米羽 冴子

 俺は舗装路を通り、最奥の棟へたどり着いた。

 ドアノブを捻って開けようとするが、施錠されている。

 少し下がって助走をつけ、ドアの合わせ目に強烈な蹴りを入れてやる。鋼板のドアは呆気なく枠ごと中へと吹き飛んだ。


 待ち伏せていたチンピラが目を見開きつつ手のひらを俺に向けてかざした。既に構えていたブローニングを撃つ。額を穿たれた男がくずおれた。


「小衣! どこだ!」


 ドアを抜けた先は大型の機械を稼働させていたフロアらしい。俺の声が広い空間に反響しながら遠ざかっていく。


 古いオイルの臭いを嗅ぎながらブローニングをジャケットに戻した。

 腰のサブマシンガンを抜き、手に馴染ませる。


 右手にウージーの頼もしい重さ。

 左手にはMP5の精密な冷たさ。

 双方の感触を確かめ、地を蹴って走りだした。


 後ろに吹き飛んでいく視界に人影が映った。

 右肩越しにMP5を突き出し、駆け抜けながら引き金を引く。

 9mmパラベラム弾が男を引き裂く。血煙が上がる。

 男の放った魔法――ドでかい炎の球体――の狙いが逸れ、俺の頭上を通過。どこかで派手な爆発が聞こえた。


 物陰から新たに3人現れた。両手を俺に向けている。

 空間に氷の槍が無数に発生し、撃ち出された。


 打ち捨てられた機械の裏に急いで駆け込む。氷が金属にぶち当たる騒音。

 スピードを落とさず走り続ける。魔法使いの男どもの背後に回り込み、ウージーをフルオートで撃った。

 膝や腿を鉛玉に砕かれ、動きを止めている男たちに追撃。MP5で頭を撃ち抜く。


「てめえ、ふざけるなよ」


 怒りを噛み殺している男の声。俺は振り向き、引き金を引きながらウージーを薙ぎ払う。


 ばらまかれる弾丸は虚空を穿った――俺は顔を上に向ける。

 不自然な姿勢で空中を飛び回る背の高い男。小衣を連れていった男だ。

そいつは何かを投擲するように右手を俺に向けて振った。

 跳躍し、奴の魔法をかわす。


 コンクリートの床が砕け散った――圧縮した大気をぶつけられたのだ。

 俺は用途がわからない機械を蹴って距離を取りながら地面に足をつけ、振り向く。男に銃を持った手を振ってみせ、片側の口角を上げて笑いかける。


「風属性か。珍しいな」


「魔法の使えないクズが俺に口をきくな」


 こっちが愛想よくしているのにつれないヤツだ――俺は首を振って地面を強く蹴り、再び跳ぶ。

 宙を舞い、空を飛び回る男に接近。両手のサブマシンガンを向け発砲する。


 男が急降下。俺の銃撃を回避。

 真下から魔法を放ってくる。


 鋭く研がれた風の刃が迫ってきた。タイミングを合わせて蹴りを繰り出す。

 固められた大気の側面に踵がヒット――反動できりもみしながら落下し、地に足をつけた。


「ちょろちょろと……」


 射殺すような視線を向けてくる男。俺は困ったように笑いかけた。


「魔法が使えないんだ、ちょろちょろ逃げ回らせてくれよ」


 肌が粟立つ感覚。駆け出す。

 殺気がついてくる――大型の機械に蹴りを入れ反対側に跳躍した。

 かまいたちが大型機械に直撃し、破砕する。

 金属が引き裂かれる音を尻目に、また別の機械を蹴って飛び上がる。

空中でウージーを腰に吊って右手を空け、MP5のマガジンを落とし、新たに装填=リロード。


 背後から再度魔法使いの男に肉薄。血走った目でにらまれた。

 微笑みながら奴の着ている黒い皮のジャケットを掴み、コンクリートの床目掛けて投げ飛ばす。


「うぐぉっ!」


 鈍い音を立てて床に叩きつけられた男の脇に降り立ち、右手のウージーの銃口を突きつけた。


「小衣はどこだ?」


 背中をしたたかに打った男は痛みに顔をしかめながら上体を起こそうとする。

 奴の体の回りにある埃が揺らめいた=魔法で風を生み出そうとする兆候。

 顔面に蹴りを入れた。男が後頭部を床に打ちつける。


「意識を研ぎすませなければ魔法は使えない。なぶり殺しにされたくなきゃあ、俺の質問にとっとと答えるんだな」


 悔しさと憎悪がヤツの顔から感情の色を失わせた。彫刻のように表情が消える。


「まあまあまあまあ! 桜庭さん、負けてしまったんですの!?」


 カン高い、頭の中を引っ掻き回されるような不快な女の声が響いた。口振りからしてこいつらの仲間だろう。


「貝みてえにだんまりのこいつと話してても仕方ねえ。口が利けるんなら、あんたが出てきてくれないか?」


 俺の不遜な言いぐさに、女は更に声を高くした。


「魔法使い狩り! 小衣、あの子……。とんでもない人を連れてきたのね!」


 フロアの2階部分にはぐるりとキャットウォークが張り巡らされている。その奥から女が姿を現した。

 やや遠いが、ハッキリと顔が見えた。


 長い黒髪をまっすぐに伸ばし、上品なブラウスとスカートに身を包んで胸の前で両手を握りしめている。

 年齢がまるでわからない女だ。まるで少女のように若々しい顔だが、娼婦のように妖艶な笑顔をこちらに向けている。

 10代だと言われればそう見えるし、40代だと言われても納得できるような女。何より、目の奥にまたたいている狂気の光が俺に圧迫感を与えてくる。


「美人じゃないか。近くで話ができれば嬉しいんだがな」


 女は口に手を当て、ころころと笑った。


「魔法使い狩りに口説かれちゃったわ! ――ねえ小衣。貴女、あの人を好きになっちゃったんじゃない?」


 女の後ろから男が出てきた。金属質な音を立てる何かをひっぱっている。

 それは鎖だった。その鎖に引きずられるようにして小衣が歩いてきた。猿ぐつわを噛まされている。


「んんんんんぐー!」


「まあ、小衣。女の子がそんなによだれを垂らして呻いちゃだめよ。お下品」


 小衣に気を取られているように見えたのだろう。風使いの男が再び魔法を発動しようとしたのを感じ、俺は再度男に蹴りをくれてやる。


「目羽家のしつけには鎖と猿ぐつわを使うのか?」


 俺の言葉に女が再び笑った。


「できれば私もしたくないんですよぉ。でもぉ、この子が暴れるからぁ」


「んぐー! んんんー!」


 甘えるような猫なで声。嫌悪に身震いしそうになるのをこらえ、質問を続ける。


「魔法使い狩り、なんて色気のない呼び方はよしてくれ。俺は霧島洋太郎だ」


 女がにっこり笑う。


「これはご丁寧に。私は目羽、冴子。小衣の母親です」


「なぜこいつらチンピラグループに小衣のペットをさらわせたんだ?」


くすくす笑い。「私の夫はねぇ、魔法使いが嫌いなんですの。だから魔物を造り出して魔法使いをやっつけてもらおうと考えたんですのよ」


「それが猫の誘拐と何の関係がある?」


 哄笑。「あなた……霧島、さん?――本当にこの子の言う猫がただのペットだと考えてらっしゃるの?」


「魔物だろうな」


 髪の色にまで魔力の影響が現れるような人間は、周囲にも強い魔力を撒き散らす。

 恐らく小衣の父親か祖父が小衣に魔物をペットとして与え、魔力で更なる強化をしようと画策したのだ。

 いつも一緒にいろ、という小衣の父親の発言の意図はそれだ。


 冴子がうなずいた。


「そう。かわいいかわいいワーキャット。だから私もそのお手伝いをさせていただこうと思いましたの」


 ちぃ、ちぃ、という高い声が聞こえてくる。

 そちらに目を向けると、クレーン機械のフックから仔猫がロープで縛られて吊られていた。


「力は十分。後その仔に足りないのは……戦闘経験ですわ」


 ちぃ、という鳴き声が段々低くなってくる。

 見れば、猫の体が膨張し始めていた。


 冴子がころころ笑う。


「でも、やっぱり動物ですのね。こんなチンピラどもに呆気なく捕まっちゃうなんて……また新しいのを買ってこなくちゃ」


 俺は風使い――桜庭と呼ばれていたな――に顔を戻す。

 桜庭は目を血走らせていた。


「じゃあお前らはあの女に唆されて狂言をやったってわけか?」


 唾を吐き、歯を軋らせている。


「ワーキャットをさらえば100万と言われたんだ。俺達はそいつを好事家に売り払ってカネの二重取りをしようとした」


「欲の皮をつっぱらかせ過ぎたな。それで?」


「それをあのサイコ女に気付かれた。俺達は目羽製薬をカサにきたあの女に逆らえなかった。それで、ワーキャットを囮に目羽小衣も捕らえろという命令を受けることになったんだ」


「そいつは災難だったな」


 猫は膨張を続けている。ぶちぶちとロープの繊維がちぎれ始めている。


「なぜ小衣を危険にさらした? あんたの娘だろう」


 俺の言葉を聞いた冴子が笑うのをやめた。黒曜石のような目が俺を視線で射抜く。


「だってあの人ったら小衣のことばっかり。私の事は見てもくれないんですもの。だからちょっと……ね?」


 よくわかった。この女は、イカれてる。


「魔法使い狩りを殺したとなればそのワーキャットにもハクがつくわ。――やりなさい」


 ぶちっ、ロープの最後の抵抗を振り切り、猫が地に落ちた。

 黄色い目でこちらを脾睨している。


「ちぃ、ちぃ……チィアッ! ――ッシィィィィ……」


 既に人間大の大きさにまで成長したワーキャットは地面を引っ掻き、威嚇するように呼気を漏らしている。俺は溜め息を吐いた。


「おいおい、武術の達人みたい声じゃないか。――何がただの猫だ、小衣のやつ……」


 MP5を肩に担ぎ、前傾姿勢をとる。

『ちーちゃん』には少し痛い目を見てもらわないと大人しくなってくれそうにないな。


 猫も、冴子も。

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