第6話 アビスコールを遊びつくせ(後編)
「え、えー、ほ、本日はお日柄もよく……」
「あはは、もう夜にゃけどね」
「ガチガチじゃん」
推しに認知されたくない日本代表であった私は、どうやら引退のようだ。
「こんばんにゃ。飼い主さん」
「こんばんはです……!」
「にゃはは、そんな緊張しなくていいにゃよ」
「いや、そうは言われてもですね……無印の時から、virtual gamersの時代からファンだったんで……ちょっと心臓が痛いレベルでやばいというか……」
「そうなのかにゃ!?ありがとうにゃ!」
「はい……紗雪ちゃんが大好きでそっからVGのファンになったので」
「あ、雪ちゃんのファンかにゃ?卒業して結構経つから雪ちゃんの話聞くの久々にゃ」
びくりと肩が跳ねる。
思わず口に出してしまったけど、紗雪ちゃんは卒業した身、何か確執があったりしたら地雷を踏み抜いたことになるんじゃないだろうか。
訂正しようと口を開こうとするが、それだけはできなかった。
紗雪ちゃんと画面越しとはいえ過ごした時間は間違いなく宝物で、それを否定することだけはしたくなかった。
「はい。紗雪ちゃんのおかげで私はVにさらにのめり込むことができたというか、あの時は紗雪ちゃんのおかげで頑張れてたみたいところあるんで」
「雪ちゃんが聞いたら喜びそうにゃね……じゃあ、あらためて猫神 雫ですにゃ。正直、V以外の人と喋るの久々で、どういうテンションでいけばいいのかわかんにゃくなってますけど今は配信中でもにゃいし普通に接することにしますにゃ」
「あはは、そうですよね。私は雀の動画編集などをしている裏方です。飼い主ともいわれてますが、呼び方はなんでもいいです」
「じゃあアスタちゃんって呼んでもいいかにゃ?」
「はい、大丈夫です」
「なんか横で聞いてるとムズムズする。何この空気感」
雀はもう完全に寧々になってる。
もう午前二時前なのもあって、配信と同じ少し高めの声を出すのを諦めているようだ。
「オフの雀ちゃんも素敵にゃね」
「ん。ありがと」
「アスタちゃん……」
急に真剣身を帯びた声を猫神様が放つ。
何か気に触っただろうか……
「はい」と答えると、小さく「かわいい」と呟く声が聞こえた。
「……さっきまで推しのオフを見られて、嬉しいのと少し複雑なのと混合した感情だったんにゃけど、今完全に嬉しいに振り切ったにゃ……オフ雀ちゃんかわいすぎる……!」
「無限にわかります!」
もし、目の前に猫神様がいればぎゅっと手を握りあっていただろう。
そう、寧々は可愛いのだ。
身長150cmの小柄な体躯で、性格も顔もクール寄りだが、人よりもちょっとお茶目で、親しい人間には愛らしい笑みを見せてくれる。
しかも声もまたそんな容姿を裏切らない少女声。
少し贔屓目で見てしまってることは否定しないけど、寧々は最高に可愛いのだ。
ったく、世の中の人間の目は節穴ばかりだと思う。
「あの……この空気キツいから、別の話に移ってもろて」
「照れてる」
「うっさい」
「にゃはは、本当に仲がいいにゃね」
猫神様は小さな笑い声をもらすと、ふと思い出したかのように声を上げた。
「そういえば雀ちゃんに一応、聞きたいことがあったのにゃ」
「ん。なに?」
「雀ちゃんは@プラスに入る気はないにゃ?」
「えと、どういうこと?」
「VGは名目上はゲーマー集団だけど、プロシーンにも最近は顔を見せるようになってるにゃ。一応、会社としてはやがてはプロゲーマーチームとしての活躍を期待してたりするのにゃ。だから今はゲームの上手い人に声を掛けたりしてる感じなのにゃ」
スカウトってやつだ!
こういうのって本当にあるんだ!
ウキウキを隠せない状態で、猫神様の話に耳を傾ける。
「給料も結構良いとは思うけど、どうするにゃ?」
「……それって雀のままでいいの?」
「にゃはは。さっき一応って言った意味にゃ。雀ちゃんのままじゃダメなのにゃ」
それって……
いわゆる転生というやつだろうか。魂をそのままに身体を別のものに移し替える。
雀じゃなくなって、別の誰かに……
確かに@プラスに入れば、知名度は今の非じゃないぐらいあがるだろう。
でも、寧々が雀じゃなくなるのは……嫌かもしれない。
下唇を噛む。
でもこれは私がどうこう言うべきことじゃない。
寧々が決めることだ。
「じゃあ、断る。まだ一か月と少しだけど、これまで積み上げてきたものを否定したくはないから」
「そっか……、まぁそう言うにゃね。分かってた……分かってたけど雀ちゃんと一緒に大会に出たかったっていうのも本音なのにゃ」
「……出ればいいと思う」
「にゃ?」
「@プラスのメンバーじゃないとダメとかじゃなければ、私は猫神様と大会に出たいし一緒にもっと遊びたい」
「雀ちゃん……うん、そうにゃよね。別にVG+じゃなくても一緒に遊べるにゃよね!」
「ん。誘ってくれればだいたい行ける。無職だし」
「にゃはは。じゃあどんどん誘っていこうと思うにゃ。……というわけで『アトレシア』のボス戦とかどうかにゃ?」
「望むところ」
悪戯っ子みたいな口調で猫神様が問いかける。寧々は自信に満ちた声で即答した。
なんかいいなこういう会話……強者感あって。
「アスタちゃんも行かないかにゃ?」
「私、あんまり上手くないですよ?」
「ゲームは楽しくやれたらいいんだにゃ!上手い下手なんて二の次にゃ」
「ふふっ、じゃあお願いします」
「そうと決まれば早速出発だにゃー!」
楽しそうな猫神様の声が響く。
いつの間にか最初に感じた緊張感は無くなっていて、猫神様と普通に話すことができた。
それどころか、友人とまではいかないけどそこそこ近い存在としてそこにいる。
嬉しいなんて本来ファンとしては思っちゃいけないことなのかもしれないけど、跳ねる心は確かに嬉しさを示していた。
雀を通して寧々だけではなく私の世界も確かに広がっている。
昔なら決して見れなかった景色。
それを見せてくれた雀には、本当に感謝している。
________ちなみにアトレシアのボスは寧々と猫神様が無双して勝てました。
もしかしてこれって寄生ですか……?
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