第35話 配信と執筆

「そういえばお姉ちゃんいるけど配信どうしようか?」

「あー、なんていえばいいんだろう。たぶん、長月さんって寧々が配信してること知ってると思うんだよね」


思い出すのは、少し前のこと。別れ際に私のことを『飼い主さん』と呼んだ長月さんは確実に知っている素振りだった。


そういえば寧々に話していなかったな。


ふと、隣を見ればギギギと壊れた機械のように私を見る寧々の姿があった。


「え?……え!?」


やびっ!と猫なら毛を逆立てているだろう。

驚きや一種の恐怖やら色々なものが入り混じった様子で寧々は長月さんの部屋にリアル凸していった。


「お姉ちゃん!」

部屋にノックもしないで入った寧々とその後ろから中を覗き込む私。

部屋の中に広がっていたのは凄惨たる光景だった。


転がったペットボトルに空き缶。空になったポテトチップの袋に割り箸が差し込まれて放置されている。


そして何よりもデスクトップPCでおそらく作業用として流されている下切 雀のソロ雑談配信。


ある意味、寧々にとっての地獄が広がっていた。


「な、なな……」

「あ、寧々どうした?」

「そそそ、それ」

「ああ、いつも可愛いけど雀の時も可愛いよ」


いつも思うけど長月さんは無自覚に地雷を踏み抜くのが得意すぎる気がする。

マイン・カフォンと良い勝負ができるんじゃないだろうか。

この人、何をしても死ななそうなところあるし。


「お……」

「お?」

「お姉ちゃんの馬鹿!」


ダダダ、と脱兎のごとく飛び出した寧々を視線で追う。部屋には愕然として顔を青くした長月さん。


……これ、どう収集つければいいんだろう。


とりあえず青い顔をして私を見ている長月さんを横目で見る。そして鼻で笑ってやった。


ただ、顔を青から少し赤に戻した長月さんを見て、この場の正解はこれで間違いないことはわかった。


_________________________________________


「これより雪村家プチ会議を始めます」


面倒なことになった。

私たちはリビングに集められていた。

寧々の隣に私が座り、向かい合う形で長月さんが座ってる。

寧々は顔を逸らしているし、長月さんは若干それに傷ついてる。


「いつから気づいてたの」

寧々の質問に、長月さんが笑顔になる。

話しかけられたのがよほど嬉しいらしい。


「私の編集さんがゲーム好きでその延長で配信とかよく見る人なんだよね。で、よくURLとか送りつけてくるんだけど、そのなかに寧々と声が似てる子がいて好きになったんだけど飼い主の存在で気づいたって感じ……です」


「……はぁ〜」

寧々が大きくため息をつく。

顔色を伺うが、別に怒っているわけではない。諦めを含み、薄い笑みを浮かべ、肩を落とす。


「まあ、しょうがないよね……うん。ごめんね。お姉ちゃんにはいつか言おうと思ってたんだけど、VTuberになったんだ」

「うん。楽しそうだよね。良かったと思う」

「ありがとう」


嬉しそうに笑う寧々。

きっと自分のことを姉や兄に言えてなかったことがどこか胸につっかえていたんだと思う。

そんなつっかえが取れたんだったら幸いだ。


「ふぅ〜ん、なんかまた近くなってないか〜?距離感というかなんか全部が」

訝しげな目で見てくる長月さんを無視する。

また面倒ごとを増やすわけにはいかない。


「幼なじみ二人、同じ家、何も起きないはずもなく……」

「な、何もしてないです」

「フゥン」

「と、とにかく配信するときは注意してほしいです」

「おっけー、作家ってのはタイピング音で喋る生き物だからうるさくしない自信はあるよ」

「了解です」


長月さんがとてとてと部屋に戻っていく。

寧々はまだ、少し恥ずかしそうだ。


「ふぅ、じゃあ私も部屋に戻る」

「うん。私は編集してるから何かあったら声掛けてね」


私だけがリビングにいて、編集をする。

といっても生放送の良かった試合を切り抜いてカットや字幕やサムネ、あとそれっぽいタイトルをつけるだけだ。


1時間もあれば十分動画にはなる。


そんな風にぽちぽちかちかちと編集をしていると、ふとDMに通知がきているのに気づいた。

ツイートンのDMは相互フォローではないと送れない設定にしているため、おそらくVの誰かであろう。

お仕事メール以外は基本的に雀に任せっきりだし、DMの内容まで見られたくはないだろう。


私が通知を消して、編集に戻ろうとすると騒がしい足音が廊下に響く。

ヘッドフォンを外し、扉を見ると現れるのは驚いた顔の寧々。


何事かを聞く前に、寧々はスマホをずいっ、と私に見せた。


『今度、にゃーとVG@の鷲宮ちゃんでチーム対抗人生ゲームをするんにゃけど相方として一人呼べる決まりなのにゃ。良ければ一緒にどうにゃ?』


VG@チーム対抗人生ゲーム。

これはV界隈の一大コンテンツの一つだ。

というのも、VG@の強制お願い権。

それはVG@内のメンバーに何かしらの強制力のあるお願いを聞かせることができる権利。

それを獲得する方法として選ばれたのが運ゲーである人生ゲームだった。


最後は半年前で、視聴者数が十万人を超えていたのを覚えている。

この前はVG@四人でやっていたけど、今回は二人らしい。そして数合わせ兼相方に雀が選ばれた。


それは凄いことだ。

嬉しくてぴょんぴょん跳ねる。


だけど雀は少し違うようで、曖昧な表情で目を伏せていた。


……もしかして


「怖い?」

「いや、無限に怖い。このイベントでやらかしたら死に直結しそうで……」

「あー、確かにね」


今の視聴者数は平均2,000人ほど。

それが30倍にも膨れ上がれば怖いのも当たり前だ。


「どうする?」

「少し、考えさせて」


寧々がそのままリビングのソファに身を預ける。


「好きなだけ考えよう。断ったからって炎上するわけでもないし罰があるわけでもないね。出ることが正しいとは言わないし寧々の納得のいく選択をしてほしいな」

編集をしながらそう言うと、後ろで寧々が小さく「うん」と頷いた。

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