第49話 VTuberになった私を支えてくれる親友の雑談配信を聴きながら幸せ寝落ち計画をキメるつもりが何故か一緒に寝る話

飼い主さんとしてのMetubeチャンネル『飼い主さんの休憩所』の登録者数はいつの間にか4000人を超えていた。

そんな状況にぴえぴえっとなっている彼方だけど、今日は配信してみるらしい。

理由は仕事の添削作業が終わらなくて、集中力が続かないからだそうだ。所謂作業配信といわれるものだ。


定刻になり、待機人数は300人ほどいて、みんな楽しみにしている様子がコメント欄から見て取れる。

そのうちの1人が私でおねむな私は彼方の配信を聴きながら幸せ寝落ち計画を実行していた。


「あー、あー、聞こえる?」


『飼い主さん!』

『聞こえる!』

『この配信のために五万のヘッドフォン買った!!!!!』


彼方の声がスマホ越しに聴こえる。

立ち絵として前に描いた飼い主さんの絵を採用してくれてて、コメントも凄い勢いで流れている。

でも、ちょっと音質が悪いかもしれない。


そこそこの値段がする充電中のワイヤレスを取り出して接続する。


これで彼方の声がよりクリアに聴こえるようになった。


「今日はタイトル通りの何の変哲もない作業配信だよ。マウスとかキーボードの音が入っちゃってても許してね。あとできるだけ喋るようにするのと敬語はできるだけ無しの方向で頑張るね」


『BIG LOVE』

『しゅき』

『今日は絶対安眠できる』


「なにそれ。あ、作業しながらいっぱいくえすちょん来てたから読むね」


『おすすめの漫画とかありますか?』


「おすすめの漫画かぁ……私が今読んでるは……ちょっと待ってね」


ぎぃ、と椅子の軋む音がする。

そんな音一つで、彼方の椅子の後ろにある本棚に手を伸ばしたことを理解できてしまう、これが親友の力……

強すぎる力に慄きながら少しばかりの優越感を胸にコメントに目を通す。


『椅子が軋んだ!!!!!!』

『後ろに本棚でもあるのかな?』

『つまり飼い主さんは今、後ろに手を伸ばして本棚から本を取ったと考えることができるな!!!!』


……こやつらできるな?


下切 雀:その通り、飼い主さんの作業机の後ろには本棚があるチュン。みな、なかなかやるチュンね。


『雀ちゃんきたw』

『解像度が上がっていく配信だ……』

『創作意欲が上がります』


「あれ?雀?寝たんじゃないの?」


下切 雀:今から寝るチュン!


「携帯見てたら眠れなくなるよ?』


下切 雀:配信をBGMに安眠するチュン!


「りょうかい」


正直、コメント眺めているから幸せ寝落ち計画は少しばかり先送りにされたといっても過言ではないけど、そればかりは些細の問題である。

それに専業VTuberにとって多少の夜更かしなんて何の問題もない。


「そうそう。おすすめの漫画だけどね。今は見えちゃう電波さんってやつにハマってる。主人公は幽霊が見える人なんだけど、そういうものとは関わらないように生きてたんだ、でも中高一貫校の高等部に入学した主人公は、電波さんと呼ばれる幽霊が見える子に出逢っちゃうの、で電波さんに振り回されていくって感じのお話」


『おもしろそう!』

『いいよね……めちゃくちゃ百合で』

『飼い主さん、百合好きなの?』


「基本何でも読むけど、百合は好きな部類に入るかな。女と女の関係性はとても良いので」


『わかる!』

『わかる!』


わかる。

私も百合は嗜むけど、百合で思い出すのは中学生の時、彼方の部屋で百合漫画を見つけてワンチャンあるのか、と数週間は悶々としていたことだろう。


ヘタレすぎて何も起こせなかったけど。


「次は、『飼い主さん及び雀ちゃんは歌ってみたとかやらないんですか?』これは今のところ予定はないね。このくえすちょんで初めてその考えに至ったって感じだからまた相談して報告するよ」


歌……何がいいだろうか?

デュエットソングで、明るいやつが良いな。


カタカタカタ、とキーボードの音がイヤホン越しに聞こえる。


『飼い主さんのガチ恋なんですが、SNSはしないんですか?』


コメントが流れていく。

たしかに私より飼い主さんのガチ恋勢のほうが多そうだ。そんなリスナーには死活問題だろう。


「しないねぇ。まあ雀のアカを共有してるみたいなものだし。あとSNS不精すぎてずっと何も呟かないとか全然やるよ私」


『それでもいいから!飼い主さんと繋がってる何かができるだけで嬉しいの!』


「えー、そういうもん?じゃあ考えとくねー」


絶対、考えとくだけ・・のトーンで返事をする彼方。


意地でもやりたくないようだ。

酔っぱらって理性がなくなった彼方がそのままSNSに出てきてしまうことがあるかもしれないのも理由の一つかもしれない。


「じゃあ読む予定のくえすちょんは読み終えたから、本格的に作業するね。できるだけ喋るようにするよ」


カタカタカタ、とキーボードの音がマイクに乗って耳に届く。時折、聞こえてくる彼方の声によってそこにいるという安心感が芽生えて、眠気を誘ってくる。

うるさすぎず、心地のよいキーボードとマウスの音を耳にしながら、目を瞑るがなんとか意識を繋ぎ止める。


だが彼方の軽い咳払い、偶に落ち着いた声で読み上げるコメントが私を寝落ちへと誘ってくる。


この配信を不眠症で悩んでいる人に勧めたら絶大な効果が期待できるだろう。

セラピーとしても使えるかもしれない。


そんなことを考えながら、目を瞑っていると、「んん〜!」という高い声に意識が急激に覚醒する。


どうしたのか、とぼんやりする頭で意識を耳に集中する。


「作業終わった〜!もうこんな時間だ。みんな付き合ってくれてありがとね」


時刻は……深夜1時。


……いつの間にか寝落ちしていたらしい。

流れるコメントをぼやけた目で見ながらあくびがもれる。


「じゃ、おやすみ〜!また機会があったら配信するね」


『おつです!』

『おやすみなさい!』


なんか視聴人数に対してコメントが少ない気がする。寝落ち勢かもしれない。

しばらく配信を開いておいて、寝落ち勢がどれだけいるか確認するのも面白いかもしれない。


じゃあ、配信を終わったし私ももう一眠り……


いっかい、枕を持ってみる。さらに部屋を出てみる。

リビングには明かりはついていない、お姉ちゃんはもう寝たはずだ。


少しだけ緊張しながら彼方の部屋をノックすると「はい」とさっきまで聴いてた声が返される。


「寧々、寝たんじゃなかったの?」

「起きた」

「そっか。何か用事?」

「うん。その……なんというか一緒に寝ようと思って」

「えっと」


頬を掻きながら少し明後日の方を向く彼方。

どうしたんだろうと首を傾げていると、「や、でも明日仕事だから」と言葉に出す。


少しだけ思考を巡らせて、何が言いたいのかよくわかった私は心外だと頬を膨らませる。


「そ、それは勘違い!寝るだけ!」

「寝るだけって……ベッド狭くない?」

「大丈夫。私、小さいから」

「えぇ……まあいいけどさ」


胸を張って小さいことを強調すると、彼方は若干曖昧な表情だったけど頷いてくれた。


「じゃ、じゃあどうぞ」


彼方のベッドに枕を置いて、横になる。

私の隣に入ってくる彼方と体が密着してポカポカする。


電気のリモコンで、暗めの常夜灯にした彼方は「おやすみ」と小さく呟いた。


「やっぱ本物が一番」

「何か言った?」


小さく呟いた言葉は完全には聞こえていなかったようで、なんでもないと呟いて何故か背中を向けて寝ている彼方にくっつく。

するとぴくり、と彼方の体が震えた。


「……なんか積極的だけど何かあった?」

「何もないけど」


積極的?……もしかしたら積極的だったかもしれない。なんだか最近の私はおかしいと思う。

彼方と一緒にくっついていたいし、甘えたくなる。


これが長年の欲望から解放された姿なのかもしれない。前まではチキンな私はなかなか何もできなかったけどなんやかんやあって、そんななんやかんやがあった私は無敵だ。


だからこうして彼方を求めてしまうのかもしれない。


「今の私は無敵だから」

「無敵?」

「うん、無敵だから。昔はできなかったことをするの」


「そっか」

噴き出すように笑った彼方。

そんな彼方に無敵の私はもう一度だけわがままを言ってみる。


「ねえ、彼方。こっち向いて」

「嫌だって言ったら?」

「無敵だから何するかわかんないかも」

「……ならしょうがないね。無敵だもんね」


彼方の顔がこちらを向く。

少し表情が緩い。眠いのとあと面白いのが入り混ざった顔はそれでも美人だ。


「おやすみ。彼方」

「うん。おやすみ。寧々」


彼方に顔を埋めて、肺を幸せで満たしながら目を瞑る。


今日はきっと良い夢を見る。

そんな確信にも似た予想を立てながら、ゆっくりと意識が落ちていくのを感じていた。


_________________________________________

すーぐいちゃいちゃさせる。

とりあえず一区切りで、次回は新章。

『一緒にVTuberになった親友がVTuberを辞めた話』猫神sideが始まります。

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