第32話 ホラーゲームと距離感のバグ(2)

……どうやらさっき取られてしまったのは生命線とも言えるライトだったらしい。

つまりこれからライト無しで進めないといけないわけだ。


よっぽどこのゲームの製作者は妙なところでこだわりが強いらしい。

カメラの暗視機能のみで進ませたいがライトを持ってきていないことは不自然だと思って、こんな展開にしたのだろう。

おかげでこっちは心臓バクバクだ。ついでに背中も痛い。


さあ、灯りがほとんどないこのゲームをカメラの暗視機能のみで進まなければならなくなった。どこぞの精神病棟じゃあるまいし勘弁してほしい。


【……いったい何なのよ】


主人公のダテちゃんが立ち上がるがそのまま帰る様子はない。


「いや、帰るべきでしょ」

「確かになんでホラーゲームの主人公って直ぐに帰ることを選択できないチュンかね」


『彼らは作者という絶対神に縛られてるから……』

『それはそう』

『三石まほろ:飼い主さんの悲鳴が聞けるので今だけは感謝ですね』

『まほろちゃんもよう見とる』


「あ、まほろちゃんだ」

「おー!まほろちゃんも今度、何かやろうチュン!」


『三石まほろ:ホラーゲーム以外ならお付き合いいたしますとも』


「まほろちゃんも一緒にホラーゲームしようチュン!今度、マルチで出来るホラーゲーム探しとくチュン!」


『ガン無視で草』

『三石まほろ:藪蛇でした……』


「次は私やらないからね……」

「……しょうがないチュンね」

「なんか怖い間だなぁ」


だけど、気を取り直してゲームの時間だ。

見た感じは、カメラの暗視機能を使ってもバッテリーが減る様子はない。

というかバッテリー表示すらないから、そこら辺は良心的な設定になっているようだ。


【ライトを取り返さなくっちゃ】


「この主人公、もしかしておかしい?百均で買えばいいじゃん、帰ろうよ」

「いやいや、中学二年生なんて百円すら惜しい年頃チュン」

「百円のためにここに入っていく勇気なんて捨ててしまえ……」

「ゴタゴタ言わないで進むチュン!みんなは恐怖し奇声をあげる飼い主さんを待ってるチュン!」


だいぶぶっ壊れている寧々のテンションに押されながらも、とりあえず進んでいく。


中は基本的にエントランスでいいのだろうか?大きな広間があり、奥と左右に扉がある。また2階へ続く大きな階段があり、結構広そうだ。


「さっきの不審者は奥の扉の中に行ったチュンね」

「絶対あれ、元がつくタイプの者だよ……」

ヒューマンからゴーストに進化したタイプの不審者だ。

あからさまな誘導に従い、奥の部屋の扉に手をかけると当たり前のように開かない。


【鍵が必要ね】


「いや、帰れよ!!!!!!」

「心の叫びの圧がすごいチュン」


鍵が必要ね。じゃない!

こんな廃墟で鍵なんて探しても見つからない!


『草』

『テンションバグってんなぁ……w』


「あ~、とりあえず色んな場所探索してみるしかないよね」

「某理論的には右が良さそうチュンね」


一応、明度は上げてるけどそれでも暗い。配信の方ではさらに明るく設定してるから大丈夫そうだけど……


「暗いと怖いんだよね……」

「まあ、ホラーをホラーたらしめる最高のスパイスチュンからね。ここが昼間の街道だと全然怖くないチュン」

「それはそれでやだけど……」


やだなぁ。進みたくないなぁ。

右の部屋の扉はすんなり開き、中には長い通路といくつもの部屋が見える。

そして壁には、無数の赤い手形とカタカナでカエレの文字。


「まあ廃墟とかでこの手の落書きがあると逆に安心するまであるよね」


『飼い主さん廃墟に行ったこととかあるの?』


「ん?ああ、行ったことはないけど怖いものを見るのは好きだからね。結構、そういうDVD借りてた時期があったんだよ」

「飼い主さん、真実味のある呪いのビデオとか好きだったチュンからね」

「うん、あれ面白いよね。ハラハラするしちゃんと怖いし、監視カメラのシリーズも好きだった」


『真実味のある呪いのビデオはドキュメンタリーパートいいよね』

『おわかりいただけただろうかのやつだ!』

『あれ、何個かトラウマになったやつある』

『怖いの苦手なのに見たくはあるのあるある』


コメント欄が思ったより食いついてきたことに、ニコニコしながら道を進んでいく。

恐怖もだいぶ弛緩してきた。この感じで行けるなら大丈夫だろう。


一番手前の扉を開けようとするがここは鍵が掛かってる。

フェイクか。


なら次の扉を。


_______キィィィィィィ


耳障りな音だ。急に後ろに視点が固定され、扉の奥から何かが出てくる。


________それは人だった。

ただの人だ。派手な半袖半ズボンのこの季節ぴったりな服装をした男だ。


だが少し違うのは、よだれを垂らし、片手で人の腕のようなものを引きずって持っている。


【ゆうれいども、掛かってきやがれぇ】


酔っぱらいのように呂律のまわっていない男はぶつぶつと呟きながらゆっくりと歩いてくる。


「ねえ、これってホラーゲーム……?」

「うん!れっきとしたサイコホラー・・・・・・ゲームチュン!」


それって……


【うがあああああ!】


腕を振りまわしながら男が迫ってくる。


「こういうタイプって聞いてないんだけど!?」

「言ってなかったチュンからね!」


敵は幽霊だと思い込んでいたから、全然心の準備ができてない。


どこに逃げれば。


「あ、飼い主さん!あそこの扉少し半開きチュン!」

「ほんとだ!」


扉を開けて、部屋に入ると直ぐ目の前にベッドが置かれている。


【Ctrlキーで潜り込む】


ゆっくりと主人公のダテちゃんがベッドに潜り込むのと男が部屋に入ってくるのはほぼ同時だった。


【どこだ……どこ行きやがった幽霊、すり抜けたのか……幽霊め……ずるいぞ……】


ぶつぶつと呟きながら男は部屋から出て行く。


「サイケってさ、サイケデリックとかサイケデリアとか言われて幻覚剤で見える幻覚のことだったりするんだよね……」


『もしや幽霊じゃない……?』

『あっ……』


「つまり幽霊なんかいなくてなんらかの薬によって幻覚を見ている人たちが失踪事件の鍵的なやつなのかチュン?」

「どうなんだろ……でも今まで出会ったのは幽霊じゃなくて人間でもあり得るわけだしもしかしたらそういうのなのかも」

「でもそれなら警察がきたのに見つけられなかったのは不自然チュン」

「たしかに……」


ふむ。先ほどまでの恐怖心はどこへやら、単純に知識欲が出ていく。


怖いだけじゃない。というのがやはりゲームの面白さだろうか。


「なんだか力が湧いてくる気がする!」

「絶対裏目に出るタイプの張り切り方してるチュンね……」


隣で何か言っているが気にしないでベッドから這い出る。

ちらっと外を覗いて、何もいないことを確認するとゆっくりと外へ出た。


さて。とりあえずこういう時の鉄板は先ほど男がいた部屋だろう。

部屋のなかに入ると、特に何か変わった様子のない普通の部屋だった。

揺れるランプとベッドと窓があるだけの部屋だ。


「何かあると思ったんだけどなぁ」


当てが外れたようだ。

一応は探索してみようと歩いてみるが何もない。


「ハズレか〜」

ふと何気なしに窓から外を見る。

満月が浮かんでいて、背の高い木が揺れている。


「ん?飼い主さん飼い主さん」

「なに?」

「右斜め上を見るチュン」

「右斜め……うぇ……」


『ひっ』

『ああ!窓に!窓に!』


窓の奥。背の高い木の中で、黄色い目が光る。月明かりに照らされたソレは紛れもなく人型のナニカだった。


宙吊りになった状態で、ソレはにんまりと笑みを浮かべていた。


「……すずめ」

「何チュン?」


ぽんぽんと膝を叩く。

意図を測り兼ねてる雀の両脇に手を入れて、そのまま私の膝へ連れて行こうとする。

流石に非力すぎて無理だったが、雀は渋々、webカメラの位置を調整して乗ってくれた。


『どしたどしたw』

『今、雀ちゃんすごい挙動したwww』

『飼い主さん生きてる?』


「今、飼い主さんの膝の上なので顔が変な動きしても特に気にしないでほしいチュン」


『ヴァッ!』

『突然のてぇてぇでリスナーは死んでしまいました。あーあ』

『距離感ッッッッッッ!!!!!!!』


コメント欄が阿鼻叫喚だけど知るもんか。

寧々の高い体温を感じながら、マウスとキーボードに手をつける。


「飼い主さんがついにプライドを投げ捨てたチュン」

「プライドで恐怖がなんとかなったら淳二もスティーブンも廃業するよ!」


産まれたての子鹿のようにぷるぷるしながら、一旦部屋から出る。

寧々は、コメントを隣のノーパソで確認しながら色々喋ってるが、それどころじゃない。


「一回、飼い主さんはこれでも食べて落ち着くチュン」


寧々が用意していた一口サイズのポテチを唇の前に持ってくる。


私はそれを口に入れて、咀嚼をする。


「……美味しい」

「これ好きなんだよね。サワークリームオニオン味」


『もしかしてあーんしました??????』

『距離感バグってて草なんだな、いいぞもっとやれ』

『三石まほろ:てぇてぇ』


「少しは落ち着いたチュンか?」

「……あい」

「ならあと少し頑張るチュンよ〜。大丈夫チュン、これめちゃくちゃ長いからどうせ分割でやることになるチュンから」


「……え?」

初耳学だが????驚いた顔で寧々を見ると、寧々は上を向いて、悪戯っ子ぽく笑った。


「き……」

「き?」


「鬼畜すずめ〜!」


どうやら私の恐怖はまだしばらく続くらしい。


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