ちーちゃん
10秒。
米羽製薬。表向きはただの製薬メーカーだが、黒い噂を聞いていた。
20秒。
創始者の孫、つまり小衣の祖父は魔法使いに身内を殺され、魔法使いに激しい恨みを持っているそうだ。
30秒。
魔法使いに対抗するための兵器を開発しているとの噂。眉唾だと思っていたが、
40秒。
魔法使いのチンピラども。魔法に目覚めた小衣。米羽製薬。そして、『ちーちゃん』。
50秒。
断片的な情報が組み上がり、おぼろげに輪郭を現し始めている。
……1分。頃合いだ。
俺は立ち上がり、小衣を連れていった男が飛び出していった窓を見た。
あの男、魔法使い狩りという俺の呼び名をハッタリの一言で片付けず、警戒していた。ある程度俺に関する情報を持っていると考えたほうが良さそうだ。
俺は腰に二丁吊ったサブマシンガンを抜き、両手に持って駆け出した。跳躍して窓から飛び出す。
空中で一回転して地面に降り立った。革靴で土を削りながら辺りを見回す。
広い敷地の中、一直線に舗装路が伸びている。
元はフォークリフトやクレーン車などが通行していたのであろうが今は荒れ果て、でこぼこになっていた。
一方は敷地正面の門へ。一方は奥へと向かって伸びている。
舗装路の先を見ると、比較的外壁に破損の少ない工場の棟があった。
恐らく風使いの男と小衣、そして『ちーちゃん』はあそこだろう。
歩き出そうと一歩踏み出す。と、空気のひび割れる音が無数に聞こえた。
振り仰ぐと、缶ジュース程の大きさをした水晶のように透明な鋭く尖った氷が大気中に浮かんでいる。それも数えきれないほど大量に。――そう認識した途端、氷の槍が一斉に飛来してきた。
右手のウージーと、左手に構えたMP5――H&K社の逸品。短機関銃でありながら狙撃すら可能にする精密さを誇る、かつて特殊部隊が愛用したサブマシンガン――を乱射。魔法によって生み出された氷槍を銃弾で食い破りながら疾走。でかいスチール製のゴミ缶の裏に隠れた。
氷が金属に突き刺さる耳障りな騒音を聞きつつ、再び舗装路に姿を現す。
個人差はあるが、魔法による現象を生み出せる距離は術者の体からおおよそ10メートル以内。氷野郎は付近にいる。
更に、さっき窓から飛び出した俺を視認できる場所――敵が潜んでいるのは、2ブロック先の建造物。それも、三階以上の高さだ。
氷の槍が再び飛んできたが、さっきより数が少ない。魔力が足りなくなっているのだろう。
駆け抜け、魔法の槍をかわしつつ目標へ近づく――突然足下のコンクリートが割れ、中からでかい石が隆起してきた。
魔法使いはもう1人いやがるな、と思いながら跳躍。石の魔法攻撃を回避しつつ、両手のサブマシンガンを撃ち尽くして氷槍を迎撃した。
砕けた氷の破片が舞い散り、光を乱反射している。
その煌めきの向こう――建物の三階。窓から出した顔を驚愕に歪めた男の姿を発見。
俺は空中で両手の銃を上に放り投げ、空いた手で弾装を抜き取って落とし、懐から取り出したマガジンを叩き込んで再装填=二丁同時。
落下してきたウージーとMP5をキャッチして構え、再び発砲した。標的――氷野郎。
10数発の鉛玉がヤツの顔面をズタズタに切り裂いた。
俺は空中で体勢を整え着地する。
残るは石を操る魔法使いだ。
魔法使いが魔法を発動する為には物体に触れて触媒にする必要がある。
氷、水属性の魔法使いは大気中の水分を利用することで魔法を使うことができるが、土属性の魔法は威力がある反面、地面や壁等の鉱物に触れていないと十分な力を発揮できない。
あの攻撃は地面からだった。つまり敵は地上にいる。
辺りを警戒。首筋がチリチリする気配の方角を探る。
いた。俺が飛び出した棟の外壁付近に潜んでいる。
そいつは俺に気づかれたことを察知したのか、地面から石が壁となってそそりたった。建物の外壁との間に挟まれるようにして身を隠している。
厚い石の壁は9mmでは貫けない。俺は壁を回り込むように走りだした。
地面から尖った石が飛び出してくるが、視界を遮られているためか狙いが甘い。乱立する石の森を駆け抜ける。
壁の側面に到達。中を覗き込むと、俺の顔面めがけて男がなにかを投げてきた。
ほんの小さな小石だ。しかしそれは空気入れで膨らまされるように膨張し、つららのようなトゲに変わって俺の胸に狙いを定め、飛来してきた。
体の軸をずらしつつMP5をフルオートで発砲。ぶち当たる鉛玉が石のトゲを砕くことは無かったが、飛んでくる軌道を反らすことに成功した。石槍が明後日の方向に飛び去っていく。
ウージーを向けてやると男が見構えた。壁に右手を当てている。
構わず引き金を引く――工場の外壁からコンクリートの壁がせり出し、俺の銃弾を弾き飛ばした。
俺は苦笑いで敵を賞賛しながら跳びあがって壁の上方から男を見下ろし、尚も銃撃を繰り返す。
展開した石の壁からもう一枚の石壁が出現=逆さまにしたL字型。攻撃を防がれる。
発動した魔法を触媒にして更に術を行使するのは高度な技術だ。
反射神経、術を発動する速度、多重魔法を行える技量。そして判断力。俺は心の中で男を賞賛する。
かちん。マガジン内の弾が尽きた。
その音が聞こえたのかは不明だが、魔法によって形作られた石壁にヒビが入り爆散。その破片が散弾銃のように俺へと降り注いだ。
飛来する破片を靴底で蹴り落とす。首を傾ける。腕を振って体を捻る。
曲芸師のように全てを避けきってみせると、アゴが胸にくっつきそうなほど大口を空けて間抜け面をさらしている男と目が合った。
「今の芸の代金は命でいいぜ」
地面に降り立ちつつ残弾の無くなったウージーとMP5を腰のフックに吊り、ジャケットの中からブローニングを抜き出して発砲。
石使いは間抜け面のまま脳ミソを撒き散らして地に沈んだ。
「悪いな。魔法使いにだけは負けられないんだ」
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