、それでいて凄いゲームの腕前を持っている。

鷲宮ちゃんは格ゲーが凄く上手いし根津ねずちゃんはFPSのバトロワゲームが私と同じぐらい上手い、猿川さるかわちゃんは音ゲーがめちゃくちゃ上手くてトレンドにも上がってた。

そんな二期生と呼ばれる彼女たちは様々な界隈のファンを取り込み、VG@プラス全体の登録者数はうなぎ上りになっていた。


ただ一人を除いて。


「沙雪ちゃん、最近配信してないけど大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」


沙雪ちゃんは大学三年生。大学のことはよく分からないけど、話を聞く限り、今は夏休みだと思う。


久々に行った沙雪ちゃんの家には相変わらず何もない。


「お茶しかないからお茶でいい?」

「うん」


VG@プラスが前よりも人気になって沙雪ちゃんに対する嫌な書き込みが目につくようになってきた。それに沙雪ちゃんの配信頻度が極端に下がっている。


ここ数日、頭の中を巡るのは嫌なことばかりで解消されないもやもやが常に鎮座していた。


少しの間、無言の時間が続き、ついに私は恐る恐る沙雪ちゃんに問いかける。


「辞めない……よね?」


「んー……、どうだろ」


聞きたかった否定じゃなく、肯定と捉えられる言葉に下に向けていた視線を沙雪ちゃんに向けると、そこには沙雪ちゃんが諦めたように薄く笑っていた。


「だ、だめ!」

思わず言葉がもれ、身体が動く。


……嫌だ。そんなの嫌だ。

無意識に動いた手がコップに当たり、コップが机に転がった。


「あっ……ごめん」

「ん、いいよ。タオル持ってくるからちょっと待ってね」


沙雪ちゃんはいつもと変わらない様子で、タオルを持ってきて机を拭く。

それが不気味で、大切な仲間だと思っていたのは私だけかもしれないという不安が胸を締め付け、苦しさの混ざった息を吐きだした。


「……なんで」

「ん?」

「なんで、配信しないの?辞めるから……?」


私の問いに、沙雪ちゃんの表情が初めて変化を見せる。

その表情は苦しそうで、今にも泣きだしそうに歪んでいた。


「配信がさ……楽しくなくなってきたんだ」

「えっ……」


私は、沙雪ちゃんほど配信を楽しんでやる人を知らない。それは彼女の持ち味でもあり、誰よりも優れた長所だ。


「いつの間にか、人と比べちゃってさ。ほら、みんな凄いじゃん?鷲宮さんは格闘ゲームが凄く上手いし、根津さんはFPSが上手い、猿川さんは音ゲーが上手い。雫は、なんでも出来るし、なんでも上手いよね。でもほら、私ってなにもないじゃん」


「……そんなことない」


「あるよ!」


沙雪ちゃんが声を荒げる。突然の大声にびくり、と肩が跳ね、身体が硬直してしまう。


「……ごめん。でもさ、実際そうでしょ。今、VG@プラスで求められているのはゲームが上手くて面白い子たちで私じゃない。だから……」


そこで沙雪ちゃんは言い淀む。それ以上は聞きたくないし言わせたくない。


「私は……沙雪ちゃんの配信が好き。見てて幸せになるような配信をする沙雪ちゃんだから友だちになりたいって思った。だから何もないなんて言わないで」


私の精一杯の言葉で、必死に沙雪ちゃんを繋ぎとめようとする。

でも沙雪ちゃんの目は酷く濁っていて、私の言葉なんて聞こえていないようだった。


「雫は優しいね・・・・


グッと奥歯を噛み占める。

そして同時に察してしまった。きっと今の沙雪ちゃんには私が何を言おうと届かない。

己の中で正解を見つけてしまった沙雪ちゃんにはきっと他の答えは全て不正解で、私も間違っているんだろう。


でもそれだけで、その程度で、私に諦めろなんて言うのは私のことを何も分かっていない。


「まあ……そんな感じだから」


「じゃあ……」

これは決して私の本心じゃない。でも私が彼女を繋ぎとめるにはこんなずるい方法しか思い浮かばなかった。


「じゃあ私も辞める!」

「はぁ!?」


驚きに染まった沙雪ちゃんの顔に少しだけ意趣返しができたような気分になるけど、本番はここからだ。


「なんでそうなるの!?」

「私は沙雪ちゃんと一緒にVTuber活動を続けていきたいの!」

「雫は皆に求められてるんだからそんなこと言ったら応援してくれる人に失礼に……」

沙雪ちゃんが言い淀む。

私は畳みかけるように口を動かした。


「じゃあ、沙雪ちゃんを応援してくれる人はいないの!?少なくとも私は応援してるし……これ見て!」


ツイートンを開く。検索欄に沙雪ちゃんと入力するといくつものツイートが表示された。


『沙雪ちゃん、最近配信しないけど心配……大丈夫かな?』

『沙雪ちゃんの配信がないから寝つきが悪すぎる』

『沙雪ちゃんツイートンだけでもいいから更新してくれないかな・・・』


出てくるのは沙雪ちゃんを心配するツイートばかり。

……『沙雪ちゃん』で検索してるから当たり前だ。悪いこと言う人は基本フルネームか呼び捨てで名前を出すもんだから。

でもファンの声は紗雪ちゃんの心を動かしてくれたようで、紗雪ちゃんが俯き、歯を食いしばる。


「沙雪ちゃんの魅力に気づいてないのは沙雪ちゃんだけだよ」


「でも、でももう無理だよ……」


膝を抱えてしまった沙雪ちゃんが蚊の鳴くような、それでいて今にも泣きだしそうな声で呟く。



人には限界があるんだって、誰かが言っていた。

それはコップのようで限界は水。表面張力でギリギリまで持ちこたえるけど一度零れたら戻ることはない。


きっと沙雪ちゃんはもう水が零れてしまっているんだろう。

その限界はきっと他者の評価と彼女を蝕む劣等感によってかさを増したものだ。


私にできることはなんだろう。

それは人によって正解が違う問題で、間違いばかりが多くて正解は一つしかない。


ローグライクのようなものだ。

難しくて負けたらやり直しのゲームならクリアできるまでやり続ければいい。


「沙雪ちゃん」

「……なに」

「私に1ヶ月ちょうだい」

「1ヶ月……?」

「うん」


私にコップの水を減らすことができるとは思えない。

だけど水を分け合うことはできるかもしれない。


彼女の限界を、痛さを、辛さを、全部私にも共有してほしい。


幸い、VG@プラスにはもう私たちだけじゃない。頼もしい後輩がいる。


だから

「紗雪ちゃん、1か月、VTuberを休もう。そしてその1か月を私にちょうだい」


私が沙雪ちゃんを繋ぎとめるための作戦わがままが始まった。


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