第13話 飼い主と雀(前編)
____夢を見た。
その女の子は、いつも元気で、誰とでも仲良くなれて、よく笑う。
そんな太陽みたいな女の子の夢。
暗くて本ばかり見ている自分とは絶対に釣り合わない。
まるで雪に埋もれた草と雪の上を走り回る兎のような……
時刻は午後21時25分。
あと5分で始まってしまう。
キリキリと痛む胃を抑えながら、胃薬を飲む。
そんな私に、寧々は呆れ顔だ。
「観念」
「うぅ……、分かってるけどぉ……」
「大丈夫。くえすちょんを読んで雑談するだけだから」
ツイートンで告知をした後に、直ぐにくえすちょんを募集した。
内容は『飼い主さんに質問したいこと』
因みに寧々が全部選んでいるから、どんな質問がくるかわからない。
それもまた恐怖を促進させている。
生まれたての小鹿以下の存在に慣り果てていると「はぁ」と小さなため息が聞こえた。
瞬間、寧々の両手が私の頬を挟み込んでくる。
「彼方」
「ひゃ、ひゃい!」
悪い子に言い聞かせるように少し強めの口調で、寧々が名前を呼ぶ。
慌てて、変な返事をしてしまった。
「前も言ったでしょ。私と彼方で『下切 雀』なの。私にはできないことがいっぱいあるけど、それを彼方が補ってくれた。彼方なしでは下切 雀はいなかった。だからもっと自信を持って、私たちは二人で、雀に命を吹きこんでいるんだよ」
「あい……」
「そこは私の言葉に感銘を受けて滂沱するべきところでは?」
「いや、なんかこれ言われるの二回目だなと思ったら、ちょっと情けなさとか色々こみあげてきちゃって」
「まあ、いいけど……そろそろ腹は括った?」
正直、まだ嫌だけどしょうがないと、気合を入れるために軽く息を吐きだす。
「うん」
「じゃ、放送開始するから、私が呼んだら出てきてね」
「分かった。ちょっと飲み物だけとってくる」
「おっけー」
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「始めたチュンよ~!」
『わこ』
『飼い主とコラボ楽しみすぎて10分前待機してた』
『上質なてぇてぇが見れる場所はここですか!?』
どこにそんな需要があるのか、始まった直後にたくさんの人が見ていることが数字として表示されている。
数は1000人近く、これが始まった直後というのだから恐ろしい……
「じゃ、さっそく飼い主さんを紹介していくチュンよ。飼い主さんどうぞチュン」
軽く手招きをする寧々に、おそるおそる近づいていく。
そして乾ききった喉から、声を出した。
「こ、こんばんは。初めまして飼い主です。雀の動画編集などを担当しています」
『ピッ』
『イメージ通りの声……シュキ』
『雀ちゃんの声聞いたあとにダウナー系のボイス聞くの心地いいんじゃ~』
コメントを目を細くして見るけど、考えていたよりは好意的なコメントばかりだ。
「今日は飼い主さんに関するくえすちょんにどんどん答えていくチュンよ!
まずはこれ!『雀ちゃんと飼い主さんはいつからの付き合いなんですか?』という質問チュン」
「えっと、いつだっけ。実際初めて話したのは幼稚園の頃で、本格的に仲良くなったのは小学校の低学年だった気がする」
『付き合いながっ!?』
『思った百倍、幼馴染で草生える』
『今いくつなんかわからんけど相当一緒にいるんやな』
「えっ、チュン的には幼稚園の時から仲良かったつもりだったチュンけど……?」
「あー、雀はそうだったかもねぇ」
『おっとぉ?』
『不穏』
『空気悪くね?』
「私さ、昔はそんなに我が強いタイプじゃなくていつも隅っこで本ばかり読んでいる子どもだったんだよ。対して雀は元気で、誰とでも仲良くなれたから、勝手につり合わないって考えて、一線引いてたんだよね」
「ああ、そんな感じだった気がするチュン」
「子ども特有のめんどくさい考え方だよ」
でも、そんな考え方を壊してくれたのも、また寧々だったんだと思う。
何度も何度もぶつかってきてくれたから、幼い私も心を開くことができた。
『てぇてぇでぶんなぐってこないで』
『尊いというか、なにこれ……真理?』
『死んだ(死んだ)』
「なるほどチュンねぇ。飼い主さんは昔からめんどくさいところあるチュンから」
「ふふっ、雀には言われたくないけどね」
「どういう意味チュンか~?」
「さてどういう意味でしょう」
二人で顔を見合わせて、笑い合う。
だがその笑い声もしっかりマイクは拾っていたようだ。
『今絶対顔見合わせて笑い合ったよね?????』
『この配信がおわったころには私はこの世にいないかもしれません』
『有識者だけどこれは営業じゃないですね』
「コメント欄がいろんな意味で阿鼻叫喚チュンねぇ……、じゃあ次の質問いくチュンよ」
『飼い主さんはVtuberデビューしないんですか?』
「しないねぇ、というより仕事もあるから今は雀を手伝うので精一杯かな」
「居候としてはとても心が痛くなるチュンね……」
「でも雀が家事してくれるし、助かってる部分もあるんだよ。家に帰っても1人より誰かいたほうが嬉しいしね」
「そういうもんチュンか?」
『わかる』
『一人暮らしはつらいもんな』
『飼い主さん、その気持ちすごいわかるぜ……』
「みんな分かってくれる?一人暮らしって最初は楽しいんだけど、慣れてくればくるほど、しんどいんだよね」
特に家事。時間に余裕がない状態の一人暮らしだとどんどん雑になっていく。
「一人暮らししたことないから分からないチュンねぇ。次の質問行くチュン」
『飼い主さんがモテているという話を聞きましたがどれぐらいモテてたんですか?』
「これちょっと分からない。第一モテてないし」
「どの口で言ってるチュンか」
『いつにも増して辛辣で草』
『雀ちゃんのマジレスwww』
「チュンが知ってる限りだと、中高だけで30は告白されてるチュン」
「えーっと、たぶん42回だったはず」
「は?」
『は?』
『やば』
『素のは?で草』
「数もやばいけど、された告白、全部覚えてるチュンか!?」
「うん。だって告白してくれた人に悪いじゃん」
誰かに想いを伝えるのは難しいものだと思う。
それを好きな人に伝えるなんて、更に。
だからちゃんとそういった気持ちを受け取ったことは覚えておきたい、なんてフッた側の私が言うのは自分勝手だろうか。
「みんなこれでモテてないとか言っているチュンよ」
『吊りましょう』
『これはギルティ』
『こういうタイプのモテ人間本当に実在するんだ……』
……どうやら戦況は劣勢らしい。
慌てて、話を逸らすために寧々が用意したくえすちょんリストから次の質問を読み上げる。
「次!次の質問行こ?えーっと」
「あっ、逃げたチュン」
『二人は喧嘩などはしたことありますか?』
「けん、か……?」
首を傾げる。記憶を掘り起こしてみるも、そんな記憶見つかりはしない。
「えっ、もしかして私たち喧嘩したことない?」
「……まずどこまでが喧嘩に値するのかよくわからない」
『そんだけ一緒にいて!?』
『仲良いのは結構だけど、それはおかしいのでは?』
確かに。
普通、他人と他人が一緒にいて、喧嘩をしないというのはありえないと思う……
何かしらで衝突は起こるものだし、お互いにお互いが友人だと思い合ってるならなおさら……
「あー、たぶん、あれが原因で喧嘩しなくなった気がするチュン」
「あれ?」
「そう、覚えてない?小学校の時、一回だけ大ゲンカしたときのこと」
小学生のころ……。
ぼんやりした陽炎のような記憶が、舞い込んでくる。
ああ、そうだった。
あれは……、今のような寒い冬の日で。
初めて寧々が泣いた日だった。
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5000文字を超えそうだったので、前後編に分けています。
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