閑話 独占欲のその後
___よっぱらいはきらい。
初めてそう感じたのは小学校のいくつの時だっただろう。
酔った親に、2時間以上ずっと説教されたことが原因だったと思う。
支離滅裂で、大きい声を出したほうが勝ちだと思ってるような、そんな酔っ払いが大嫌いだった。
今はどうだろうか。
ある程度、世界の摂理を理解し、アルコールが悪いわけではなく、酔う側に問題があるんだと気づかせてくれた今現在なら私は酔っ払いのことを好意的に見ることができるか否かと問われると、それもまた否だ。
酔っ払いは嫌いだ。
口から漂うアルコールの臭いもそのめんどくささも。
だけどどうしても、彼女の酔う姿だけは嫌いになれなかった。
「ね~ね~」
呼び止められているのか、それとも名前を呼ばれているのかわからない抑揚の付け方で彼方がぎゅっとハグをしてくる。
顔は赤くて、空になったロング缶2つが彼方が酔っていることを明らかにしている。
「なに?」
「ちょっと太った?」
「殴っていい?」
あぐらをかき、私を乗せた彼方が、後ろからお腹辺りをぷにぷにと両手でもんでくる。
確かに動いてないから少し太ったかもしれない。
「もっと丸々してくれてもいいんだよ?」
「ダメ。彼方の隣に立てなくなる」
「えー、まぁでも寧々は昔から折れそうなぐらい華奢だからもうちょっと肉がついたほうがいいと思うなぁ」
お腹や太ももを触りながら、彼方の酒臭い息が鼻をくすぐる。
不快な臭いだ。だけどそれが彼方のものだと思うと引き剥がす気にはなれなかった。
アルコールの臭いに当てられたのか、体が熱い。
「ねぇ、彼方」
「なぁに?」
「彼方はファーストキスって覚えてる?」
「ふぁーすときす……?そんなのしたことないよ?」
そう答えることは知っている。
だって覚えてないのは知っていたから。
蘇る感覚に、小さく唇を撫でて息を吐く。
彼方はいつかきっと、本当に好きな人とキスをして、幸せを噛み締める。
あの時の私と同じように。
そんな未来に私みたいな不純物との記憶は必要ない。
自虐にも似た嘔吐感が一気にお腹の奥から込み上がる。
彼方が私のことを大切に思っていることなんて私が一番わかってる。
それでもいつかのために、この生活を楽しかったといつか思い出してもらえるように、私は彼方の親友の寧々であり続けなければならない。
____なんだか無性に泣きたくなった。
「寧々、泣いてるの?」
「んーん、泣いてないよ」
「でも泣きそうな顔してる」
「それは……」
「ほらこっち向いて」
彼方の手が、両脇に差し込まれて「よいしょ」と彼方の顔が目の前にやってくる。
綺麗な顔だ。
テレビに映ってるどのアイドルよりも、どの女優よりも綺麗で、私なんかには手の届かない宝石。
少し、少しでも顔を動かしてしまえば艶っぽい唇に触れられてしまう。
こんな特等席でそんな宝石を見られるんだから、私は幸せ者だ。
「寧々、そんな寂しそうな顔しないで」
「そんな顔……」「してるよ」
彼方は頭の上に手を乗せて撫でてくれる。
わしゃわしゃと。でも決して雑ではなく、心地いい。
「寧々、好きだよ」
その好きは、決して私のものとは交わらない好きなのに、それでも嬉しくなって、小躍りしたくなる。
でも、ずるい私は。こらえることが苦手な私は、今日も、今回も、酔っぱらった彼方にお願いしてしまう。
「じゃあ、キス……して?」
「きす……」
少し考えるように首を傾げるのも、もう見慣れてしまった。
やがて「うん」と小さく頷くと、そのまま顔がゆっくりと近づいてくる。
どうか。どうかずるい私を許してください。
何度目かも分からないキスは、やっぱりお酒くさくて、泣きたくなるような味がした。
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独りよがりのキスはいつもお酒の味がする。
ねねかなキスカウント『7』
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