魔法使い狩りのPMC

わしわし麺

金髪の依頼人

 がす、がすという音。

 俺の事務所のインターホンは壊れている。来客が必死に指でそのボタンを押しているのだろう。

 それは分かっているが、がすがす音に反応して開けてやるのも何だかシャクだ。

 諦めてノックしろ――その思いが通じたようだ。


「ちょっと! 居ないの!? インターホン壊れてるわよ! 居るなら返事しろーっ!」


 ドアが外れそうな程に強烈なノック。壊されちゃたまらん、慌てて玄関口に向かった。


「KPMCへようこそ」


「開けるのおっそい!」


 ドアを開けるなり俺に罵声を浴びせてきたのは、波打つような金の髪を揺らした女性――いや、まだションベンくせえな。


「お嬢ちゃん、異人さんかい? 遠いところからよく来たねえ。今飲み物を出してあげるからね」


「何で田舎のお婆ちゃんみたいな話し方なの!? それとあたしは日本人よ!」


 ツッコミ気質の女の子を席に通し、俺は戸棚から箱を取り出した。

 箱を小脇に抱えてポットからコーヒーをカップに注ぎ、金髪っ子の前に置く。


「まあ食べろよ。腹減ってるからイライラするのさ」


「……いただきます」


 反論しようと一瞬口を大きく開けたが、素直に箱に手を伸ばしている。

 俺は首元を掻いて(昨日洗ってないワイシャツから汗の臭いがした)椅子の背にもたれ、切り出した。


「それで、ご依頼は?」


 女の子は箱からおはぎを取りだし、首を傾げている。


「コーヒーにおはぎ?」


「いいから食ってみろ。思ったより合うから」


「これ、賞味期限大丈夫?」


 俺が笑って顎をしゃくると、恐る恐るおはぎを口にした。

 もぐもぐ口を動かしながらコーヒーを飲んでいる。


「思ったより合うね」


「それは良かった。それで?」


「何が?」


「依頼が有るから来たんだろう」


 思い出した、というようにテーブルを叩いて身を乗り出してくる。


「そうだ! まったりしてる場合じゃないのよ!」


 そういってテーブルの下に身を屈めると、おはぎをくわえたままバッグを漁っている。再び顔を上げたときには既におはぎは消滅していた。手品かな?


「ちーちゃんを取り返して!」


 女の子はテーブルにタブレットを置き、こちらに向けた。その画面に文字がずらっと並んでいる。俺は声に出してそれを読んだ。


「ちーちゃん。1歳。ふわふわもこもこの毛皮がキュート。好物はキャットフード。ぴょんぴょん跳ねるのが好きなやんちゃさん。……なんだこれ?」


「ちーちゃんの情報よ。必要でしょ?」


 俺は首をポキポキ鳴らした。


「えー、つまりペット探しかな?」


「ちーちゃんはペットなんかじゃないわ! 大事な家族よ!」


 重々しく腕を組む。


「どうやら勘違いしているみたいだから教えてあげよう。KPMCってのは、Kirishima Private Military Companyの略だ。つまり、民間の軍事事業を引き受ける会社なんだよ、ウチは。ペットの捜索は警察か探偵に頼みな」


 女の子も俺に対抗しているのか、腕を組んで薄い胸を張った。


「捜索は済んでるわ。ちーちゃんをさらった奴らの情報を掴んだからあなたに仕事を持ってきたのよ。霧島きりしま洋太郎ようたろう


 俺は目を見開いて椅子からずり落ちかけた。


「ど、どこで俺の名を……!?」


「インターネットに会社情報を公開してるでしょ!? 所長の顔写真も名前も! 何で驚くのよ!」


「いやあ、礼儀かなって」


 こほん、と咳払いして向き直る。


「……つまり、魔法使い絡みの仕事ってわけだな?」


「そうよ」


 金髪っ子の指がタブレットをスワイプすると、今度は画面に写真が表れた。


「こいつらがちーちゃんをさらったの」


 画面に映っているのは、爆発、炎上するビルを背に薄笑いを浮かべている3人の若い男だった。


「今、社会問題になってるもんな。『異能を手にした若者の凶悪な示威行為!』って。こいつらが魔法使いで、そんでもって君のちーちゃんをさらったって?」


「そうよ! ちーちゃんを助けて!」


 俺はタブレットを押し返した。


「本当にヤバい魔法使いはこんな風に自分の力を見せびらかさねえ。こいつらはマジにただのチンピラだ。警察に言えよ」


 女の子が立ち上がり、腰に手をあてた。


「真っ先に行ったわよ。そしたらあなたを紹介されたの。ここへ行けって」


 つまり、警察が手を出せない理由があるわけだ。


「カネは?」


「え?」


「カネだよ。当然依頼料が発生するのはわかってるよな?」


 こんなヤバそうな仕事に手を出すわけにはいかない。この世間知らずな小娘の小遣いでは払えない金額をふっかけて諦めさせてやる。


「うーん、取り敢えずキャッシュで80万円は用意したわ。足りなければ――」


 俺は鼻で笑い、テーブルを回り込んで女の子の肩を掴んだ。


「引き受けたァァァ! でも足りないから追加料金もよこせェェェ!」


「ぎゃあああーっ! 変態!」


 破裂音とともに視界がぶれ、目の奥に火花が散った。






 事務所を出て外階段を下りた。

 駐車スペースに置いた愛車のドアにキーを差し込んで捻ってロックを解除し、後部座席を開けてやった。


「どうぞ、お乗りくださいませ」


「く、クラシックな車ね」


「若いのにわかってるじゃないか。今のところ爆発したことはないから安心して乗れよ」


「爆発の危険性は感じてるのね……」


 金髪の女の子は固い表情で首を振り、助手席に乗り込んできた。


「おい、俺の女だと思われちまうぞ。そうしたい気持ちはわからんでもないが」


「ほっぺたにもみじ張り付けといて何言ってるの? 死ぬほど気持ち悪いわ、あんた。場所を案内するんだからこっちのがいいでしょ」


「もみじはお前のせいだよ……」


 ビンタで赤く腫れた頬をさすりながら車に滑り込み、エンジンをかける。

 ゆっくりアクセルを踏みつつ、セクシーな流し目をくれてやる。


「名前は?」


「メバ、サイ」


「ウイ、ボンジュール」


「外国語じゃないわよ! あたしの名前よ! 」


 俺は煙草を取り出してくわえ、火を点けた。煙を吐きながら呟く。


「変わった名前だな。……メバ?」


 やれやれといった顔の女の子。


「未成年の依頼人が横にいるのに断りもなしにタバコ? ……まあいいわ。お米の米に、羽。それに小さな衣で米羽めば小衣さい


 その名前は妙に腹をざわつかせる。煙草をふかしながら記憶を探った。


「米羽、米羽……。――米羽製薬?」


「そう。その創始者の孫があたしのお爺ちゃんよ」


 米羽製薬。テレビのCMでよく見る名だ。

 金がないとき(つまりいつも)はそこの栄養補助食品に助けられている。


「驚いた、大手の製薬メーカーじゃないか。通りで80万もポンと出せるわけだ」


「そう、お嬢様なの。だからちょっとくらいの世間知らずは多目にみなさい」


「自覚はあったのかよ。善意で教えてやるが、お前には礼儀も足りないぜ」


「あんたもね」


 小衣はきょろきょろしている。


「ナビ、どこ?」


「ミニマリストでね。地図がダッシュボードに入ってる」


「お金が無いにも程があるでしょ」


 見方がわからないのか、小衣は取り出した地図の本をひねくり回してあちこちから眺め回している。


「えーっ、いまどこよ……。うー、もー」


「髪の染めかたの前に地図の見方を学ぶべきだな」


 ばしん! 本で頭を叩かれた。


「運転者を不意討ちするのは危険だ。俺と心中することになるぞ」


「あたしの髪は染めてない。一昨年急に色が変わったの」


 穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士なのか? それとも吸血鬼の娘なのか?


「魔法使いになったの」


 合点がいった。


「なるほど。髪色変化属性の魔法使いか」


「そんな限定的な属性あったっけ!? ――違うわよ!」


 魔法使いとはここ20年くらいで人類の中に突然現れ出した、異能を持つ人間のことだ。何もないところにエネルギーを生み出し、炎や氷等を発生させる。

 生まれながらにして魔法を操る人間もいれば、小衣のように後天的に目覚める魔法使いもいる。

 武器を持たずとも非常に強い戦闘能力を持った魔法使いは、世界の軍事バランスや治安を乱した。

 強力な魔法使いを警察や軍はこぞって確保しようとしたが、当然自らの資質を悪用しようという輩も多い。政府だけでは手が回らないのだ。


 そこで、民間に業務を委託することにした。

 俺ははぐれ魔法使いを始末することを請け負ったPMC稼業で生計を立てている。


「魔法使いの中には目覚めた時に体質が変わる人間がいるらしいな。体内を流れる魔力の影響ってやつか?」


「知らないわよ。学校では友達にはやしたてられるし、先生は黒く染め直せって言ってくるし最悪よ」


「外人だと思われるしな」


「あんたにね!」


 車でぶらぶら町を流す。小衣が地図を解読するまでは目的地がわからない。

 ふと、町外れのゴミ捨て場に向かってみることにした。


「ちょっと魔法を見せてくれよ」






 進化したのは人間だけではなかった。

 動物や昆虫の中にも魔力を持って生まれてくるやつが現れた。

 そいつらは人間とは違い、姿形を変えることにご執心だったらしい。


 積み上げられたゴミ袋の隙間から薄水色の粘液が染みだしてきた。

 そのゲル状の何かは地面に溜まると、膨らんで球形になり、内側の方から二つの目玉が湧いてきた。

 魔力によって生まれた生物。スライムだ。

 ファンタジーとかゲーム好きのヤツはこういった化け物を魔物と呼んでいる。

 

 スライムの液状の体に切れ目が入り、口のように大きく開いて声を発した。


「ぷくるるる」


「あっ、かわいい」


「どこが」


 小衣は両手で口を覆い、きらきらした目でおぞましい粘性液状生物を見ている。


「不用意に近づくなよ。そいつは酸性の体液を飛ばしてくる」


「飼う」


「ダメだっつってんだろ!」


 なんだこいつは。魔物を飼うだと?

 俺は『ちーちゃん』に対して一抹の不安を覚えた。

 この小娘がどんな魔法を使えるのか見てみようと思ったが、作戦失敗だ。


「どけ。始末する」


 このゴミ捨て場が放置されているのは、スライムが大量に湧いてくるからだ。危険すぎてゴミ回収員が近寄れないのだ。

 しかし市もこのゴミを放置するわけにはいかない。こんな単細胞生物でも、始末した証拠を警察や軍に提出すれば小銭が貰える。具体的には1500円。

 ブローニングが使用する9mmパラベラム弾は特別卸価格(このままでは食っていけないと顔馴染みの警察官に泣きついたら安くしてくれた)で買っているので100発で1500円。10発で殺せば1350円の儲けだ。

 俺はジャケットの内ポケットからハンドガン――ブローニング・ハイパワー――を取りだし、銃口をスライムに向けた。


 途端、血相を変えた小衣が腕に飛びついてきた。銃口がぶれ、一瞬小衣に触れた。


「やめなさいよ! やめて!」


「あっぶねぇっ! 死にてえのか!?」


「こんなかわいい生き物を殺すなんて、この人でなし!」


「やめろ! あっ、大騒ぎすると――」


 スライムが人間の声に反応し、体を膨らませた。

 びゅっ、という音と共に黄色の液体を吐きかけてくる。

 俺は小衣を押し倒して液体を回避。背後でコンクリートが焼ける音がした。

 小衣は俺の下でもがいている。


「どきなさいよ変態! 汗臭い!」


「助けてやってんのにこのガキ……!」


 俺はうつぶせの格好のまま、片手でブローニングをスライムに向けて発砲した。

 硝煙の臭いと薬莢が舞い、破裂音が弾ける。


 ぼす、ぼす、と弾丸がスライムの体にめり込んで止まった。体内に留まっている。

 小衣が悲鳴を上げた。


「ぷくりん!」


「名前をつけんな! くそっ」


 硬い。というか柔軟性で衝撃を散らしているようだ。

 いつも俺が狩っているやつなら銃撃で体組織が破裂しているはず。

 どうやらスライムどもは小銭に飢えたPMCの連中(多分俺が一番殺ってる)に対抗するため、さらに進化したらしい。


 俺は右手で銃を撃ちながら小衣の腕を引き、立ち上がらせた。

 スライムは銃を意に介していない。鉛玉を体内に溜め込むだけだ。


「スライムはアメーバが進化した生物だ! やつらには食欲と生存欲求だけしか存在しない! 人への情など持つわけがないんだぞ!」


 必死で小衣を諭す。

 スライムは完全に俺達を敵と認識した。高音の鳴き声を上げ、仲間を呼ぼうとしている。

 いくらザコでも、複数のスライムに取り囲まれてしまえば生きて帰れる保証はない。


「ちーちゃんを助ける前に死にたいのか!? 小衣ーっ!」


 まずい。スライムが再び体を膨らませた。俺はいやいやをするように首を横に振り続けている小衣を肩の上に担ぎ上げ、地を蹴る。

 今まで俺がいた地面に酸の体液が浴びせられ、白煙を上げて溶けた。

 スライムを迂回するように背後(どっちが前だかわかりゃしねえ)に回り込むと、スライムの中に溜まった銃弾が密集している部分に向けて発砲した。

 弾丸が密集した鉛玉にぶちあたり、弾き飛ばした。


 内部で破裂するように撒き散る銃弾がスライムの体を引き裂いた。薄水色のバラバラな破片となって散乱する。


 がさ、がさ、と複数匹のスライムがゴミの間から姿を現し始めた。さっきの鳴き声で集まってきたのだろう。

 俺は小衣を担いだまま走って車に戻る。撃った弾丸の金額を計算しながら。






「ひょろっちい割に力あるのね」


「先に言うことがあるだろ」


 小衣はふてくされた様子で足をぶらぶらさせている。


「……ごめんなさい。動物を見るとああなっちゃうの」


 俺は意を決して聞いてみる。


「あー、その、だな。――『ちーちゃん』、てのは?」


「それは安心して。ただの猫よ」


 うそこけ。


「火を吐いたり魔法を使ったり酸を吐いたりするただの猫か?」


「違うわよ! ちーちー鳴くかわいい猫よ!」


「それじゃあ、どうして魔法使いのチンピラがその猫をさらうんだ? 金になるからだろ?」


「血統書つきなのよ。売れば200万円くらいにはなるわ」


 ウルトラ嘘くせえ。


「本当よ。――あたしにはお金なんてどうだっていいのに。きっとあの子、お腹空かせて泣いてるわ」


 小衣は下を向いて唇を噛んだ。

 俺はがしがしと頭を掻き、後部座席のクーラーボックスに手を伸ばして缶コーヒーを取り小衣に渡してやる。


「タブレットでマップアプリを起動しろよ」


 あっ、という顔。

 コーヒーのプルタブを開ける音が車内に響いた。

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