第16話 マネージャーさんは苦労人
時刻は13:30。曇天が覆いつくす空から何も落ちてこないことを願いながら、財布を無事に取り戻したまほろちゃんと一緒に、とある喫茶店に来ていた。
普段なら入らないようなオシャレな喫茶店だ。
そんな喫茶店内に置かれたアンティークな時計の針を眺めながら、どうしたものかとレモンティーの入ったカップに口をつける。
喫茶店の奥にある四人席には、沈黙が流れ続けていた。
通路側の私の真正面に座っているのは、二色さん。
見た目はメガネが似合う綺麗なお姉さんだ。神経質そうな……と、これは悪口に入るかもしれないから、几帳面そうな女性と言い換えたほうが適切だろう。
「改めて。私は、株式会社ゼロよりで、マネージャーをしております。
席を立ち、隣に一歩出て、通路側で名刺が差し出される。
お馴染みのキャラクターが描かれた名刺だ。
「頂戴いたします」と両手で受け取ると、直ぐに私も常に持ち歩いている名刺入れから名刺を取り出した。
「株式会社コレットの
名刺交換なんて最近はしないから全然慣れない。
大学時代はゼミの教授にくっついていって、色んな場所で結構な頻度でやってたから多少体が覚えてくれていたのが幸いだった。
「おぉ、大人だ……!」
まほろちゃんが感動した様子で、顔をキラキラとさせている。
願うことなら彼女が一生こちらの大人側にならないでほしい!
そのままの君でいて!
「この度は、うちのまほろがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる二色さん。
私は大慌てで、両手を体を前で左右に動かす。
「いえいえ!先ほども言いましたが迷惑なんて思っていませんから大丈夫です!」
「ですが例えプライベートであったとしても、三石まほろとして迷惑をかけてしまったのは事実なので、ご迷惑をお掛けしたお詫びとして、こちらをお受け取りください」
薄緑のいかにも高級そうな包装紙に包まれた箱を鞄から取り出し、机の上に置く。
どうやら京都の大福みたいだ。
「京都の宇治抹茶大福です。こちらお茶屋さんがやっている和菓子のお店で、とても濃厚で美味しいのでぜひ」
「ありがとうございます!」
そんなお菓子に、目を輝かせていつもより少し大きめの声でお礼を言ったのは、寧々。そういえばこの子、大福とか抹茶とか大好きだったな。
「あ。二人の名刺交換に気圧されて、自己紹介忘れてました。下切 雀です。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。うちのまほろと仲良くしていただいて、ありがとうございます」
隣でまほろちゃんが気まずそうにしている。
きっと気分は友だちにお母さんがあいさつをしているところを見るようなそんな感じだろう。
その気持ちはよくわかる。
「さて、これで当初の目的は果たせたわけですが……、みなさんはお昼はもうお済ですか?」
二色さんが表情を少し崩して、口元を綻ばせる。
「はいはい!まだです!」
まほろちゃんが元気よく答えると、二色さんがしょうがないものを見るようにまほろちゃんを見る。
なんかこの二人……いいな。
半生とかじゃなくて完全生ものなわけだから、そういう妄想を繰り広げてしまうことは、はばかられるけど、とても良い。
元気な妹としっかり者のお姉ちゃんみたいなマネージャーとまほろちゃんといった仕事上の関係だけじゃない何かを見出すのは、私の性癖故だろうか。
「じゃあ、ご飯にしましょう。ここの喫茶店は美味しいんですよ。私が奢りますので」
「わーい!」
「そんな、悪いです」
「いえ、迷惑を掛けたのもありますが、私個人としてもVが好きなのでVとそれに関わられているあなた方に
「それなら、私にも出させてください」
それなら私もマスチャする側だ。Vtuber好きとして、ここは譲るわけにはいかない。
「……分かりました。じゃあ私と明日さんの割り勘ということで」
「雀ちゃん!タダ飯だよ!」
「私は今のところ、毎日タダ飯だけどね」
状況が半歩違えばブラックジョークになりそうなことを寧々が呟くと、二色さんが目を丸くした。
「雀さんは専業Vtuberの方なんですか?」
「はい。仕事辞めて彼方の家に転がり込んだので今のところ実質無職です、ね」
「なるほど。最近、収益化が可能になったというお話は聞きました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「確か、明日さんが動画を編集なさっているとか」
「はい。といってもあんまり凝った編集ができているかというとそうでもないですが。手抜きなときは字幕とカット編集ぐらいしか入れてない場合もありますし」
「いえ、それでもほぼ毎日投稿を行っているので、それはすごいことです。文字通り、Vtuberである雀さんの存在は明日さんの尽力があってこそだと思います」
「そんな」
「彼方照れてる」
やばい。はずい……それに嬉しい。
こうやって面と向かって、褒められるとめちゃくちゃ嬉しいんだけど、それ以上に恥ずかしい。いい大人が照れる姿なんて誰得なんだって感じだけど。
「そ、それはそうと!二色さんはマネージャーをやってて気を付けてることとか何かあるんですか?」
「あ、話逸らした」
「ふふっ、そうですね。例えば」
___ぐぅぅぅぅ。
腹の虫が抗議の声をあげる音が響く。
音の出どころに視線を向けると、まほろちゃんが少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら笑っている。
「話の前にとりあえずご飯頼みましょうか」
二色さんの言葉に、まほろちゃんはメニューを手に取って、店員さんに声を掛けた。
______________________________________
___美味しい!
特製ランチという、ハンバーグやエビフライといったお子様ランチの定番メニューたちが乗った料理を美味しそうに頬張るまほろちゃん。
寧々は熱々の鉄板ミートスパゲティに粉チーズを大量にかけて食べている。
二人とも身長が小さめなこともあって、とても微笑ましい光景になっている。
「さて、気を付けてることでしたね。そうですね、私は主に配信者側のメンタルに気を付けています」
「メンタルですか?」
「はい。配信というのにはリスクがつきものだと考えていまして、それこそ何気ない一言で炎上したり、どうしても心ない暴言を書き込む者がいるのはある種、仕方がないことだと私は思っているんです。だから私たちに出来るのは配信者のメンタルに気を付けていつでも適切なサポートを行い、彼女たちが楽しく配信を行えるようにすることだと思います」
炎上……
考えたくはないことだけど、炎上してしまうと鬼の首を取ったようにコメントが荒れるのは幾度となく見てきた。
擁護に批判、様々な憶測など炎が巡り巡って鎮火されるまでには時間を要する。
もし、そうなったときに私はどんなサポートをしてあげられるだろうか。
顔を青くして考え込んでいると、膝の上に置いた手に寧々の手が重ねられる。
「少なくとも、自分が100悪い炎上だけはするつもりないから安心して。燃えるときは擁護と言い訳の余地は残すようにするから」
「出来れば燃えないでほしいんだけどなぁ」
「そう言い切れる配信者は強くていいですね。ですがまほろや雀さんみたいに強い人間ばかりじゃないので、私たちみたいなのが必要なんです」
「二色さんは例えばどんなサポートを?」
「それ以上は、情報漏洩にあたる可能性があるので控えさせていただきます」
「あっ、すみません」
「まぁ、当たり前のことだけ言うとすればスケジュール組みなどですね。配信に集中してもらうために不必要なタスクを支えてあげるのが私のマネジメントなので」
……なるほど。配信者としての不要なタスクを支えてあげる。
「すみません。ありがとうございます。勉強になりました」
「いえ、私たちも冷めないうちに食べましょうか」
やっぱり今日、来てよかった。
これからの道が少しだけ広がったような気がした。
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「今日はありがとうございました!また遊びましょう!」
時刻は16時前。ずいぶんと喫茶店に長居してしまった。
駅でまほろちゃんが元気よく、マネージャーさんが小さく、手を振っている。
そんな二人の非対称さに思わず笑みがこみあげる。
私たちも手を振り続け、やがて二人の姿が駅にのみ込まれると、寧々が一足早く踵を返した。
「じゃ、私たちも帰ろ」
「うん」
足を踏み出すと同時に、目に届いたのは眩い光。
空に浮かぶ分厚い雲。そんな雲を貫通するかのように、光が差し込んでいた。
家路が照らされ、きらきらと光ってみえる。
今日ぐらいはいつも信じない神様なんかを、信じてあげてもいい気分だった。
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