第3話

 その日は、ティアとの勉強会だった。勉強会、と言ってもティアが講師となり、僕が学生となる疑似的な学校の形成だ。この場所は――クローズドサークルというらしい――外からの流入を拒んでいる部分もあるから、それを補うために僕の勉強をティアがやっている、ということになるのだけれど。


「……はい。今日はここまでにしましょう。何か質問はありますか?」


 とは言っても勉強は週に二時間程度。勉強内容も経営に関わることが殆ど。きっとこのまま僕はボルケイノを継ぐことになるだろうから、それに備えた勉強なのだろう。

 それが、僕に取ってみれば、ただのレールに乗った人生にしか見えないわけだけれど。


「……どうかしましたか、何か質問でも?」

「いや、少し気になったんですけれど、どうして、ボルケイノは僕たちしか居ないのかな、って」

「え?」

「だって、ここに務めているのはみんなここに住んでいる人だらけですよね? ティア……さんも、シュテンもウラもリーサもここに暮らしているし」

「それが? 何も違わないじゃない」

「でも。もともと違う人間のはずですよね。どこからかやってきて、そしてどこかへと居なくなるはず」

「居なくなることを、あなたは望んでいるの?」

「そういうわけじゃ……」


 そういうわけじゃ、ない。

 けれど、思っていることはつい口に出てしまうというものだ。それは僕にとって汚点と言ってもいいのかもしれないけれど。

 ティアは叱責するように、僕をにらみつける。


「……あなたは、このボルケイノを引き継ぐための人間。だからあまり考えはしないほうがいいわよ。そんなことを言うと、脅しに聞こえるかもしれないけれど。いずれにせよ、あなたはここにずっと居続けるのだから。これは脅しではなく、そういう運命」

「運命……」


 運命、か。

 そこまで言われてしまうと、なんだか僕の存在意義って何だろうって話になってしまう。

 けれど僕にとってそれは間違いじゃない。僕にとってのその意味と、僕にとってのその価値観は相違なく、考えられるのだろうと思う。

 世界は脆く、醜くも、残酷だ。

 僕はそれをティアから何度も思い知らされるのだった。



 ◇◇◇



 授業の後はフリータイム。いつも通り本と僕の会話の時間だ。


「……ねえ、マスターは昔は人間だったの?」

『どうだろうなあ、それは思い出せぬのだよ。かつては人間だった可能性もなきにしもあらずだが、それが確定とも言い切れぬしな』

「でもただの本じゃないよね、マスターは」

『そりゃあそうだ。話すことの出来る本などどこに居ようか。そしてそれを疑わずに、どこかに売ることもせずにただ話をしているお前もまた変わった人間だということだ』

「僕……人間じゃないんだよ」

『ああ、そうだったか』


 僕は俯いた。

 僕は、ドラゴンと人間のハーフ。正確に言えば、竜人と人間のハーフだからドラゴンの血は四分の一しか入っていないことになる。


『……まあ、気にすることはないさ。人間はどう足掻こうとも人間だ。姿形が違おうとも』

「……慰めてくれるんだね、ありがとう」


 僕は彼との会話にいつも元気づけられる。

 今日も頑張ろう、明日も頑張ろうとなれる――それが彼との会話だった。


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