第11話 独占欲
___ダメだ。これはダメなやつだ。
家の前で、鍵を片手に息を整えて、ただただ無心になる。
ポケットのスマホには『独占欲 うざい』『独占欲 重い』『独占欲 嫌われる』といった大量の検索履歴。
結果は惨敗で、それが当たり前のことのようにネガティブなことしか書かれていない。
___最近、寧々にたくさんの友だちができた。
ゲーム繋がりで話す人も多くなってきたし、それは喜ばしいことで、きっとそうで。
喜ばしいことであるはずなのに、私は素直に喜ぶことができないでいた。
寧々には私だけを見ていてほしい、なんて濁りきった気持ちの悪い欲望が確かに私の中には存在していて、世間では独占欲と表現されるソレに嫌悪感を抱く。
寧々の一番の親友であるという積み重ねてきた自負があって、だから寧々が私よりも誰かを優先しているように感じると、一気に嫌なものがこみ上げてくる。
そうだ。私は嫉妬している。
まほろちゃんや他の人に。
寧々の好きなゲームジャンルで、私は寧々と対等にプレイすることができない。
だから対等にプレイできる彼らにひどく嫉妬しているんだ。
私の優先順位が常に1位じゃないと納得できないなんて、駄々をこねる子どもか私は。
帰って寧々にどんな顔向ければいいのか……
「あぁぁぁぁ……」
喉を締め付けるようなガラガラした声が漏れてしまう。
唐突にフラッシュバックする苦い思い出のような、嫌な感覚がずっと煮凝りのように心の奥底で固まっている。
ゆっくりと鍵穴を回す。
手首に掛けた腕時計の秒針が進むのと同じ速度でゆっくりと鍵穴は回り、やがてガチャンと、いつもより小さな音が響いた。
「おかえり」
「うぇっ」
扉を開けると、ピンクのモフモフしたパジャマを着た寧々が「よっ」と小さく手をあげる。
心の準備もできない状態での登場に、変な声が漏れ出てしまう。
「どしたの?」
「いや、な、なんでもないよ!あはは」
「そんなわけない」
「えっと……」
「朝も暗い顔してたし、絶対なんかあった」
くっ、長い付き合いが憎い!
私も寧々になんかあれば直ぐにわかる自信があるけど、それはもちろん、逆もしかりで……だけどちょっとだけ嫌な何かが消えたような気がした。
「ありがと。でも大丈夫だよ、ご飯つくるね」
「大丈夫。もう作ってるから」
「えっ、今日は私が当番なんだけど……」
「わたしがしたかったから作っただけ。ほらお風呂入ってきて」
「……ありがと」
ぽいっ、と愛用してるお風呂でスマホが安全に見れる防水ケースを渡してきて、そのままリビングのほうへ小走りで向かう寧々。
まだお風呂に入ってもいないのに身体と心がポカポカとするのは感じながらそのままお風呂へ向かった。
薄い化粧をクレンジングクリームで落とし、浴槽のお湯をすくった風呂桶で洗い流ししていると、突然浴槽の扉が開く。
「うぇっ、ね、寧々!?」
そこには高校のジャージを着た寧々が立っている。
「背中流しにきた」
「にゃっ!?バカなの!?私もおかしかったけど寧々のほうが一段とおかしいよ!?」
素直な嬉しいから一気に跳ね上がって、過剰なお世話になってしまった。
「うぅ……失敗。着替え、ここに置いとくね」
そう呟いて、寧々が浴室から出ていく。
はじめてかもしれない寧々の行動でここまで理解ができないのは。
お風呂からあがると、下着とパジャマが置いてあって、着替えてリビングへ向かう。
すると当たり前のように机にはアルコール度数の高いチューハイのロング缶が置いてあって、寧々の得意料理であるビーフシチューとスライスされてチーズがたんまりのったパンが置かれている。
「ありがと。でもさっきはほんとどうしたの?私もそうだったかもだけど寧々もおかしいよ?」
「……彼方があんな顔見せるの、久々だったから。すごく、すごく嫌だった」
「あー、うん。ごめん」
そんなにひどい顔していたかな?いや、していたんだろう。
たぶん、自分が思っているよりだいぶ、キテた。
その理由が一緒に住んでいる幼馴染で、友人で、しかも同性に向けた独占欲だと思うと、恥ずかしいったらありゃしない。
分かりきった負の感情を検索して探してしまうのは、きっとそれだけ心に余裕がなかった証拠で、それが顔にも出ていたんだろう。
「……心配かけてごめんね。本当になんでもないくだらないことだから」
「くだらなくなんかない。これ言ったら、重いとか思われるかもしれないけど……私は彼方になんでも共有してほしい。嫌なことも、もちろん良いことも全部、些細なことでも……誰と話したとかも何をしたとかも、全部、全部知っておきたい」
……もしかして寧々のほうが私よりも重い?
普通だったらドン引きしてしまうような発言だと思う。
だけどそれ以上に嬉しくなってしまう残念な私がここに居た。
「あっはは、重いね」
「うっ、それは!……自覚してる……」
「私もさ、重い女なんだ。寧々が昨日、まほろちゃんと一緒にゲームしたでしょ?」
「? うん」
「あれにさ、ちょっと独占欲がわいちゃった。私、思ったよりも子どもだったみたいで、寧々には私を常に優先してほしいみたいな独占欲が心の奥にあったみたいなんだ……気持ち悪いでしょ?」
「そんなことない。私は、そう思ってくれて嬉しい……。でもVtuberやってるから常に彼方を優先することはできないと思う」
「うん」
「だから独占したいときは言って、しっかり何時間でも何日でも彼方に独占させてあげるから」
「……分かった」
プシュッ。
ロング缶を開けて、一気に呷る。
CMさながらに喉を鳴らし、そのまま両手を広げて、小さい身体をぎゅっと後ろから抱きしめる。
こんなこと、素面で出来るわけがない。
「えっと、彼方?」
「じゃあ、独占させて。今から寝るまで」
我ながら恥ずかしいセリフを言っている気がするけど、アルコールが入った私は無敵だ。
腕の中では顔を真っ赤にした寧々が小さな抵抗を見せている。
ぽわぽわしてきた頭で、最後に記憶している思考は、寧々をどう困らせてやろうか、だけだった。
______________________________________
激重感情VS激重感情 激重感情の勝ち。
寧々は自覚してるタイプの激重感情で、彼方は自覚してないタイプの激重感情。
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