風使いの男
小衣はタブレットでマップアプリを起動。目的地の住所を入力した。
「見せろ」
「あっ!?」
取り上げたタブレットの画面を眺める。
どうやら向かおうとしているのは、開発途中で打ち捨てられた工業地帯らしい。
「魔物が大量発生しているところだぞ。こんなところにチンピラが潜むか?」
手からタブレットがひったくられた。おまけににらまれる。
「個人用端末を勝手に使うなんて、あんたには常識ってものがないの?」
「たかが機械じゃないか。パンツを覗いた訳でもあるまい」
さいってー、と呟いて小衣がタブレットを俺から見えない角度に隠した。
「あいつらの事情なんて知ったこっちゃないわよ。人が近寄らないんだから隠れるにはいいんでしょ」
「そういうところにはPMCが来るぞ」
「だから知らないって。弱っちいのしか行かなかったんじゃないの?」
確かに魔物狩りで金を稼ごうとするやつらは小物だ(何故か胸が痛い)。
いい装備を持っていたり、魔法が使えるようなPMCは害獣駆除などには手を出さない。割に合わないからだ。
魔物を寄せ付けない程の能力を持っているならばこの廃工場地帯は潜伏に適しているだろう。
だが、何かが引っかかる。
『ツギの交差点を左折してクダサイ』
タブレットから流れる音声に従い車を転がす。
ハンドルを握りながら『チンピラ』どものことを考え続けた。
『目的地に到着シマシタ』
廃工場の敷地に車を乗り入れ、塀と建物の間に隠して降りる。
空気を吸うと、薬品臭が鼻をついた。
「あいつらが潜んでるのはもっと奥まった棟よ。何でここで降りるの?」
小衣も降りてきた。俺は肩をすくめて見せる。
「真っ正面から車で近づいたら魔法のいい的になっちまうよ。だから建物の中を抜けていく。その棟の特徴を教えてくれ」
小衣も肩をすくめた。
「置いていく気? 当然着いていくわ」
「危険だぞ」
「あたし1人守る自信がないの?」
「お前にどのくらいのことが出来るのかさっき見ようとしたんだがな。不慮の事故でうまくいかなかったんだ」
悲しそうにうなだれてやると、小衣が腰に手を当てた。
「それはごめんなさいね。……あたしの魔法だけど、わからない」
俺はおどけて肩をすくめる。すると小衣が眉を吊り上げた。
「仕方ないでしょ! パパもおじいちゃんも魔法なんて得体の知れないものを使うんじゃないって怒るんだもの!」
「それを鵜呑みにして確かめてないって訳か? とんだ優等生だな」
「やってはみたわよ! でも、炎も氷も雷も出せなかったの!」
俺は小衣の背後に目をやった。
努めて穏やかに声をかける。
「……おい、小衣。車に乗れ」
「いやよ! 何て言われようがあたしは――」
もう間に合わない。俺は小衣を引き倒しながら左手で銃の照準を合わせる。
燃えるような赤い毛皮の犬が、耳まで裂けた口を大きく開いて飛びかかってくる。
口の端から火の粉がちろちろと漏れている。
火炎を吹く魔物、カラミティ・ドッグだ。
引き金を絞った。カラミティ・ドッグの額に黒い点が穿たれ、地面に落ちた。
まだ四肢をばたつかせている火吹き犬から離れようと小衣を引いて後退りする。
視線を感じて横を見ると、物影にもう三匹がいてこちらを見つめている。
そいつらは前足をたわめて力を溜めると、いっせいに襲いかかってきた。
「くそっ!」
俺は腰に吊ったサブマシンガン――IMIが開発した傑作、ウージーだ――を抜き、薙ぎ払いながら引き金を引く。
派手な発砲音と共に、流れるような銃口が火を吹いた。三匹の犬は血煙を撒き散らして地に落ちる。
「ちくしょう。これだけ騒いだんだ、PMCが来ていることは筒抜けになっちまったな」
小衣は俺の足元で震えている。
ウージーのマガジンを叩きだし、9mm弾を込めていく。
「ねぇ……。ちょっと気になったんだけど」
「スリーサイズは答えられない。測ったことがないからな」
「ちっがうわよ! ――あんた、魔法使いじゃないの?」
「なぜ?」
片眉を上げてやると、小衣は口をもごもごさせている。
「対魔法使いとの戦闘では最高のPMC。あたしが会ったお巡りさんはあなたをそう紹介してきたんだけど」
がしゃっ。マガジンをウージーに再装填する。
「最高かどうかは置いといて、俺が魔法使いであるかどうかが重要か?」
「当たり前でしょ! 魔法なしでどうやって魔法使いに対抗するのよ!」
ウージーを腰に吊り直し、まともに小衣の目を見た。
俺の視線に怯えたのか、小衣は自分の肩を抱いている。
「俺は魔法が嫌いだ。魔法使いはもっとな。そういうことだ」
「どういうことよ!」
質問には答えず、工場の中を見渡す。
「カラミティ・ドッグがまだいるかもしれない。注意して進もう」
歩き出す。慌てて小衣がついてきた。
「この棟もクリアだ」
「
「ノッてきたじゃないか。俺と同じ病気だな」
「高校生はまだ中二わずらっててもセーフなのよ! あんたと一緒にしないで!」
俺達は割れた窓から工場に侵入して中を通り抜け、隣接した次の棟に入り込むというやり方で敷地の奥へと向かっている。出来るだけ敵に姿を晒さないためだ。
4つ目の棟の中を調べ、敵性存在がいないことを確認して一息ついた。
「高校生?」
「高二。17歳」
「背が低いな。中学生かと思ってた」
「あんたがデカいだけよ!」
俺は細身で長身だ。後は金さえあれば女が放っておかないはずだが、世の中ままならないものだ。
「それにしてもお前、怖くないのか?」
小衣はうつむいた。
「怖いよ。でも、ちーちゃんを助けたい」
俺は煙草に火を点けた。
「猫だって言ったよな。買ってきたのか?」
俺の問いに小衣はゆるゆると首を振っている。
「去年パパが連れてきたの。いつも一緒にいろって」
「いつも? どういう意味だ」
「わからないよ。急に魔法使いになっちゃって友達が減ったあたしが可哀想だったんじゃないかと思ってるけど」
嫌な予感が胸に広がっていく。突然煙草の煙が厭わしく思え、煙草を指で弾き飛ばして踏み潰す。
「まあ俺には関係ないな。金を忘れるなよ」
その時、首筋に悪寒が走った。
飛び退きながらウージーを上方に向けて撃つ。
2階のキャットウォークに弾丸がぶち当たり、騒音を響かせた。続いて「うおっ!」という声が聞こえてくる。若い男だ。
「やれ!」
頭上から俺に向かって火炎が吹き付けてくる。更に背後から紫電が一直線に伸びてきた。
ステップを踏んでそれを避け、銃撃で返答する。
わめき声と共に男が1人落ちてきた。コンクリートに全身を打ち付けて動かなくなる。
「野っ郎ォ!」
炎の男は始末した。振り向くと、金髪(染めているのだろう、小衣に比べてくすんだ色だ)の男が手のひらを俺に向けている。こいつが電撃を放ってきたのだろう。
そいつは俺に撃たれないよう物影に身を隠した。無駄なことだ。
俺は素早く走り寄ると、脅えた金髪野郎を蹴り上げた。宙に浮いたそいつの首根っこを掴み、引き寄せて銃口を口に突きこんでやる。
うめきと唾液が漏れる口に銃弾を叩き込んだ。後頭部が破裂する。
血液を撒き散らす男を突き放して地に落とし、
振り向く。と、小衣が呆然と立っていた。
「あ……。よ、洋太郎……」
「下の名前で呼ぶなよ。俺の彼女かお前は」
軽口を叩きながら状況を観察する。
小衣の後ろに男が立ち、背中に銃を突きつけている。
その男は背が高く、長く伸びた黒髪の間から陰鬱な視線を注いでくる。
「魔法使いってのは、銃器なんてくだらねえと思ってるんじゃないのか?」
「使えるものは使うだけだ」
低く渋い声。自らが操る魔法の威力で天狗になったガキどもとはひと味違う威圧感を放っている。
「全く同感だな」
俺の言葉に男は表情を変えないまま、再び口を開いた。
「帰れ、霧島。お前とはやりあいたくねえ」
「ほう」
わざとらしく『なぜだ?』という顔をしてやると、男が目を細めた。
「魔法使い狩り。――てめえがそう名乗っている。それだけで十分だろう」
男が小衣の首に腕を回し、締め上げながら後ずさっていく。
一歩前に出ると、男は初めて大声を上げた。
「来るんじゃねえ! ……来るなよ、霧島……!」
小衣のこめかみに銃が突きつけられている。
俺は小さく舌打ちして足を止めた。
「いいか、米羽製薬はクソだ! ――わかったら帰れよ、霧島!」
男の足下に風が渦巻き、小衣と自分の体を持ち上げている。
空中で体を回すと、飛翔して開いた窓から飛び出していった。
俺は煙草に火を点ける。
煙と共に溜め息を吐き出した。
「案の定、厄ネタだったな」
地面に膝をつき、頭のなかでカウントを始めた。
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