第7話 デート回?
猫神様と雀のコラボの成功は約束されていたといって過言ではないだろう。
視聴回数30万 高評価5037 低評価31
約3時間のゲーム配信は、朝には急上昇に入るほど伸びている。
ゲームの上手さはもちろん、二人の軽快な掛け合いは視聴者の心をぐっと掴んだようで、たくさんのポジティブな感想コメントがついている。
放送中に決まった二人のコンビタグ『#雀、猫をつつく』でファンアートや感想などが呟かれているおかげで、トレンド入りまでしてしまった。
登録者数も鰻登り、高評価や切り抜きも多くあげられている。
ふへへ。
思わず顔がにやける。
だけどスマホの画面にうつつを抜かしていた私を、どうやら彼女は気に入らなかったらしい。
小さな手で、ほっぺたが引っ張られる。
「いふぁい」
スマホ片手に、抗議の声をあげるがそんなもん知ったもんかと寧々はじとーっと目を細めて、非難の目を向けてくる。
しょうがない。スマホをしまうと、寧々は満足したように手を離した。
「どしたの?」
「デート中にスマホばっかみてるのはきらわれる」
「え、これデートだったの?」
「女と女が出掛けるのはデートで間違いない」
「そうかなぁ」
「そう」
今日は寧々と久々に外にきていた。
寧々風に言うとデートらしいけど……
はたしてスーパーに食材の買い出しに行くのはデートなのだろうか?
午後1時。
私たちは、一駅離れた大きなスーパーに行くために電車に乗っている。
休日だけど人もそんなに多くなく、二人が悠々と周囲の目を気にしないで座れるぐらいには空いている。
はぁ、電車温かい。
窓を開けただけでも心が折れかける二月の気温。出勤も退勤も、家に着くまでの間、私を癒してくれるのは電車だった。
だけどそんな温かさは長くは続かない。
一駅というあまりにも短い道のりは、駅員の声となって終了を知らせてくる。
「ほら、行くよ」
駄々をこねるように、減速する電車の窓を睨みつけていると寧々がもこもこの手袋を差し出してくる。
「あい……」
沈む声で小さく返事をした。
「太陽もっと頑張って……」
「寒がりにも程がある」
空は快晴。だけど寒さは変わらない。
絶対、太陽のやつサボってる。
夏、頑張ったからいいっしょ?とへらへら笑う太陽の顔が見えるようだ。
最近の太陽は少し軟弱なんじゃないだろうか?
SNSで太陽のあることないこと書き込んで炎上させてしまえば、もっとあったかくなるのだろうか。
無意味な自問自答を繰り返し、白い息を吐きだす。
寧々に手を引かれ、錆びたブリキの人形のような足取りで駅から踏み出そうとすると、ふと何かを忘れているような気がして口を開こうとする。
おそらくそれは、買う予定の何かで、家に帰ってから気づくタイプのヒューマンエラー。
だけど、その言葉は視界の隅に映る見知った陰によって遮られた。
錆びたブリキの人形が快活に前に出て、寧々を後ろに下がらせる。
「あら、彼方ちゃん?」
「……お久しぶりです。おばさん」
雪村……確か下の名前は
寧々の実の母親がそこにはいた。
たぶん、寧々の存在には気づかれてない。
方向的におばさんもまたスーパーへ向かう途中だったのだろう。それが運悪く振り向いてしまったというわけだ。
ふふん。いち早く、寧々を背後に隠した私のファインプレーといっても過言ではないだろう。
「彼方ちゃんも買い物?」
「はい」
「そうなのね。……ねぇ、彼方ちゃん。寧々がどこにいるか知ってる?引っ越ししてからまったく連絡取れなくなっちゃって。しかもいつの間にか仕事も辞めてたらしいのよ」
「そうですか」
悪いことなんて、私はしてないのになんか誘拐犯みたいな心境だ。
お宅の娘さんは私の家で預かってますよ、なんてドラマでしか見たことないようなセリフが吐けるまたとないチャンスかもしれない。
「ほんと、あの子がどこかで迷惑かけてないか不安で。お姉ちゃん、お兄ちゃんと違って、あの子は
うっさい、ばーかばーか!
思わず口に出してしまいそうな罵詈雑言を手を強く握りしめることで我慢する。
そうやって、何年もずっと寧々を蝕んできた言葉を吐く目の前の人間は昔と何ら変わっちゃいない。ただ摂理に従って年を食っただけの人間だ。
寧々の敵で、私の敵だ。
急ぎ足になる鼓動を抑えるために息を吐きだす。
そうして今までの鬱憤を言の葉に乗せて、小さく紡いだ。
「寧々は良い子です。努力できる子です。得意なものもたくさんあります。決して、ダメなんかじゃありません」
淡々と。決して激情に身を任せずに。
私の本心は、目の前の人間に届くことはないのかもしれない。
でも、後ろで私のコートの裾を握る親友には届いてくれたようだ。
「そ、そう。彼方ちゃんが言うならそうなのかもしれないわね……じゃ、じゃあ」
なんだこいつ、という目を向けておばさんがスーパーへ向かう。
現代に決闘文化がなくてよかったな!ばーかばーか!
さて……
スーパーには時間を置いて行くしかないかぁ。
鉢合わせは勘弁だ。
後ろを振り向くと、目尻に涙を溜めて鼻の頭よりも顔を真っ赤にした少女が俯きがちにそこにいる。
ふと、良いセリフを思いついた。
寧々が言っていたことを思い出しながら、口角をあげる。
「お昼だけどスーパーのフードコートは使えなさそうだし、ちょっと遠出して食べにいかない?」
「えっと……」
「デートなんでしょ?」
悪戯気に笑いかけると、寧々は顔をさらに赤くして、ぱたぱたとペンギンのように太ももを叩いたと思うとそのまましゃがみこんでしまった。
「彼方は……ずるすぎる」
「ははっ。じゃあ行こうか」
どうやらペンギンは肯定してくれたようだ。
手を差し出し、寧々を立たせるとそのまま来た道を戻る。
だけど向かうのは、家ではなく、もっと向こう。
嫌なことを全部洗い流してくれるお昼ご飯を思い浮かべながら、私たちはホームへと向かった。
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