第25話「黄金の世界」

 第二十五話「黄金の世界」


 引っ越し作業はまだ続いていたが、入院明けのためか俺には作業をさせてくれない雅彌みやび


 しかたなく、俺はバルコニーに出て、如何にも手持ち無沙汰にしていた。


 そこからはグルリと美しい砂浜が見渡せる、少し先には俺達が死闘を演じたリゾート施設、マリンパレスも隣接していた。


 「役に立たないな、穂邑ほむら はがね!」


 不意に背後から真那まなの声が聞こえる。


 「そっくりそのまま返すよ、吾田あがた 真那まな


 俺の返答に、真那まなは見た目で分かるほど一気に落ち込んだ。


 俺の言葉は、あの時の闘いを指していた。


 彼女はあの戲万ざまとの闘いのとき、最初に戲万ざまされてから、目が覚めたときには全てが終わっていたのだ。


 「……………」


 いつもなら何倍にもなって返ってくる文句も無く、うなだれる真那まなは、死人の様な顔だ。


 「い、いや悪かった、そんなに気にしてるとは……」


 「うるさい!うるさい!」


 子供のように暴れる真那まな


 「……あの時は来てくれて助かったよ、ありがとう」


 「!」


 俺の言葉があまりにも予期せぬ方向からの言葉だったのだろう、その言葉に赤くなり俯く真那まな


 「ああ、そうだ、みやがさっき言ってたけど、帝都じゃ無くても、ここでも大丈夫な方法って何だ?知ってるか?」


 彼女の反応は俺にとっても予想外で、なんだか照れくさくなった俺は、雰囲気を変えようと別の話題を振る。


 すると途端に真那まなは、上を向くと得意そうな顔になった。


 「知りたいか?そうか、知りたいのか、それなら教えてやらないことも無い」


 得意満面にそう言う真那まな


 俺は、正直面倒臭いと思ったが、それこそ面倒臭いので取りあえず頷いた。


 「お前は知らないかもしれないが、最近はパソコンという文明の利器で、遠方からでも問題なく執務が行えるのだ、インターネット?とかいうモノだ」


 ほうと頷いてみせる俺。


 てか、おまえスマホ持ってるのにインターネットのことその程度の認識なのか……


 「お嬢様は完璧な方だが、そういう事には疎いので、私が教えて差し上げたのだ!」


 これでもかと言うように、ささやかな胸を張る少女。


 「へえ……」


 感心するふりをする俺に真那まなの自慢話は続く。


 「もちろん、お嬢様はそういった物も、お持ちでは無いから、私が使っているパソコンをお譲りしたのだ……言っておくが、穂邑ほむら はがね、勘違いするな!おまえの為じゃ無い、お嬢様の為だからな!」


 おお、なんだか今の言い方、ツンデレっぽかったな……


 「いや、分かってるよ、ちょっと感心してたんだ、おまえがパソコンとか詳しいとはな」


 いや、真那まなのルートは無い!俺の人生には完全に蛇足だ、此奴が蛇の一族だけにな。


 「ふん、吾田あがた 真那まなを見くびるな、私は、昔からそっち系はすごいんだから、ぽっと出のお前とは違うぞ」


 なんだか心の中で上手くたとえられた俺は、つい、ニヤニヤしてしまっていたのか、真那まなが不機嫌そうに唇をとがらせてくる。


 「そうか……悪かったな……」


 俺は素直に謝罪する。


 もちろん心なんてこもっているわけも無いが、真那まなの調子の乗りようはマックスだった。


 「昨日も色々と教えて差し上げたのだ、”コンベンショナルメモリ”とかの管理方法とか”オートエグゼック・バット”とか……」


 「……ちょっと待て、それは……コンベンショナルメモリ?」


 そこまで適当に話を合わせていた俺だったが、その単語に反応する。


 「なんだ、穂邑ほむら はがね、その道のプロのくせにそんなことも知らないのか、ふふ、仕方ないか、この六百四十キロバイトのメモリを如何に節約して活用するか……それは私ぐらいのプロで無いと……」


 「いや、コンベンショナルメモリは分かるが……おまえそれって……OSは何を?」


 俺がその違和感の元を追求した。


 「オーエス?、決まってるだろ”MSIDOS3・3”だ」


 もしやと思った俺の斜め下を行く回答が返ってきたのだった。


 「ドスかよ!今時!……しかも3・3って6・2だろせめて、ハードディスクさえ対応してないぞ!」


 面倒臭いと分かりつつも、思わず突っ込んでしまう律儀な俺。


 「何を言っている穂邑ほむら はがね……”PCNー9801VM11”は名機中の名機だぞ」


 「……吾田あがた 真那まな……それは確かに往年の名機だが……インターネットは到底無理だぞ」


 俺の言葉にガーンといった様なヘンテコポーズで固まる吾田あがた 真那まな


 ほんと漫画みたいな奴だな、それも大昔の……


 「嘘だ、ウソだ、うそだーーー!」


 そうして突然叫び出す吾田あがた 真那まな


 「諦めろ、吾田あがた 真那まな、ってかお前何歳だ……まぁ、みやには俺が然るべき機器を用意して、教えることにする」


 「そ、それではわたしの立場が!わたしにどうしろと!」


 涙で瞳の輪郭がアメーバーのようなフニャフニャになる少女。


 いや、いっそもう漫画のキャラそのものだろこいつ……


 俺は、縋り付く面白キャラを見下ろして素っ気なく言ってやった。


 「一人で”のぶながさんちの野望、全国版”でもやってろ……」



 「真那まな、向こうの部屋の片付けだけど……どうしたの?」


 バルコニーで真那まなが固まっていたところに、雅彌みやびが顔を出してその光景に、はてなを浮かべていた。


 「いや、なんでもない……吾田あがた 真那まな、仕事だぞ」


 俺の言葉に、真那まなはコクンと力なく頷くと部屋の中へ去って行った。


 ーー


 バルコニーに残される俺と雅彌みやび


 さっきの会話の後の為、ちょっと気まずい二人。


 ふと雅彌みやびは視線を逸らしてマリンパレスの方を眺めた。


 「ここからは、あの場所がよく見えるのね……」


 約二週間前の死闘の場所、ファンデンベルグの秘密工場の真上に位置する、マリンパレスの中央広場を指して彼女が呟く。


 「やっぱり、ここを選んだのも、あの鉄く……いえ、ブリトラの完成を確認できるように?」


 彼女は俺に向けて質問した。


 「ああ、まあそんなところかな」


 俺はもう、今更何も隠す必要は無いと、そう答えていた。



 ーーーー


 「はがね……わたし!」


 「みや!おれは!」


 多分、何か大事なことを思い切って言いかける雅彌みやび


 その大体の内容が解っていた俺は、その言葉を慌てて自身の言葉で打ち消した。


 「……」


 俺のその行動に、恨めしそうに俺を見上げる濡れ羽色の瞳。


 俺はその瞳をじっと見る、俺が子供の頃から焦がれていた美しい瞳。


 雅彌みやびにここまでさせた以上、俺は踏み出さなければならない!


 男の沽券なんてものは今さら無いけど、ここからは俺が……


 「みや、その、俺に言わせてくれ……いつまでもこのままじゃ……自信が無い、受け身のままじゃ……駄目だと思うし、それに、何年も言えなかったんだ……だから」


 相変わらずダメダメな俺、しかし、それでも俺の精一杯の真剣な顔から、事情をくんでくれたのか、雅彌みやびは静かに頷いた。


 「……その、あの……みや雅彌みやび、おれはおまえのことが……その……」


 しどろもどろになる俺を、真摯な瞳で、じっと見つめ返す雅彌みやび


 「……ずっと、その、ずっと好きだった」


 「……うん、知ってる」



 「…………」


 俺の一世一代の告白は仕切り線から土俵下に真っ逆さまだ。

 つまり、アッサリすかされた?


 いや、今日の俺は今までとは違う!いわば、穂邑ほむら はがね新生リボーンだ!


 「ずっと前からだぞ」


 「……ずっと前から知ってる」


 転生失敗……


 「……そうか」


 結局、俺はそう言って気まずくなって黙り込んでしまった。


 「……」


 「!」


 ふいに雅彌みやびは、俺の顔の両側に両手を伸ばす。


 左右から挟み込むように繊細な白い指が俺の耳の辺りにそっと触れた。


 ーーどきりっ!


 俺が怖ず怖ずと彼女を見ると、雅彌みやびの美しい顔が至近距離にまで近づき、こちらを見つめていた。


 ーーあの夜の再現……?


 彼女の行動に俺の鼓動はもう一度大きく跳ねた。


 俺は、先程の宣言は何処へやら、全くの受け身で彼女の次の行動をただ黙って木偶のように待つ。


 ーー


 しばらく、俺を見つめ、両手で俺の眼鏡をそっと外す彼女。


 「眼鏡……やっぱり無い方がいいわ」


 そう言ってニッコリと笑う。


 彼女の言葉と笑顔は、傷を隠さなくてもいいから、自分もその傷を一緒に背負いたい……

 そう言ってくれているようだった。


 「……」


 昔から変わらない、俺に向けられた彼女の優しい微笑み、それでやっと気づく。 


 長年の想いを思い切って伝えようとした俺は、出鼻をくじかれたと思った。


 今日は無理だ、またいつか仕切り直そうと。


 彼女はまでも変わらないからと、俺は心のどこかで甘えていた、ずっと……。


 でも、ちがうんだ!……そうだ、伝えたいのは言葉じゃ無い。



 「みや!」


 「?」


 「雅彌みやび……それでも言うよ、好きだ!」


 俺は本当の意味で初めてそう言った、言えた!


 そして、静かに彼女の整った輪郭に顔を近づける。


 「ぇ……」


 俺の思わぬ行動に、今度は雅彌みやびの方が固まっていた。


 ーー!


 俺の唇が、彼女の可憐な桜色の唇に薄く触れる。


 その時間は、ほんの一瞬。


 すぐに顔を離した俺は、彼女に告げる。


 「みや……突然ごめん、でも、少しは俺も、自信を持ってみようと思ったんだ」


 「あ……うん……そうね……自信を持つのは良いことだわ……」


 雅彌みやびは意外なほど簡単にそう応えると、どこか虚ろな瞳でうんうんと頷いた。



 「はがねーー!この荷物どうする?空いてる部屋でいいの?」


 見つめ合う俺と雅彌みやびに、部屋の中から彩夏あやかの声が響いた。


 はっと距離を取る二人。


 「あ、ああ、今行く!」


 彩夏あやかの声の方に応え、俺は雅彌みやびに微笑んでから、部屋へ戻ることにする。


 しかし、流石、燐堂りんどう 雅彌みやび、こんな時もやっぱり堂々としたものだ、今の俺じゃあ、まだまだかなわないなぁ。


 そんな感想を持ちながら俺はそこを後にした。




 「…………」


 一人になった雅彌みやびは暫くそこに立ち尽くしていた。


 そうして、少し後、ようやく事態を飲み込めた彼女は、その場にストンと腰を落とし、へたり込んでしまう。


 顔を真っ赤に染めて俯く彼女の鼓動は早鐘のように鳴り、それとは別に、どうしても口元が緩んでしまい、彼女は困り果てる。


 「お嬢様、これなんですが……って、お嬢様、大丈夫ですか?お嬢様!」


 主の指示を請うため、顔を出した真那まなは、その光景に、慌てて駆け寄ったのだった。




 引っ越し作業も一段落つき、リビングでお茶を飲む四人。


 俺とその隣りに座る雅彌みやび、正面には琉生るい彩夏あやか


 四人でテーブルを囲みながら雑談を交わしていた。


 「で、琉生るい、お前は何で今日ここへ?俺の退院祝いでもしてくれるために?」


 俺は、皆が紅茶を楽しむ中、一人、ペットボトルのお茶を飲む友に、今更ながらそう訪ねた。


 「うむ、勿論そのためもあるが、先日の件での報酬の礼を改めてな」


 琉生るいはそう答える。


 「へー阿薙あなぎ、報酬貰ったんだ、珍しい」


 彩夏あやかが話に入ってくる。


 「まあな……実は妻の入院費を稼ぐ必要があってな……穂邑ほむらのおかげで助かった」


 そう言ってペットボトルをガラステーブルの上に置くと男は微笑んだ。


 「萌玲もれさんが?入院してたのか?」


 初めて聞くその情報に、俺も飲んでいた、ダージリンが入ったティーカップをカチャリと置く。


 「ああ、だが既に手術は成功しているし、心配ない、本当に助かった」


 そう言って改めて俺に礼を言う琉生るい


 「阿薙あなぎさんは結婚されていたのね」


 雅彌みやびが自分達より年上である事は見た目から分かっていたのだろうが、既婚とは思わなかったのか少し意外そうな顔で琉生るいを見ていた。


 「うむ、妻が穂邑ほむらによろしくと……それと鈴香すずかも喜んでいた、近いうちにまた会いに行くので待っててと伝言も頼まれている」


 そう答える琉生るいの言葉に、雅彌みやび彩夏あやかが反応した。


 「鈴香すずか?」


 「鈴香すずか琉生るいの娘だよ、たしか……今年で小一か?」


 俺が琉生るいに変わり、彼女達の疑問に答える。


 「あんた、結婚してたのは知ってるけど、子供までいたの?」


 これには同族の彩夏あやかも驚いたようだ。


 「うむ、ちなみに今年で小二だ、穂邑ほむら……鈴香すずかはおまえの事がお気に入りだから、会うのが凄く楽しみだと言っていたぞ」


 「そうか、嬉しいな、もう小二か、さぞかし可愛くなっているんだろうな……」


 琉生るいの言葉に俺はその少女を思い出しながら答える。


ーー!!


 なんだか、雅彌みやび彩夏あやかの頬が少し朱く染まったように見えた。


 「ほんと……たまに見せるこういう雰囲気がね……ずるいのよ……で、意外と、もてるのよね、この男……」


 彩夏あやかが呆れたように俺を指さす。


 「意外では無いわ、はがねは昔から、実は女子には評判が良いのよ……当然だけど」


 人を指さす行儀の悪い少女にそう反論して、微笑む雅彌みやびは、どこか誇らしげでもあった。


 そんな他愛も無い会話を暫く続けた四人は、日が落ちだした頃に、そろそろお開きにしようと言うことになった。


 「そういえば、吾田あがた 真那まなの姿を見ないな」


 帰り支度を始める琉生るい彩夏あやかを見ながら、俺はボソリと呟く。


 あからさまに、はぁ……とため息をつくと、彩夏あやかは俺に向き直った。


 「あの娘……なんだかショックな事があったみたいで、作業が終わったら、なんか年代物のパソコンを設置した部屋で一人閉じもっちゃったのよ……」


 困ったように話す彩夏あやか


 「あ、ああ……」


 なんだか心当たりがある俺は、曖昧に頷いて隣の雅彌みやびを見た。


 「ええ、お茶に呼んでも出てこないし……なんだか部屋の中からは変な音がしているし」


 雅彌みやびの言葉に琉生るいが続けた。


 「うむ、ピーとかブブとか、なんだか同じような種類の音が、度々聞こえていたな」


 俺は頭を抱えた。


 「あいつの”PCNー9801VM11”ってまさか……音源ボード積んでないのか……」


 「音源ボード?」


 その呟きに雅彌みやび琉生るいがクエスチョンマークを浮かべていた。


 「ああ、昔のコンピュータ、”PCNー9801VM11”はもともとビジネス用だったから、サウンドを鳴らす機能が別売りだったのよ……もしかして、知らずに、ずーーとそれで過ごしてんのかもしれないわね」


 コロコロと軽快に笑いながら答える彩夏あやか


 ちがう、違うぞ彩夏あやか!ここは笑うところでは無いぞ!


 奴の面白悲しい人生を振り返れば、もはや笑い事ではないんだぞ!


 笑うポニーテールの少女の前で俺は、不憫な少女に目頭が熱くなっていた。


 ーー



 「真那まな!そろそろ帰る準備をしなさい」


 そう言って部屋の扉を開ける雅彌みやび


 「……」


 力なく振り向いた彼女の目は、死んだ魚のように暗い。


 「吾田あがた 真那まな、さっきは、すまなかった……俺もちょっと言い過ぎ……っておわっ!」


 部屋に入った俺は、彼女の機嫌を取ろうと下手に出たが、思わずそのパソコンの画面を見て叫んでいた。


 「なによはがね、大声出して……ってウソ!」


 後から入ってきた彩夏あやかも同様に声を上げる。


 明かりもつけていない部屋の暗闇で光るディスプレイには、チープなドット画の、天下統一エンディングが流れていた。


 「マ、マジかよ……この短時間で……しかも、アマコだと!」


 驚愕の表情を浮かべる俺。


 「……信じられない……でも、まあ、可能性が無い訳じゃ無いわ……アマコにはシカノスケがいるもの……まったく不可能というわけでは……」


 俺の横から食い入るようにディスプレイを眺める彩夏あやか


 「いや……彩夏あやか、これは”のぶながさんちの野望””全国版”だ、配下武将の”シカノスケ”が使用できるのは次期バージョンの”群雄伝”からだ……つまり」


 「!つまり……大名のアマコ唯一人で、こんな短時間に天下統一を……吾田あがた 真那まな、おそろしい娘……」


 「ああ、それもビープ音のみの劣悪な環境でだ!九宝くほう 戲万ざまなんかよりずっと恐ろしい……」


 ーープッ


 無情にも、電源を切る雅彌みやび


 「あああ!」


 ブゥーンと言う機械音と共に暗転するモニターの前で、同時に叫ぶ俺と彩夏あやか


 「帰る用意を、真那まな!」


 悪ノリする俺と彩夏あやかを呆れた様子で一瞥すると、雅彌みやびは、自身の従者に指示を出していた。


 「…………はい」


 吾田あがた 真那まなは、力なく返事をすると、すごすごと用意を始めた。


 ーーガチャコン!

 本体前面、プラスチック製の取ってのような物を捻って、五インチフロッピーディスクを取りだす真那まな


 「うぉ、これは……フリスビーにもなるという紙製の……」


 「!」


 悪ノリを継続しようとした俺を、雅彌みやびが睨んでいた。


 「えっと、皆さん今日はお疲れ様でした!」


 俺は即座にその場を閉めることにしたのだった。




 ーー

 ーー一行が帰宅しようとした頃には、外はすっかり一面赤く焼けていた。


 「しかし以外だな……」


 「なにが?」


 穂邑ほむら はがねのマンションを出た鬼士きし族の二人は珍しく二人で会話していた。


 「こんなにあっさりと穂邑ほむらを諦めるとは……意外でな」


 阿薙あなぎ 琉生るいは隣のポニーテールの少女を見る。


 「は?……何言ってるの?阿薙あなぎ、あんたやっぱり馬鹿ね!」


 峰月ほうづき 彩夏あやかはそんな男を一蹴した。


 「?」


 「あのね……今回はどう見ても燐堂りんどう 雅彌みやびの物語でしょ?そんなとこに割り込むのは、どう見ても分が悪いじゃ無い」


 意味がわからないといった顔の男に、呆れた顔でポニーテールの少女は平然とそう言う。


 「!おまえ、まさか?」


 「そうね、跡目争いなんて全然興味なかったけど、はがねとだったら考えてみても良いかもね、ふふ、愉しそうだわ」


 「おまえ、峰月ほうづきの事情に穂邑ほむらを巻き込むつもりか?」


 何かとんでもなく不穏なことを考えていそうな目の前の少女に、阿薙あなぎ 琉生るいは思わず詰め寄ろうとした。


 「別に、ただ、私がはがねと一緒にいたいだけ……面白そうだわ」


 それを右手で制止して、彼女は事も無げに答える。


 「……」


 阿薙あなぎ 琉生るいは思った。


 あきれ果てた事に、峰月ほうづき 彩夏あやかの瞳は純粋そのものだ、穂邑ほむら はがねを慕い、そうすることに一片の曇りも無い……と。


 「さあ、始めましょうか、峰月ほうづき 彩夏あやかの物語を!」


 紅蓮に焼ける鬼士きし族の姫神ひめがみ峰月ほうづき 彩夏あやかはこれ以上無いくらいに愉しそうであった。




 「うう……」


 俺は、バルコニーの椅子の上で身震いした。

 なんか悪寒がしたような……気のせいか?


 「どうかした?はがね


 隣の雅彌みやびがやや心配そうに問いかけてくる。


 俺は何でも無いと首を横に振ると正面に広がる世界に視線を戻す。


 黄昏時、水平線に沈む夕日で黄金に染まる世界。


 俺のマンションからは、その雄大な世界が独り占め出来た。


 百三十度パノラマオーシャンビューの景観からは臨海市の海岸が一望できる。


 そしてその先の水平線に、ゆっくりと、ゆっくりと半分になっていく大きな黄金の太陽。


 空と海の境目では、その巨大な黄金が溶けゆく程に、あやふやになり、そこから水面上に伸びる黄金色の道はきらきらと輝く。


 「皆が帰ったら、急に寂しくなったな……」


 バルコニーの椅子に腰掛けた俺は、それを一緒に眺める少女に話しかけた。


 艶のある美しく長い黒髪、眉にかかる前髪が黄昏時の夕焼けに輝き、風にサラサラとゆれる。


 澄んだ濡羽色の瞳の波間に時折ゆれるように顕現する黄金鏡の煌めきが、目の前で展開される黄金の世界と相まって、神々しいまでに輝いて見える。


 「そうね……ねえ、はがね、あなたが前に、気に入ってる事があるって言ってたのは……」


 「ああ、この景色だよ、綺麗だろ……夕日に染まる黄金の世界……」


 「……」


 燐堂りんどう 雅彌みやびは俺の言葉に、言葉では返事をせずに黙って頷いた。


 彼女は識っている。


 夕日に揺らめく黄金の海、黄金の世界……それが俺にとって、穂邑ほむら はがねにとって何を表しているのか……


 暖かい黄金の光に包まれているこの時、改めてそれを聞くのは愚問だろう。


 ただ、傍らで静かに頬を染める雅彌みやび




 ーーどれだけ、そうしていただろうか。


 雅彌みやびは、俺に声をかける。


 「じつは、はがねにプレゼントがあるの……お礼とかそういうものだと思って貰っても良いわ」


 彼女は、照れ隠しにそう言いながら俺を見ていた。


 でも俺は……そのときには……


 ーー

 ーー

 ーーー


 「……」


 穂邑ほむら はがねは静かに寝息をたてる。




 いつの間にか彼は眠っていた。


 無理も無いかもしれない、穂邑ほむら はがねは今までずっと気を張り続けていたのだろう、この七年間、ずっと。


 燐堂りんどう 雅彌みやびは少し驚いた後、呆れた顔をし、そして優しく微笑んだ。


 そしてはがねと自分との間にあるテーブルの上に、そっと一冊の文庫本を置く。


 いつか彼からプレゼントされた本と同タイトルの文庫本。


 この二週間、彼女が一生懸命、自ら古書店を回って探し出した文庫本。


 彼に貰った本に負けないくらいの年代物のその本は、それとそっくり同じ代物だ。


 ただ……ただ一つ違う点は、最後のページ、作者のあとがきの最後がちゃんと残っていることだった。


 ーー銀の勇者


 ーーそれは、特別な存在では無い、ただそれを成す者には、特別な想いがあるだけ。


 それがこの物語の作者が、作品に込めた言葉であった。


 燐堂りんどう 雅彌みやびは巡り巡った古書店で、その文章を見つけたとき、本当に、本当に、その言葉が彼に重なって、店内であるのに、人前であるのに、涙が止まらなかった。


 唯でさえ目立つ彼女がさらに注目を集めることになっても、つぎからつぎへ溢れる涙は、燐堂りんどう 雅彌みやびという少女には、留めることが出来なかった。



 昔、まだ二人が幼かった頃……


 少年からプレゼントされた、少女にとっては少し的外れな本。


 その本の破れたページを指摘した少女に、少年は言った。


 「大丈夫、作者のあとがきなんて、ロマンには関係ないから」


 ほんと、適当なんだから……あのね、こうくん、わたしには……わたしにはちゃんとあったよ……


 「ん、んん……」


 なんだか言葉になっていない寝言を呟くはがね


 ーー!


 そんなはがねを見て、雅彌みやびはクスリと笑う。


 そうして、彼女は、幸せそうな足取りで、部屋の中にブランケットを取りに行くのであった。


 黄金の世界、銀の焔 おわり

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黄金の世界、銀の焔 ひろすけほー @hirosukehoo

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