第25話「黄金の世界」
第二十五話「黄金の世界」
引っ越し作業はまだ続いていたが、入院明けのためか俺には作業をさせてくれない
しかたなく、俺はバルコニーに出て、如何にも手持ち無沙汰にしていた。
そこからはグルリと美しい砂浜が見渡せる、少し先には俺達が死闘を演じたリゾート施設、マリンパレスも隣接していた。
「役に立たないな、
不意に背後から
「そっくりそのまま返すよ、
俺の返答に、
俺の言葉は、あの時の闘いを指していた。
彼女はあの
「……………」
いつもなら何倍にもなって返ってくる文句も無く、うなだれる
「い、いや悪かった、そんなに気にしてるとは……」
「うるさい!うるさい!」
子供のように暴れる
「……あの時は来てくれて助かったよ、ありがとう」
「!」
俺の言葉があまりにも予期せぬ方向からの言葉だったのだろう、その言葉に赤くなり俯く
「ああ、そうだ、
彼女の反応は俺にとっても予想外で、なんだか照れくさくなった俺は、雰囲気を変えようと別の話題を振る。
すると途端に
「知りたいか?そうか、知りたいのか、それなら教えてやらないことも無い」
得意満面にそう言う
俺は、正直面倒臭いと思ったが、それこそ面倒臭いので取りあえず頷いた。
「お前は知らないかもしれないが、最近はパソコンという文明の利器で、遠方からでも問題なく執務が行えるのだ、インターネット?とかいうモノだ」
ほうと頷いてみせる俺。
てか、おまえスマホ持ってるのにインターネットのことその程度の認識なのか……
「お嬢様は完璧な方だが、そういう事には疎いので、私が教えて差し上げたのだ!」
これでもかと言うように、ささやかな胸を張る少女。
「へえ……」
感心するふりをする俺に
「もちろん、お嬢様はそういった物も、お持ちでは無いから、私が使っているパソコンをお譲りしたのだ……言っておくが、
おお、なんだか今の言い方、ツンデレっぽかったな……
「いや、分かってるよ、ちょっと感心してたんだ、おまえがパソコンとか詳しいとはな」
いや、
「ふん、
なんだか心の中で上手くたとえられた俺は、つい、ニヤニヤしてしまっていたのか、
「そうか……悪かったな……」
俺は素直に謝罪する。
もちろん心なんてこもっているわけも無いが、
「昨日も色々と教えて差し上げたのだ、”コンベンショナルメモリ”とかの管理方法とか”オートエグゼック・バット”とか……」
「……ちょっと待て、それは……コンベンショナルメモリ?」
そこまで適当に話を合わせていた俺だったが、その単語に反応する。
「なんだ、
「いや、コンベンショナルメモリは分かるが……おまえそれって……OSは何を?」
俺がその違和感の元を追求した。
「オーエス?、決まってるだろ”MSIDOS3・3”だ」
もしやと思った俺の斜め下を行く回答が返ってきたのだった。
「ドスかよ!今時!……しかも3・3って6・2だろせめて、ハードディスクさえ対応してないぞ!」
面倒臭いと分かりつつも、思わず突っ込んでしまう律儀な俺。
「何を言っている
「……
俺の言葉にガーンといった様なヘンテコポーズで固まる
ほんと漫画みたいな奴だな、それも大昔の……
「嘘だ、ウソだ、うそだーーー!」
そうして突然叫び出す
「諦めろ、
「そ、それではわたしの立場が!わたしにどうしろと!」
涙で瞳の輪郭がアメーバーのようなフニャフニャになる少女。
いや、いっそもう漫画のキャラそのものだろこいつ……
俺は、縋り付く面白キャラを見下ろして素っ気なく言ってやった。
「一人で”のぶながさんちの野望、全国版”でもやってろ……」
「
バルコニーで
「いや、なんでもない……
俺の言葉に、
ーー
バルコニーに残される俺と
さっきの会話の後の為、ちょっと気まずい二人。
ふと
「ここからは、あの場所がよく見えるのね……」
約二週間前の死闘の場所、ファンデンベルグの秘密工場の真上に位置する、マリンパレスの中央広場を指して彼女が呟く。
「やっぱり、ここを選んだのも、あの鉄く……いえ、ブリトラの完成を確認できるように?」
彼女は俺に向けて質問した。
「ああ、まあそんなところかな」
俺はもう、今更何も隠す必要は無いと、そう答えていた。
ーーーー
「
「
多分、何か大事なことを思い切って言いかける
その大体の内容が解っていた俺は、その言葉を慌てて自身の言葉で打ち消した。
「……」
俺のその行動に、恨めしそうに俺を見上げる濡れ羽色の瞳。
俺はその瞳をじっと見る、俺が子供の頃から焦がれていた美しい瞳。
男の沽券なんてものは今さら無いけど、ここからは俺が……
「
相変わらずダメダメな俺、しかし、それでも俺の精一杯の真剣な顔から、事情をくんでくれたのか、
「……その、あの……
しどろもどろになる俺を、真摯な瞳で、じっと見つめ返す
「……ずっと、その、ずっと好きだった」
「……うん、知ってる」
「…………」
俺の一世一代の告白は仕切り線から土俵下に真っ逆さまだ。
つまり、アッサリすかされた?
いや、今日の俺は今までとは違う!いわば、
「ずっと前からだぞ」
「……ずっと前から知ってる」
転生失敗……
「……そうか」
結局、俺はそう言って気まずくなって黙り込んでしまった。
「……」
「!」
ふいに
左右から挟み込むように繊細な白い指が俺の耳の辺りにそっと触れた。
ーーどきりっ!
俺が怖ず怖ずと彼女を見ると、
ーーあの夜の再現……?
彼女の行動に俺の鼓動はもう一度大きく跳ねた。
俺は、先程の宣言は何処へやら、全くの受け身で彼女の次の行動をただ黙って木偶のように待つ。
ーー
しばらく、俺を見つめ、両手で俺の眼鏡をそっと外す彼女。
「眼鏡……やっぱり無い方がいいわ」
そう言ってニッコリと笑う。
彼女の言葉と笑顔は、傷を隠さなくてもいいから、自分もその傷を一緒に背負いたい……
そう言ってくれているようだった。
「……」
昔から変わらない、俺に向けられた彼女の優しい微笑み、それでやっと気づく。
長年の想いを思い切って伝えようとした俺は、出鼻をくじかれたと思った。
今日は無理だ、またいつか仕切り直そうと。
彼女は
でも、ちがうんだ!……そうだ、伝えたいのは言葉じゃ無い。
「
「?」
「
俺は本当の意味で初めてそう言った、言えた!
そして、静かに彼女の整った輪郭に顔を近づける。
「ぇ……」
俺の思わぬ行動に、今度は
ーー!
俺の唇が、彼女の可憐な桜色の唇に薄く触れる。
その時間は、ほんの一瞬。
すぐに顔を離した俺は、彼女に告げる。
「
「あ……うん……そうね……自信を持つのは良いことだわ……」
「
見つめ合う俺と
はっと距離を取る二人。
「あ、ああ、今行く!」
しかし、流石、
そんな感想を持ちながら俺はそこを後にした。
「…………」
一人になった
そうして、少し後、ようやく事態を飲み込めた彼女は、その場にストンと腰を落とし、へたり込んでしまう。
顔を真っ赤に染めて俯く彼女の鼓動は早鐘のように鳴り、それとは別に、どうしても口元が緩んでしまい、彼女は困り果てる。
「お嬢様、これなんですが……って、お嬢様、大丈夫ですか?お嬢様!」
主の指示を請うため、顔を出した
引っ越し作業も一段落つき、リビングでお茶を飲む四人。
俺とその隣りに座る
四人でテーブルを囲みながら雑談を交わしていた。
「で、
俺は、皆が紅茶を楽しむ中、一人、ペットボトルのお茶を飲む友に、今更ながらそう訪ねた。
「うむ、勿論そのためもあるが、先日の件での報酬の礼を改めてな」
「へー
「まあな……実は妻の入院費を稼ぐ必要があってな……
そう言ってペットボトルをガラステーブルの上に置くと男は微笑んだ。
「
初めて聞くその情報に、俺も飲んでいた、ダージリンが入ったティーカップをカチャリと置く。
「ああ、だが既に手術は成功しているし、心配ない、本当に助かった」
そう言って改めて俺に礼を言う
「
「うむ、妻が
そう答える
「
「
俺が
「あんた、結婚してたのは知ってるけど、子供までいたの?」
これには同族の
「うむ、ちなみに今年で小二だ、
「そうか、嬉しいな、もう小二か、さぞかし可愛くなっているんだろうな……」
ーー!!
なんだか、
「ほんと……たまに見せるこういう雰囲気がね……ずるいのよ……で、意外と、もてるのよね、この男……」
「意外では無いわ、
人を指さす行儀の悪い少女にそう反論して、微笑む
そんな他愛も無い会話を暫く続けた四人は、日が落ちだした頃に、そろそろお開きにしようと言うことになった。
「そういえば、
帰り支度を始める
あからさまに、はぁ……とため息をつくと、
「あの娘……なんだかショックな事があったみたいで、作業が終わったら、なんか年代物のパソコンを設置した部屋で一人閉じ
困ったように話す
「あ、ああ……」
なんだか心当たりがある俺は、曖昧に頷いて隣の
「ええ、お茶に呼んでも出てこないし……なんだか部屋の中からは変な音がしているし」
「うむ、ピーとかブブとか、なんだか同じような種類の音が、度々聞こえていたな」
俺は頭を抱えた。
「あいつの”PCNー9801VM11”ってまさか……音源ボード積んでないのか……」
「音源ボード?」
その呟きに
「ああ、昔のコンピュータ、”PCNー9801VM11”はもともとビジネス用だったから、サウンドを鳴らす機能が別売りだったのよ……もしかして、知らずに、ずーーとそれで過ごしてんのかもしれないわね」
コロコロと軽快に笑いながら答える
ちがう、違うぞ
奴の面白悲しい人生を振り返れば、もはや笑い事ではないんだぞ!
笑うポニーテールの少女の前で俺は、不憫な少女に目頭が熱くなっていた。
ーー
「
そう言って部屋の扉を開ける
「……」
力なく振り向いた彼女の目は、死んだ魚のように暗い。
「
部屋に入った俺は、彼女の機嫌を取ろうと下手に出たが、思わずそのパソコンの画面を見て叫んでいた。
「なによ
後から入ってきた
明かりもつけていない部屋の暗闇で光るディスプレイには、チープなドット画の、天下統一エンディングが流れていた。
「マ、マジかよ……この短時間で……しかも、アマコだと!」
驚愕の表情を浮かべる俺。
「……信じられない……でも、まあ、可能性が無い訳じゃ無いわ……アマコにはシカノスケがいるもの……まったく不可能というわけでは……」
俺の横から食い入るようにディスプレイを眺める
「いや……
「!つまり……大名のアマコ唯一人で、こんな短時間に天下統一を……
「ああ、それもビープ音のみの劣悪な環境でだ!
ーープッ
無情にも、電源を切る
「あああ!」
ブゥーンと言う機械音と共に暗転するモニターの前で、同時に叫ぶ俺と
「帰る用意を、
悪ノリする俺と
「…………はい」
ーーガチャコン!
本体前面、プラスチック製の取ってのような物を捻って、五インチフロッピーディスクを取りだす
「うぉ、これは……フリスビーにもなるという紙製の……」
「!」
悪ノリを継続しようとした俺を、
「えっと、皆さん今日はお疲れ様でした!」
俺は即座にその場を閉めることにしたのだった。
ーー
ーー一行が帰宅しようとした頃には、外はすっかり一面赤く焼けていた。
「しかし以外だな……」
「なにが?」
「こんなにあっさりと
「は?……何言ってるの?
「?」
「あのね……今回はどう見ても
意味がわからないといった顔の男に、呆れた顔でポニーテールの少女は平然とそう言う。
「!おまえ、まさか?」
「そうね、跡目争いなんて全然興味なかったけど、
「おまえ、
何かとんでもなく不穏なことを考えていそうな目の前の少女に、
「別に、ただ、私が
それを右手で制止して、彼女は事も無げに答える。
「……」
あきれ果てた事に、
「さあ、始めましょうか、
紅蓮に焼ける
「うう……」
俺は、バルコニーの椅子の上で身震いした。
なんか悪寒がしたような……気のせいか?
「どうかした?
隣の
俺は何でも無いと首を横に振ると正面に広がる世界に視線を戻す。
黄昏時、水平線に沈む夕日で黄金に染まる世界。
俺のマンションからは、その雄大な世界が独り占め出来た。
百三十度パノラマオーシャンビューの景観からは臨海市の海岸が一望できる。
そしてその先の水平線に、ゆっくりと、ゆっくりと半分になっていく大きな黄金の太陽。
空と海の境目では、その巨大な黄金が溶けゆく程に、あやふやになり、そこから水面上に伸びる黄金色の道はきらきらと輝く。
「皆が帰ったら、急に寂しくなったな……」
バルコニーの椅子に腰掛けた俺は、それを一緒に眺める少女に話しかけた。
艶のある美しく長い黒髪、眉にかかる前髪が黄昏時の夕焼けに輝き、風にサラサラとゆれる。
澄んだ濡羽色の瞳の波間に時折ゆれるように顕現する黄金鏡の煌めきが、目の前で展開される黄金の世界と相まって、神々しいまでに輝いて見える。
「そうね……ねえ、
「ああ、この景色だよ、綺麗だろ……夕日に染まる黄金の世界……」
「……」
彼女は識っている。
夕日に揺らめく黄金の海、黄金の世界……それが俺にとって、
暖かい黄金の光に包まれているこの時、改めてそれを聞くのは愚問だろう。
ただ、傍らで静かに頬を染める
ーーどれだけ、そうしていただろうか。
「じつは、
彼女は、照れ隠しにそう言いながら俺を見ていた。
でも俺は……そのときには……
ーー
ーー
ーーー
「……」
いつの間にか彼は眠っていた。
無理も無いかもしれない、
そして
いつか彼からプレゼントされた本と同タイトルの文庫本。
この二週間、彼女が一生懸命、自ら古書店を回って探し出した文庫本。
彼に貰った本に負けないくらいの年代物のその本は、それとそっくり同じ代物だ。
ただ……ただ一つ違う点は、最後のページ、作者のあとがきの最後がちゃんと残っていることだった。
ーー銀の勇者
ーーそれは、特別な存在では無い、ただそれを成す者には、特別な想いがあるだけ。
それがこの物語の作者が、作品に込めた言葉であった。
唯でさえ目立つ彼女がさらに注目を集めることになっても、つぎからつぎへ溢れる涙は、
昔、まだ二人が幼かった頃……
少年からプレゼントされた、少女にとっては少し的外れな本。
その本の破れたページを指摘した少女に、少年は言った。
「大丈夫、作者のあとがきなんて、ロマンには関係ないから」
ほんと、適当なんだから……あのね、
「ん、んん……」
なんだか言葉になっていない寝言を呟く
ーー!
そんな
そうして、彼女は、幸せそうな足取りで、部屋の中にブランケットを取りに行くのであった。
黄金の世界、銀の焔 おわり
黄金の世界、銀の焔 ひろすけほー @hirosukehoo
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