4コマ目 見つけたよ
わかってる。
解は明らかで、導き出すことはたやすかった。
私では力不足ですから描けません、と、丁寧に断りを入れればそれでよかった。
どれほど深く物思いにふけってしまっていたのか。影が視界に入るまで、私は人が来たことに気づかなかった。
私の影の右側、重なるかどうかのところに伸びる、もうひとつの影がある。
影がふたつ並ぶ。あるいは、寄り添うように。
私の目線は、またも床に落ちていたらしい。影を見た瞬間に、ああ、これは糸子先輩だ、と、そう思ったのは何ゆえのことか。夕陽によって伸びきったシルエット、それが誰のものかなんて、わかりようがないのに。
確信のままに顔を上げて隣を見やれば、やはりそこには、風に揺らされる長い髪を、たおやかに手で押さえる糸子先輩の姿があった。今日の風は少し気まぐれで、だいたいは向かい風だが、時折、ふっと方向を変える。
するっと、ふわっと、先輩の栗色の髪が、いたずらめいた風に乱される。瞬間と瞬間の合間、風の気まぐれによって生まれ、一瞬にも満たないで消えてしまう美を見る。きっと、私の力ではうまく切り取れない。描きたいのに。
私の望みなど
「私、自分の願いを言うばっかりで、自分勝手だったね」
「どうしてここに? 風にあたりに来たんですか? 風邪ひきますよ」
先輩の瞳、
「ううん。違う。
「優しいって、どこからそんなでたらめが」
「でも、ほら、探したら、こうして見つけたよ」
否定したくとも、実際に私は帰らなかった。好き好んで屋上で立ち尽くしていた理由も、すぐに浮かばない。ひとりになりたかったのはある、落ち込んでいる時にあえて寒さに震えたいかとなると、そういう趣味はない。
私はしっかりと先輩に目を向ける。少し、睨みつけるふうになる。
「先輩の考える私が優しいのはわかりましたけど、なんでわざわざ探すんです?」
「謝りたかったから」
向き直って、先輩もまた、私に瞳を据えた。
わかりますか。
先輩、わかりませんか。
あなたに、そうやって見つめられる私の気持ちが。
染めているはずなのに艶のある髪、乱れたことで淫靡に映える
美の結晶のような指で、涙を押さえましたか。
こうしていると、嫉妬が抑えられないんです。あなたにあって、私にはないものが多すぎる。
天上にいるかのような才能。あなたは見下ろす気はないのかもしれないけど、どうぞ下を見てください。霞むほど遠くにある地学室で、私が漫画を描いています。中学の卒業文集に書いた、『漫画家になりたい』という夢を叶えるため、律儀に地学室に通っている私がそこにいます。
あなたが前を、横を、あるいは後ろを、四方のどこに目をやっても、私の姿はないんです。
どうぞ下を見てください。
でも、自分の思いとは正反対に、私は真っ向から先輩を見つめ返してしまう。先輩は真剣な面持ちで、今までこんな表情は見たことがなかった。ふっと、やっぱり誰よりも美しいと、そう思ってしまえば、私はもう見つめるだけ。ずるい。
目を向けていたくないのに、目をそらすことを、あなたが許さない。
私の口調は、どこか文句の
「状況、わかってますか。糸子先輩を泣かせたの、私じゃないですか」
「ううん。ごめんなさい」
先輩は頭を下げる。長い髪が乱れ、風に遊ばれる。
「自分の気持ちで頭がいっぱいで、彩ちゃんのことを、ちゃんと考えられてなかった。彩ちゃんを怒らせたのは、私のせいだよ。だから、ごめんなさい」
言ってから、先輩は顔を上げて、瞳が再び私を捉える。
どうして今が
「けんか両成敗ってことで、いいでしょう。そういうことなら」
「でも、そういうわけにもいかないの。私、実は、ひとつずるいことをしてた。彩ちゃんに対して、失礼なことを」
あなたは何もかもずるい、そう言いそうになって、喉元でどうにかこらえた。
「彩ちゃんに渡した三つの小説、もし順番に読んでくれているなら、まだ何も見てないと思うんだけど、三作目、漫画の原作ってわけじゃないの。でも読んでもらいたかったから、それを伏せて、紛れ込ませて。卑怯だね」
糸子先輩の言う通り、私は三つの作品を順番に読み進めていた。二作目の途中で読むのをやめたから、三作目は一文字も読んでいない。
「漫画の原作でないなら、いったい何だって言うんです?」
「私小説、というのもおこがましいかな。ただの体験談」
先輩の視線が私から外れ、ふっと夕空を向く。ここではない遠くを見るような顔つきもまた、初めて見て、どこか、優越感が湧かないでもなかった。たちが悪い。誰もが見られるではないと、それで満足もできない。それを超えて、だって――
――悔しい。
描きたいのに。こんなにも。
気まぐれな風が気を利かせる。いくらか力を弱め、先輩の髪を、ふわりと後ろへ揺らし、浮かせる。光と風が先輩に追いつく。
めったに人に見せないであろう表情は、
先輩は私に視線を戻し、再び頭を下げた。
「あの、こんなこと言うの、本当にどうかしてるとは思うんだけど、彩ちゃんに、ふたつのお願いがあるの」
黙っていれば損得の収支が合うものを、口を開けばこれだ。赤字。
「先輩、はっきり言いますけど、どういう神経してるんですか」
うっかり尋ねてしまうものの、聞くまでもなかった。先輩には神経がない。
「ひとつは、彩ちゃんがまだ読んでない、三つ目の作品を読んでほしいってことと、もうひとつは、それを読んでから、明日また学校で話がしたいってこと」
反省してみても、今後の改善につなげられないというのはよくわかった。
「まあ、いただいた原稿を読まないでいるのは、いささか不誠実だと、私としても思います。でも、明日、私がどんな
律儀者で甘く、ほだされやすい。世が戦国時代なら、私は真っ先に
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