第22話 自覚したとて

________私は寧々が好きなのかもしれない。


好きは、手を繋ぎたいとかキスしたいとか、あと……性行為がしたいだとか。


そういうのが好きって言うらしい。


ネットで調べたら広告がいっぱい出てくるサイトに載ってた!と今時小学生でも信用しないだろう記事にドキドキさせられながら、くぐもった声をもらす。


現在の時刻は1時。普段ならベッドですやすやの時間帯だ。だけど眠れないのはこのドキドキのせいだった。


生まれて初めての恋に、ひどく舞い上がってしまっているが、それ故に色々な想像がかき立てられる。


もし告白なんかして距離ができてしまったら私は生きていける自信がない。

一応、ここは私名義の家だから寧々に気まずい思いをしてほしくないし、あとせっかくVtuberとして頑張ってる寧々に水も差したくない。


……嫌われたくない。


たぶん、全てにおいて行き着く先は恐怖だった。

この時代に普通とか普通じゃないとかはナンセンスだ。

だけどどうしてもタッパーの中で普通と表記される集団の中で、異人として扱われてしまうのも分かっている。


結局のところ、私には勇気もなければ度胸もない、さらには自信もない。


その程度の人間が、誰かを好きになってしまっていいのだろうか。


あぁ、ダメだ。思考がどんどんネガティブになってしまう。



誰かこういう時に相談に乗ってくれる人……、長月さんは論外、V関係の人も論外、同期の結衣は……この時間寝てるだろう。


ツイートンを開く。

V用のアカウントじゃなくて少し前に使ってたオタクアカウントだ。


最後に呟いたのは三ヶ月前。

好きな作品の感想を呟いて終わっている。


フォロワー数は百程度で、ツイートよりは人との会話がメインのアカウントだ。


『好きな人ができてしまった』


三ヶ月ぶりのツイート。だけど直ぐにいいねと、DMが飛んでくる。


『わんちゃんヘッド:カナタちゃんに好きな御仁が????』

『カナタ:わー!わんへさん久しぶり!』


わんちゃんヘッドさん。二年近く付き合いがあって、お話が好きで通話は苦手らしくてしたことないけどDMでよく会話する人だ。


『カナタ:うん。ちょっと迷ってて』

『わんちゃんヘッド:あー、なるほど。私でよければ話聞くけど……、通話してみる?』


通話。あんなに頑なに嫌がってたわんへさんが。


『カナタ:大丈夫なの……?』

『わんちゃんヘッド:大丈夫だよ』

『カナタ:わかった。ディスコ貼る!』


緊張してきた。

わりと付き合いがあっても結局は文章だけの関係。相手の性別すら定かじゃない状態でいつものように話せるだろうか。


「あ、あー」

ちゃんと声が出ることを確認して、通話ボタンを押す。直ぐにわんへさんが出た。


「えと、こんばんは」

「こんばんは」


……あれ?凄く聞き覚えのある声だ。その声を思い出せないまま、思考の片隅に追いやる。


「なんかちょっと恥ずかしいね。わんへです。よろしくね」

「カナタです。こちらこそよろしくね」

「えへへ。久々のカナタちゃんのツイートが好きな人ができただったからビックリしたよ」

「私もビックリで……こんな時間だけどわんへさん大丈夫?」

「うんうん!今仕事してないから大丈夫だよ」

「それは大丈夫といっていいのかどうなのか……」

「大丈夫!元同僚に養ってもらってるから」

「へー、同棲みたいな?」

「うん。同僚の女友達なんだけどメンタルやられてた時にうちにこいって言われてね。そっからずるずると、って感じ。良い友人関係は気楽でいいね」

「なるほど」


立場も環境も違うけど、私と寧々の関係みたいだ。


「でさでさ、好きな人って?」

「えと、一緒に住んでる子で……」

「へー!へー!一緒に住んでるんだ!!!!どーいう感じの流れで一緒に住むことになったの?」

「もともと幼馴染でその子が仕事辞めて、私の家が広いから一緒に住む?って感じで」

「へー!……ということは女の子?」

「えっ、な、なんで?」

「ふふふ、簡単な推理だよ。幼馴染だとしても女の子があんまり警戒心なく家に住まわせることができてる時点でたぶん女の子。しかもカナタちゃんはミニマムな女の子キャラが好きだからたぶん、身長も低い!」

「……正解です」


「あはは、ちなみにだけど私も同棲してる女友達にガチ恋してるからわりと似たもの同士だよ」


そう言って笑うわんへさん。だけど少しだけ底に溜まった泥のような感情が顔を覗かせているようにも感じた。


「すごいね……私はまだ胸張って女の子に恋してるって言えないから」

「んー?言う必要はないと思うよ。性的指向を公開して生きてかなきゃいけないってもんでもないでしょ。だから好きなものは好きでいいんだよ」

「そう、なのかな」

「うんうん。カナタちゃんが好きな子とどうなりたいとかはわかんないけど、後悔しない選択を選んでほしいな」


後悔しない選択を選んでほしい、わんへさんから紡がれたその言葉はどこか他人事で、触れてはいけないと分かっていても自然とマイクに声が乗る。


「……わんへさんは後悔しない選択を取れてる?」


「あはは、キッツイなぁカナタちゃん。言うだけなら簡単なんだよね。私はさ、気持ちを伝えずに今の安寧を取るって、一生後悔をし続ける選択を取ってるよ。それが一番楽で今だけは幸せだから」


わんへさんの声が一オクターブほど下がる。

それは気持ちを押し殺しているようで、自然と覚悟が伝わってきた。


ドキドキが収まり、自分が冷静になっているのが俯瞰的によくわかる。

ネガティブだった思考が纏まり、クリアなものとなって今は頭の中にある。


「……私はたぶん、伝えることはできないと思う。今の関係でずっと居たいから壊すような真似はしたくない。だってもし、壊してしまったらそれこそずっと後悔すると思うから」

「あぁ〜、やっぱそういう結論になっちゃうよね……つらいよ?現時点でつらい私からの忠告だ」


分かってる。だけど自覚してしまった以上、覚悟の上だ。

私は寧々が好き。だけどこの気持ちは伝えない。


私が我慢すればこの幸せな日々が続く。


それがきっと最善だ。


_________________________________________


わんちゃんヘッド……いったい誰なんだ……

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