第18話 姉がきた!

「げ」

誇張なしで5億年ぶりぐらいにつけたテレビ。ゴールデンタイムだけあって、見知った大御所から知らない芸人までたくさん映っている。

そんな中で一際目立つ美人が、楽しそうに話をしている。


日本で三本の指に入る国立大学を卒業し、舞台だけではなく小説家としても活躍する天才女優の茶々ちゃちゃさん。


本名は……


「あっ、お姉ちゃん」

風呂上がりの寧々が目を丸くして呟く。


本名は雪村ゆきむら 長月ながつき。寧々の実の姉だ。


ちなみにだが


___ピンポーン。

滅多に鳴らないインターホンが鳴る。

頭の中では既に警鐘が鳴り響いていた。


「……寧々がお姉ちゃんって呼んだから」

「えっ、さすがに違うでしょ……あっ」

「何か心当たりがある感じ?」

「そういえば電話きてたなぁって」

「終わりだ……」


モニターの前に行くとインターホンを鳴らした主が八重歯を見せつけるように笑っていた。それに対して、私が行える反応は、ただ重いため息をつくだけ。


そう、さっきの話に戻るがちなみに言うと彼女は、私と絶対に相容れない人間である。

その理由は明白で、彼女が口を開くと同時に分かることだ。


「何しにきたんですか?」

「えっ?性悪に捕まってる愛しの妹を取り返しにきたに決まってるだろ」


インターホンを押したのは、やはり私のことが大嫌いで、ドのつくシスコンの寧々の実姉だった。


______________________________________


机を挟む、私と寧々を抱きかかえるようにして座る長月さん。


その容姿は、寧々をそのまま成長させて少しばかり顔つきが大人びたという感じで、血の繋がりを強く感じさせる。


「寧々、大丈夫?あんなやつと一緒にいてキズモノにされてない?」

「彼方はそんなことしないよ」

「駄目だよ!騙されちゃ!あの顔で色んな女をとっかえひっかえしてきたんだから!」

「してないよ」


口調が自然と強くなる。

残念だけど、この砕け切ったやり取りがこの人との平常運転になっている。それは多少、月日が空いても変わらないようだ。


「……そろそろ話してほしいんだけど。わざわざ何をしに私たち・・・の家に?」

「さっき言ったよね?理解力が乏しいのかな?妹を取り返しにきたんだよ」


「人を挟んでバチバチやめて」


いつもよりツンとした寧々の言葉に、お互い顔を見合せて、冷静になろうと努めるが、何年もかけて築き上げられてきた相容れないという事実を無くすことはできない。


両親と違い、寧々の兄と姉は寧々のことが大好きだ。

上の二人が成熟し始めた中学三年生ぐらいから二人は、寧々のことを愛してやまなくなった。

寧々の家庭での境遇に対する同情もあったと思うが、私の目から見て、彼ら三人は間違いなく家族だった。


だけどその愛が行き過ぎた結果がこれ……

兄のほうはそうでもないけど、姉のほうは私のことを目の敵にしている。


「じゃあ、まず一人ずつ言い分を聞くからまずお姉ちゃん」

「妹が軟禁されてるから助けにきた」

「うん、まず認知が歪んでるね。次、彼方」

「本性をSNSに流したい」

「マジでダメなやつ」


流石にそこまではやらないけど、この人に煮え湯を飲まされてきた人生だ。多少の仕返しはいつかしてやりたい。


「お姉ちゃん、私は自分の意志で彼方の家にいるから」

「ストックホルム症候群だ……!」

「違うから」


寧々のことになると一気にポンコツ化する長月さん。

今となっては珍しい、テレビのなかパラレルワールドの姿とは正反対だ。


「そもそも、長月さんも冬生ふゆきさんも、実家から出ていかなければ寧々もここにいることはなかったような気がしますけど」

「そ、それはさぁ!違うじゃん。私たちも嫌いな人間と一緒に居たくないんだよ。だからあれこれ理由つけて出ていったし寧々には……お前がいるから大丈夫だと思ってたし」


だんだん尻すぼみになっていく言葉。その言葉に含まれている後悔も嫌悪も本物だと知っている。


「だけどそれなら今更、難癖つけるのは間違ってないですか?」


本物だと知ってるけど追及はする。

そもそも、喧嘩を吹っかけてきたのは長月さんだ。

それが寧々に会うために私の家にくる言い訳や建前・・・・・・だとしても、この人の弱みはとことん追求したいのは私たちがこういう関係だから、としか言いようがない。


「うるせ~!しらね~!私が法だ~!」

「めちゃくちゃ言うとる……寧々、この人どうにかして」

「いつものこと」

「うぐぐ、てかてかてか!寧々が仕事辞めるまでしんどい思いしてたのに、お前は何してたんですかぁ!?寧々が彼方に相談できなかったって言ってたぞー!」

「うっ」


確かに、慣れない仕事のなかで、少し、いや、結構寧々のことをぞんざいに扱ってしまったのは否定することができない。

だから寧々は私に遠慮して、相談できなかったというのは百里ある。


「あれはお互い悪くなかった。しょうがない」

「寧々……」

「いちゃいちゃすんな!ったく少しでも目を離せばいちゃいちゃいちゃいちゃと……。まあ、でもそんな調子なら上手くやってんのね」

「うん。楽しくやってる」

「ダメそうなら今すぐ私の家に連れて帰ろうと思ったけどそれならまあ、及第点ぐらいはあげてやろう。彼方、うちの妹泣かせたら私のすべてを使って地獄に落とすからな」

「……それは勘弁してほしいですね」

「じゃあ、今日は帰るけどちょっとこいつ借りるよ」

「うん」

「えっ、ちょっ」


長月さんに腕を引っ張られて、玄関の外まで連れていかれる。

部屋着だから寒いことこのうえない。


しばらく黙っていた長月さんは、やがて白い息と共に声を出した。


「お前ら、結婚すんの?」

「は!?!?!?おまっ、は!?!?!?」

「声でか」


突然、爆発物を放り投げてきた長月さんに驚き、何も言えなくなる。


結婚。結婚ってなんだ。

第一、友だち同士だぞ。今までヤマシイことなんて何もしてないし、何も起きる予定なんてないし、そもそも友だちで同性なんだから結婚どうこうはおかしいというか、てかてかてか付き合ってもないし、付き合うこともないし、あー!もう意味わからん!


「……からかわないでください」

なんとか絞り出した言葉に、長月さんは大きくため息をついた。


「重病だな。お前も寧々も……はぁ。まあいいや。なんかあったら連絡しろ。寧々関連ならだいたいのことは叶えてやる。あと最近、マスコミがうるさくなってきたから偶に家に行く避難するかもしれないことはあらかじめ言っとく」

「まあ、それぐらいなら別にいいですけど」


「じゃあ、帰るからくれぐれも寧々のことをよろしくな」

「はいはい」


長月さんはポケットに手を突っ込み、「さむさむっ」と呟きながらエレベーターへ向かっていく。

一応は客人だ。私も最低限エレベーターの前までは見送りには行く。

やがてエレベーターに乗った長月さんはにやりと笑う。


嫌な予感がする。しかも経験上、この嫌な予感は確実に当たる。


「じゃあな、飼い主さん・・・・・

「えっ」


エレベーターの扉が閉まる。


私は最後の最後に落とされた特大の爆弾を受け止めることができず、ただただ呆然と眺めることしかできなかった。


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二面性がある口の悪いお姉さんはお好きですか?

次回は配信回です。

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