第2話

「……どうして、あなたは話すことが出来るんですか?」


 いつも僕とその本が話すときは、周囲に誰も居ないことを確認してから行う。

 具体的に言えば、お店の営業時間中で、なおかつ忙しくて誰も僕にかまけられない時間。

 その本と僕が話をする場所はいつも、庭の隅っこ。

 そこならば誰にも見つかることはないし、仮に見つかっても少しの時間を稼ぐことが出来るし。


『何故だろうな。気がつけば私は話すことが出来ていた。もしかしたら、私は君と話すために話すことが出来るようになったのかもしれないな』

「はは。面白いことを言うね」


 本――と言うと、ずっと怒られてしまうから、僕がつけた名前を言うと、その本に僕は『マスター』と名付けた。理由は分からない。ふと浮かんできたのがその単語で本人(本だから本本? うーん、ややこしい!)も納得してくれたからそれにしている。


『いずれにせよ、君は面白い人だ。普通ならば、喋る本など不思議な存在を気にするものでもなかろうに。最悪、珍しいものだから売り出してもおかしくはなかろうよ』

「そうかな? ……でも、僕はこんな珍しいものを手放したくないからさ。だからかもしれない」

『……ふうん。成る程ね。面白い話だ。君は、面白い人間だね。……まったく、面白い人間だ』

「でも、面白いのかなあ……。最近は、とっても暇をしているんだよ。最近なんて、あの王女様がやってこないし……」

「誰があの王女様、ですって?」


 それを聞いて僕は振り返る。

 そこに立っていたのはその王女様――ミルシアさんだった。


「ミルシアさん!」

「よっ、少年も元気してるな!」


 そう言いながら笑顔でピースサインするミルシアさん。

 確かどこかの国の女王とか言っていたけれど、忙しい時間の合間を縫ってやってきているらしい。余程ここの料理が気に入っているのだろうけれど、僕としてはそんなものよりもっと美味しいものに出会えるような気がするのだけれどなあ、と思っていた。

 そうだ、この機会だ。ちょっと聞いてみるのも良いかもしれない。


「そういえば、どうしてミルシアさんは女王なのに、ここにやってきているんですか? 正直、ミルシアさんの地位ならもっと美味しいものを食べられるような……」

「馬鹿ね。ここは見たことのない美味しいものを食べられるから、ここにやってくるのよ。それくらい分かりなさい。あなたのお母さんは天才料理人よ。人が食べたがっているものを、瞬時に把握して作ってくれるのだから。それくらい把握しておくべきよ」

「そうですかねえ……。僕に取ってみれば、苦手な料理を押しつけてくるただの母親なんですけれど」


 苦手な食べ物は絶対に残してはいけない。

 それが我が家のルールだからだ。


「……それは罰が当たるってものよ。ここの料理を残そうなんてもったいない! 何なら私が食べてあげたいくらいよ。……ま、そんなことは敵わないけれど」

「ところで、どうしてここに?」

「ちょっと少年の顔でも見ておこうかな、って。久しぶりに出会うわけだし?」

「でもいつも見に来ますよね?」

「それくらいいいのよ! それじゃあね!」


 そう言ってそそくさと店へ戻っていったミルシアさんだった。

 相変わらず忙しない人だなあ――そんなことを思いながら僕もそろそろ食事の時間だと思い、本をいつもの場所に隠して戻るのだった。


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