第10話

『1月23日、三石まほろさんとコラボさせていただくことになったチュン! 

やるゲームはepex!つよつよな二人でいっぱい優勝していくチュン!』


『みんなー!明々後日の予定は空けているかい?1月23日、初の外部コラボだよー!コラボさせていただく相手はつよつよスズメこと下切 雀ちゃん!スズメちゃんのことをよく知らないって人はこの動画を見るのだ!【URL】』


まほろちゃんと雀のツイートにいいねをつけて、珈琲臭い息を吐く。


今日は水曜日。

私たち社会人は相も変わらず仕事である。


今日もまた会社のなかのカフェでVを推すために作ったアカウントをぼーっと眺めながら無駄に長い昼休みを過ごしていた。


「どうしたんすか?そんなぼーっとして」

目を丸くして珍しいものを見たという風に話しかけてくるのは、同期の柳川やながわ 結衣ゆい

小柄で小動物のように元気な子だ。

寧々が猫だとするなら結衣は小型犬だろうか。

結衣は二年制の短大卒で、私は大卒だから年齢的には私が年上になるけど、結局は同期、タメ口でいいと言っているけど、頑なに拒んでいる。


「彼方さん、最近おかしいっすよ?毎日定時で帰ってますし飲み会も断ってるし」

「いや、定時で帰るのが普通でしょ?」

「残業手当いっぱい出るから残業したいって言ってた人間から出る言葉とは思えないっすね」

「私にも色々あるんだよ~」

「まあ分かってますよこれでしょこれ」


小指を立てる結衣に冷ややかな目を向ける。

今時そういう表現する人っているんだ……という未知の存在を見る目だ。


「そんな目を向けないでほしいんすけど。まぁ、恋人できて浮かれるのもわかるんすけど彼方さんが飲み会来ないとみんな寂しいって言ってましたよ」

「ジュースしか飲まない結衣には飲み会のめんどくささはわかんないよ。てか確信してる風だけど恋人じゃないから」

「えっ!?最近、携帯見てニヤニヤしてるからてっきりそうかと」

「そんなしてた……?」


心当たりはある……というか心当たりしかない……

寧々が越してきてから、家での生活が楽しくなったのは事実だ、携帯を見ていてにやにやしていたというのならそれはきっと、雀のツイートンを見ていたから……


「それはもう、推しを眺めているときのような感じでした」

「推しねぇ……、まぁ、実際最近は色々やってるから楽しいのは確かだよ。恋人はいないけどね」

「それを聞いて安心したっす」

「安心?」


聞き返すと、ぼん、と弾けるように結衣の顔が赤くなる。


「い、いや、今のは言葉のあやと言いますかその……、ほら、彼方さんいつも楽しくなさそうでしたし、最近は楽しそうで安心したなーって、へへっ……じゃ、そ、それだけなので!」


早口でまくし立てて、そのままどこかへ走り去っていった。

なんだったんだ?


……にしても、楽しくなさそうか。

実際、少し前まで生きがいは空いた時間でVの放送見ることだけだったわけだし、映画やアニメやゲームといった趣味も忙しい日々のなかで過去に置いてきてしまった。


それこそ、ゴミ箱からはみ出た空き缶を押し込むこともできないほどの余裕のない日々。

それを変えるきっかけは、大切な幼馴染から届いた一通のチャットだった。


なんだかんだで始まった共同生活は、私の心にまぎれもない余裕をもたらしてくれた。

家事の分担はもちろん、帰ったら誰かが迎えてくれる懐かしさと嬉しさ、帰って、一人では広すぎる真っ暗な家に足を踏み入れないでいいという安心感。

怖い映画やドキュメントも一緒に見れるし、悲しいニュースは二人で慰め合うことができる。


世の人間たちがシェアハウスを勧める理由がよく分かった。

これは余裕のない人間だからこそするべきだ。


なんとなく、ツイートンを開く。

フォロワー数が何故か多い長文でオタク語りをするだけのアカウントで、今の気持ちを呟いてみた。


『最近、たのしい』

言葉に出すのは少し恥ずかしいけど、呟くぐらいならできる。

どうせ長文を連投するだけのオタクをフォローしてる人間なんて、全員私のことミュートしてるだろうし誰にも見られはしないだろう。


昼休みの終了10分前を知らせるチャイムが鳴る。

もうこんな時間か。


携帯を閉じて、ポケットに入れる。

今日は帰ったらやりたいことがたくさんある。

久々にゲームもしたいし動画の編集もしたい、あと寧々にコラボの概要とかも聞いておきたい。


まぁ、でもまずは仕事頑張らないと。


昔なら嫌だった昼休みの終わりも今はそんなに嫌じゃない。

私は、軽い足取りで自分のデスクへ向かう。


今日も定時帰宅をするために。

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