第17話 空回り 

_________彼方の様子がおかしい。


私の身の回りのことを執拗にやりたがったり、前よりパソコンに向かってる時間が増えた。

それが原因で私たちの会話も減り、とても無機質なものが私たちの家を侵食している。


原因は分かっている。

先日、まほろちゃんのなんとかってマネージャーさんの話を聞いてから。


確か、あのマネージャーさんが言ってたのは『余計なタスクを支えてあげる』

彼方が思い描いた『支える』が今のこの状況として現れている。


まるでお手伝いさんのように、そこに労働契約のような繋がりしかないかのように、彼女は淡々と余計なタスクとやらをこなしている。


こんなことを思ってしまうのは間違っているのかもしれない。

だけど、ああ。確かに私は今、どうしようもない不快感に襲われていた。


お互いの嫌なところは思ったら直ぐに言う。それが二人の中の暗黙の了解だ。


もちろん、今も例外じゃない。

少しばかり心の準備に時間が掛かってしまったけど、大丈夫だ。


時刻は深夜1時。明日も仕事だというのに電気が隙間からもれる部屋の扉を叩いた。


「どしたの?」

目を丸くして、ブルーライトカットの眼鏡をした彼方が問いかけてくる。

控えめに言って眼鏡ちょっぴり新鮮で、すこがすぎる……

でも額には冷えシートが貼っていて、目は少し赤くなっている。


「……最近、無理しすぎだと思う」

「そうかな?」

「そう。そんなに無理しなくていいし、ご飯も私が当番の時は私がやるから、彼方はやらないで。ただでさえ、仕事してるのに」

「大丈夫だよ。これぐらい。寧々の助けになれることが一番嬉しいから寧々は心配しないで」

「でも」

「大丈夫だよ、ちゃんとわかってるから。これの編集が終わったら寝るから!このペースだったら1日に2本ぐらいあげられるかもしれないんだ。そうなったら寧々にも収入がいくしもっと登録者も」

「もういい。……おやすみ」


扉を閉めて、部屋を後にする。

廊下に出て、思わず口に出してしまった。


「なにも。何も分かってない」


結局その日、朝4時まで彼方の部屋の電気は消えることはなかった。



『面白かったです!』『更新速度早くなったのに、いつも以上に高クオリティだからすごい』『体に気を付けて毎秒投稿して』『こんだけ投稿頻度高くなると、編集してる飼い主さんが少し心配だ……』


動画の伸びが良い。

編集も字幕やカット編集だけではなく、テロップを入れてみたり、立ち絵を出してみたり、凝った編集をおこなっていて、動画として本当に面白いものに仕上がっている。


だけど……


「はい、すみません。それでは失礼します」


____彼方が倒れたのは、今日の朝だった。


徹夜明けで、いつもならする彼方が会社に行くための用意をする音が聞こえないことを疑問に思い、部屋に向かったのが午前8時30

ベッドに座って、ぼーっとフローリングの床を見つめる彼方は私が話しかけると大慌てで立ち上がり、そしてそのまま足腰の力が無くなってしまったように倒れた。


体温は38.1度。明らかな熱だ。

今は無理やり寝かせて、私から会社に連絡した。


会社の人が言うには、少し前からふらふらしたりいつもはしないミスをしたり、そういったことが少なくとも起きていたようで「有休も使ってゆっくり休んで」と伝えといてくださいと言われた。


理由は明白だ。毎日毎日遅くまで起きて、ずっと作業しているなんて狂気の沙汰だ。

仕事があるのに、そういった生活を繰り返し、その代償が今のこの状況だ。


「寧々……、心配かけてごめん」

顔を赤くした彼方の呂律のあまりまわっていない言葉。

普段なら性欲の一つや二つ、湧くのかもしれないけど今はそれどころじゃない。


「彼方。今、私のなかにある感情を教えてあげようか?」

「……うん」

「それはね。純粋な。純度100%の怒りだよ」


私は怒りに任せて手をあげることはしない、そもそも度胸もなければ力もない。

ましてやそれが彼方相手なら絶対にあり得ない選択肢の一つだ。

しかも今回のことはつまるところ、私のためだ。私のために彼方が無理をした。


無理をして、無理をし続けて、こうなってしまった。


「無理をしてるって自覚はあった?」

「……」


返答は、無言と小さな頷き。

自覚してるなら、私が言うことは一つだ。


「二度としないで。私は彼方に一歩後ろを歩いてほしいんじゃない。隣を歩いてほしいの!」

「でも……登録者は増えたしみんな喜んでくれたから」


「私は喜べない!」


カッとなった。

頭に血が昇り、叩きつけるように放った言葉は思った以上に大きな声となり、部屋に響く。


「……寧々」

「彼方が……大好きな人が無理してて誰が喜べるの?そんな無理で立てている場所に居られるわけないじゃん」

「……ごめん」

「私たちの関係は二人とは違う。あの二人はああやって上手くやっているのかもしれない。でも私たちの尺度は違うから、二人で模索しながら上手くやっていないといけない、めんどくさいかもしれないけどそれを疎かにしないで……私はカメだから、ウサギの速さには追いつけないんだ。だから彼方も休憩とって私の速度に合わせてほしい」


私はダメな人間じゃない。それはいつだって彼方が証明してくれる。

だったら私も証明してあげないといけない。彼方という人間の価値を。


「……ごめん。私だけ先走った」

「うん」


言いたいことは言った。彼方も納得してくれた。

彼方はきっともう同じことは繰り返さない……と言い切れないのは無理しいな彼方のことを知っているからちょっぴりあれだけど、当分は私の手を握って隣にいてくれるはずだ。


じゃあ次に行うのは、今まで先延ばしにされていたタスクの消化だ。

のそのそと、彼方のベッドにもぐりこむ。


「ね、寧々……?なにしてるの?」

「彼方があんまりかまってくれなかったから、それまでのツケを取り返そうと思って」

「……風邪うつるんじゃないかな」

「そんときはそんとき」


ベッドに潜り込み、彼方の手を身体をぎゅっと抱き枕代わりにするように動かす。


「満足するまで私を抱きしめてて、彼方成分が足りなさすぎて餓死する」

「えっ、えっ」


当惑しながらも、私の身体を心地よいぐらいで抱きしめてくる。

やっぱ病人は扱いやすくていい。


久々に感じる人肌に、自然と瞼が落ちてくる。


だからこの日は、自室で鳴り響くスマホの着信音には気づくことはなかった。



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