第20話 ギャルゲーするよ(2)
「……というわけで今日もお疲れ様チュン!これで配信終わるチュン」
『草』
『待て待て待てw』
『ボイコットすなw』
「初めて知ったチュン……ギャルゲーって絶望を知るためのゲームだったチュンね……システムという名の絶望、プレイヤーは抗うこともできず、レビューに不平を垂れることしかできない、そうやって世界はまわっているんだチュン」
性癖を詰め込んだキャラを攻略不可にするなんて……この、この人でなし!
『攻略はできないけどイベントスチルも豊富だし一つだけどエンドもあるから!』
「ほぅ。話が変わってきたチュンね」
それなら話は別だ。お助けキャラとして存在しつづけて、ルートもイベントも存在しなかった本当に完全迷惑クレーマーになるところだった。
『手のひらドリル雀』
『草』
完全に手を離していたマウスに手を置いて、クリックをして会話を進める。
【迷ったわけじゃない?ならなぜここに?】
・探検していました。
・化学に興味があって……
「ぐぬぬ。これ選択肢どっちチュンか。好感度的には下のほうがいい気がするチュン」
とりあえずだ。一度セーブをしておく。
こうすることで後ほどロードして、どちらの選択肢も見ることができるのはこういったゲームをやったことない私でも知っていることだ。
「じゃあ、下を選ぶチュン!」
【化学に興味が?珍しい生徒もいたもんだ。コーヒーでも飲むか?】
(頷くと、先生はビーカーに珈琲を注ぐ)
「ビ、ビーカー珈琲チュン!伝説の!化学教師にしか許されないビーカー珈琲チュン!」
『草』
『それはもう性癖のハッピーセットなんよ』
『草』
化学教師は化学準備室を私物にしていて、ビーカーにコーヒーを注ぐのは誰もが知っていることだが、実際見たことなかったからテンションが上がる。
(一口飲むと、嫌な苦味が口に広がる。それを見た先生は小さく笑みをもらした)
【ああ、すまない。ブラックはまだ苦手か。砂糖とミルクどっちがいい?それともどっちもかな?】
画面がホワイトアウトして映し出されたのは、少し首を傾けて苦笑を浮かべる美人さん。
「ここで!イベントスチル!」
『オーバーキルすな』
『私のカノピです』
『いーや、俺のカレピッピだね』
【い、いりません!】
【そうか。だけどせっかく取り出してしまったからな。もったいないからいれさせてくれないか?】
【それなら……はい】
きゅんきゅん♡きゅーん♡
恋愛漫画ならページ一面にハートが飛び交うほどのトキメキが襲ってくる。
「やば。まじで好きになるチュンけど……えっ、やば」
『これは堕ちる』
『まじで好き』
『ケアまで完璧なのヤバすぎる』
このキャラを攻略不可にしたのは何?製作者は化学苦手だったの???
(すっかりカフェラテになってしまったものを飲みおえると、チャイムが鳴る)
【君、そろそろ帰るべきだ。暗くなると危ないからね。……ああ、そういえば自己紹介がまだだった。いずれ知ることになるかも知れないが、私は、
【わかりました。最上先生】
【うん。素直な子は好きだよ。だいたいここにいるからまた会いたかったら来てくれ。じゃあね】
帰宅以外のコマンドが選べなくなる。
私は選ぶ余裕もなく、椅子に深くもたれかかり、大きなため息をついた。
「好きって言われちゃったチュン」
『夢雀』
『ちなみに某サイトで調べたら二次創作小説大量に出てくる』
『主人公を左にしたらファンメ届くから注意』
『最上 響子の全キャラ攻略RTAって長編がオススメ』
「それはちょっと気になるチュンね」
家に帰ると、運動、勉強や睡眠といったコマンドが選択できるようになる。
ここで何のステをあげるかによって、攻略の仕方やイベントが変わってくるのだろう。
選ぶのは勉強。
理数系と文系のどちらを勉強するか選べるようだ。
もちろん理数系である。教科まで選べるなら化学で確定なのに。
(雀は勉強に打ち込んだ。知力が10上昇した。)
あとはセーブをして寝て……二日目がやってくる。
【そういえば、化学の先生ってすっごい物知りなんだって!人探しとかあ、あと思い人が自分をどれだけ好きかとか聞けば分かるらしいよ。噂だけどね】
登校中に夢ちゃんがふとそんなことを言い出す。
ははん。なるほど、普通はこの話を聞いて化学準備室に行って、先生に色々聞いたりするのか。
「私が探しているのは常に先生だけチュンから必要ないチュンね」
午前中の授業が終わり、昼休みになると真っ先に化学準備室に向かう。
【ん?また来たのか。今度はどうした?】
・ここでお昼食べてもいいですか?
・聞きたいことがあって……
セーブをこまめにしつつ、ここで選ぶのは上の選択肢一択だ。
おそらく下はさっき夢ちゃんが言っていたことだろう。好感度とか先生で見るらしいし。
【別にいいが……、本当にいいのか?花の女子高生が友だちや恋人じゃなくてこんな埃っぽいところで食べても】
・最上先生と食べたいんです
・ここがいいんです
うーん。上、だろうか。
【私と食べたい……か。変な生徒だな。君は。分かったあんまり構うことはできないかもしれないが、話し相手ぐらいにはなれるだろう】
「あぁ~……あぁぁぁ」
『死にかけてて草』
『これは死ぬ』
「いや、それもあるチュンけどこの先生と恋人になれないんだなぁって考えるとすごい虚無に襲われてるチュン」
最初は少しの好きぐらいだった感情が、爆発していくのを感じる。
推し、という言葉がここまでしっくりきて、そんな推しを追いかけたいのも確かなのに手が動かない。
その結末に打ちひしがれてしまうなら、いっそここで終わらせたほうが良いような考えに襲われる。
きっと雪村 寧々ならここでやめていた。だけど今の私は、下切 雀だ。
一配信者としてVtuberとしてここでやめるわけにはいかない。
「ふぅ。じゃあ続きやるチュン。正直、これ以上好きになりたくないけどせめて最後は見届けるチュンよ!」
『えらい』
『偉すぎる』
私はずっと先生のもとに通い続けた。
きっと本来の楽しさはこういうことじゃないのだろうけど、今はただ先生と添い遂げたいという気持ちでいっぱいだ。
【また来たのか。冗談だよ。迷惑ってわけじゃない。今日は何を飲む?】
【君の周りには花がいっぱい集ってるのに、日陰で育つ草に視線を向けるんだね】
【大人を
【まったく君は人を見る目がないなぁ】
【また後でね】
「……ゲーム的には今日が最後の日になるチュン」
死んだ。死んでしまった。
幾たびのイベントスチルを乗り越え全敗だ。
好きが蔓延している。こんなことを言われて好きにならないはずがない。
もうこれ実質、攻略キャラじゃないか。
『おつかれw』
『途中鳴き声しかあげてなかったけど』
『大人のお姉さん好きすぎる……』
「そして残念なお知らせチュンけど、最終日は規約で画面を見せることができないチュン」
『ああ、そっか』
『かなc』
「だから畳配信か、放送切ってやることになるチュンけどどうするチュン?」
『畳で』
『畳に一票』
『畳配信きちゃあ』
「わかったチュン。じゃあ最後までチュンの断末魔を聞いててほしいチュン」
最終日は卒業式だ。
卒業式を終えると、私はそのまま先生のいる化学準備室に行く。
【待ってたよ。卒業おめでとう。珈琲でも飲むかい?】
(最上先生は、少しだけ悲しそうな顔で私を見る)
・最上先生のことが好きです。
「えっ、まじか」
選択肢は一つだけ。つまり告白イベント?じゃあ、じゃあじゃあもしかして攻略ができるってことチュンか?
えっ、でもそれなら辻褄が合わない。例え私を騙そうとしていても、あそこまでの団結力を発揮することは不可能だろう。
(私、最上先生のことが……)
画面がフラッシュアウトして、おそらく先生との最後のイベントスチルが表示される。
雀ちゃんの口を手で抑える先生の姿だ。
【それ以上はいけないよ。私たちは最後までいい教師といい生徒の模範的な関係であるべきだ】
雀ちゃんの目尻に涙が溜まっていき、とめどなく流れ落ちていく。
「ヴッ!」
【だから今日を最後に良い思い出として、この関係を終わらせよう】
(最上先生はそう言って、化学準備室を出ていく)
やがて残されたのは、先生がいなくなって涙をとめどなく流す雀ちゃんの姿だ。
だけどどこか少し、くしゃくしゃになった顔に悲しみだけではなく、喜びも混ざっているような気がして小首を傾げる。
これは解釈の余地がありそうだ。
さて、これが最後。一途に先生を思い続けた雀ちゃんの最後なら、これほど悲しくて、それでいて正しいエンドもないと思う。
「これで終わりチュンか。……すごかったチュンね」
『胸ポケット』
一言だけ書かれたコメントが目について、雀ちゃんの胸ポケットを確認する。
「まじか」
鳥肌が立った。
そこには先ほどまではなかったはずの付箋紙っぽい薄緑の紙が少しだけ顔を覗かせている。
「あああああ!!!!!なるほど!!!!!!」
先ほど先生が言っていた言葉を思い出す。
【それ以上はいけないよ。私たちは最後までいい教師といい生徒の模範的な関係であるべきだ】
【だから今日を最後に良い思い出として、この関係を終わらせよう】
最後まで模範的な関係であるべきだ。
今日を最後に、この関係を終わらせよう。
これって教師と生徒の関係を終わらせるって解釈でいいってことだよね!?
でこの付箋は連絡先ないしなんらかの紙で、雀ちゃんはそれに気づいたから表情に嬉しさが混じってた。
「はああああああ。まじであの教師まじで!!!」
こんなの攻略できないんじゃなくて、こっちが攻略される側じゃないか。
逆に複数のルートがなくてこのエンドしかないのも狙っているように思えてきた。化学アンチがいるわけじゃなくて、逆に好きすぎた結果のお助けキャラポジションなのかも……
『なになになに?????』
『気になる人はやろうね』
『これが私のカノピ』
『あっ、そういう解釈か!』
「ああ!ほんとに……」
このルートを攻略した感想としてもっとも適切なものを大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「好き!!!!!!」
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こういうの好き。
攻略してるわけじゃなくて、されてるから嘘は言ってない。
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