第21話 夢をみた。自覚した。

今日は珍しく寧々がいない。

なんでも、色々出さないといけないものが溜まっているらしく市役所に行っているみたいだ。


「何しようかな」

ゲームって気分じゃない、映像を観る気分でもない。

こたつで寝転がり、携帯を見ていると、睡魔が襲いかかってくる。


別に今日は何もないし昼寝しようかな。


クッションを枕に、適当な動画をBGMに微睡む。


____やがて夢を見た。


「彼方、大丈夫?」

そう、これは夢だ。

分かりきっていることだ。だけどこんな幸せな夢に抗えるわけない。


「……お母さん、お父さん」


久々に見た両親は何も変わらずにそこにいた。


時計が示すのは、3月20日の朝7時半ということ。

父はトランクケースを持って、スーツを着こなしている。母もまたドレスのようなワンピースを着ていて、これから出掛けるみたいだ。


娘から見ても美男美女のオシドリ夫婦。

明日あしたの 真人まさと明日あしたの 悠里ゆうりといえば、私の世代なら誰でも伝わるような、俳優・・女優・・の夫婦だった。


仲良しオシドリ夫婦、または悲劇の夫婦。


ドラマの撮影中に運転手が心筋梗塞を起こし暴走したトラックが突っ込んできて、父は母を守ろうとしたが間に合わず、父と母は亡くなった。

それだけじゃない、たくさんのスタッフさんや一般の人たちが亡くなった凄惨な事故だった。


___私もまた、そこにいるはずだったんだ。


だけど熱を出した私は、祖父母に看病され、ベッドの上で二人の死を聞いた。


そう、この日、私の両親は死んだんだ。


「ごめんね。直ぐにお爺ちゃんとお婆ちゃんが来てくれるから、今日はお留守番してて」

「ッダメ!」


ハッキリと声を上げた。

昔ならきっと頷くだけだった私の言葉に目を丸くした両親はふわりと笑顔を浮かべ、そっと私の頭を撫でる。


「ごめんね。でも彼方は強くて良い子だから私たちがいなくても大丈夫だよ」

「そうだね。僕たちの自慢で、人が支えてあげたくなるような不思議な力がある。だから大丈夫だ」

「そんなこと……」


ない。とは言えなかった。

両親が死んだあと、私はたくさんの人に支えられてきた。

両親の実家や寧々、マスコミが押し寄せた時は学校のみんなが結託して私を匿ってくれた。


私は強い子じゃない。それは私が一番わかってる。だけど私は確かに両親がいなくても支えてくれる人たちのおかげで生きてこれた。


なんだかそれを否定してしまうと、自分を支えてくれた人を否定してしまうみたいで、口をつぐんでしまう。


そんな私を見て、二人はまた柔らかい笑みを浮かべて、やがて背中を向けた。

いつの間にか見慣れた部屋は、真っ白な空間になっていて、両親は遥か彼方に見える光の先へ歩いていく。


いつの間にか私は幼い頃の私じゃなくて成長した私となってそこに立っていた。


手を伸ばすこともせず、ただじっと二人の背中を見送る。


「頑張るよ。二人が安心して待っていられるように」


小さく呟くと、二人が振り向いて笑ってくれたような気がした。


_____なた、彼方


んっ、んん……


意識がゆっくりと覚醒する。

首を声のする方に向けて動かすと、寧々が小さく手を挙げた。


「おはよう、彼方。……?なんか嬉しいことでもあった?」

「夢にお母さんたちが出てきたんだ」

「……そう。良かったね」


なんでだろう。嬉しいはずなのに声が震える。


体を起こすと、隣に寧々も座ってくる。

寧々にしっかりと体が密着して、こたつとは違う温かさにまた声の震えが強くなる。


「ごめん。ごめんね。こ、こんな子どもみたいな……」

声は嗚咽になり、両手で目を擦っても全然足りないほど涙が溢れてくる。


ぎゅっと、体が抱きしめられて、何も言うわけでもなく、寧々は小さく一定のリズムで背中を叩いてくれた。


私が泣き止むまで、ずっと、ただ、そうしてくれていた。



____……気まずい。


いや、その原因を作ったのは私だけど気まずすぎる。

いい歳して友だちの前で夢を見ての大泣きだ。

羞恥心を通り越して申し訳ない気持ちでいっぱいで何も話し出せない私の心情を察してか、寧々は小さく笑みを浮かべると鞄から私が好きなコンビニの甘いカフェオレを取り出した。


「飲む?」

「飲む」


甘いカフェオレが水分が減って、乾いた喉を通っていく。

そうやってぼーっと天井を眺めていると、自然と口が開いた。


「あの日の朝だったんだ……夢」

「……そっか」

「両親を引き止めたけどダメだった」

「うん」


「たぶんさ。寧々とこうやって一緒に住む前だったら一緒に行くって言ってたと思うんだ」

「それは……」


そう。少し前の私だったら、一緒に死を望んでいたかもしれない。

たった一人、この部屋に帰ってきていた私なら。


でもそんな気が微塵も起きなかったのは、守るべき人がいるから。


「今はさ。寧々を養っていく責務があるから」

「ふふっ、なにそれ」


冗談めかして、笑みを含んだ言葉に寧々が笑みを浮かべる。


いつものように花のような笑みで、自然と口から溢れたのは、すぐ隣の寧々にも届かない、声にもなってないもの。


「好きだなぁ」


「?何か言った?」

「えっ、あれ」


____私は今、何を……?


好き?えっと、そりゃ寧々のことは好きだけど。


Likeで。そう、Likeで。

えっ、でもLikeってこんなに心臓がドキドキするもんだっけ。


落ち着きのない鼓動が、寧々に聞こえてしまいそうで、頭の中がさらに混乱していく。


そんな時に頭に思い浮かんだのは、長月さんのあの言葉。


『結婚でもすんの?』


あの言葉に焦る気持ちは、友人との関係を誤解されたくないからだと思ってた。

でももし、この気持ちがLoveのほうなら……?


いーやいやいやいや!いーや!

違う!断じて違う!


そもそもそういうのは性的対象にみれるかどうかで決まるはずだ。そうだ、きっとそうだ。


なんでか、すぐ隣の顔を直視できなくなってるけど横目で頑張って寧々の姿を捉える。



うん。まず顔、体……あと性格。


「……あぅ」

「ん?どうしたの?」


……全然いけた。何を想像したかは置いといて、全然いけた。


えっ、つまり……?つまりつまり私は……寧々のことが……?


____好きなのか?


そして私って今、好きな人と一緒に住んでるのか?


「様子おかしいけど、大丈夫……?」

「ひゃい!大丈夫!大丈夫だから!ご飯作るね!」


体育の時間のようにピシッと立ち上がり、回れ右をした私がキッチンに飛び込んでいく。


鼓動はまだ鳴り止むことはなくて、冷蔵庫を開けた状態のまま、大きくため息をついた。


____これからどうしよう。

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